06.巨神の一撃
破片と共に中庭になだれ込んで来たティターニアと黒い影法師の群れは、そのまま中庭で激しく戦いを繰り広げていく。
バックステップで距離を取りながらティターニアが左手を翻すと、手に握られていた六十センチ程の棍が、同程度のサイズをした小太刀へと姿を変わった。巨神の子の装備である戦棍は、所有者の意志によってあらゆる武器に姿を変えるのだ。
影の一体がティターニアに向かい、刃物の形をした長い腕を袈裟切りに振り下ろす。それにカウンターを重ねる形で、ティターニアの太刀が逆に肩口から腕を切り裂いた。返す刀で首を斬り落とすと、影は姿を保てずにどろどろとその場に崩れて消えていく。
ティターニアは続けて迫る二体の影に刀を向けた。まるで一人だけ倍速で動いているのかと錯覚するような、素早く無駄のない動きで影の攻めをいなし、弾き、切り裂いていく。
剣で胸を突いてきた影にカウンターで喉笛を突き刺し、近寄ってきたもう一体の腹に足刀を打ち込む。蹴り飛ばされた先の木にぶつかった影に向かって、ティターニアは跳躍した。そのまま影が反応するよりも早く、胴体を背後の木ごと串刺しにする。
まさに無双の戦いぶりだ。ドマの攻めを防ぎ、切り結んでいる最中でなければ、ミカヅチは見惚れていたかもしれない。
ティターニアが振り向いて目が合った瞬間、その黒い瞳が煌めいた。何かをやる合図だ。
更に迫ってきた影法師を刀で切り裂きながら、ティターニアは回転する。そしてそのまま右手に持った棍を斧に変えて、最後に残った影法師に向かって投げつけた。
風切り音を唸らせて飛んだ投げ斧は、影法師の胸を貫き、その先にいたドマへと向かって飛んでいく。
「ぬ!?」
突然の攻撃を、ドマは右腕の甲で弾いた。だがそれによって生まれた隙を、ミカヅチは見逃さなかった。
棍を地面に突き刺し、それを支えにして宙に浮き上がる。そのまま棍で体を押し出しながらドロップキックをドマの胸板に叩き込んだ。
「ぐ!」
さすがにこたえららしく、うめき声を上げながらドマがたたらを踏む。その時にはティターニアはドマの懐まで迫っていた。
「シッ!」
ドマに弾かれて宙を舞っていた斧を引き寄せて掴み、手の内で棍へと変える。そこから両手の棍を使っての諸手突きで、ドマの脇腹を突いた。鉄板すら打ち貫く巨神の娘の一撃に、ドマは思わず苦悶の表情を作り、しかし倒れずにティターニアに立ち向かおうと怒声を上げる。
それだけの時間があれば十分だった。
閃光のように走りこんでくるミカヅチに、ドマが気付いた時にはもはや必殺の間合いに入っていた。集中し、全身を流れる巨神の力を拳に集中させる。
「せいぃ……やッ!」
放った拳がドマの腹へと突き刺さった瞬間、閃光と共に放たれた衝撃がドマを吹き飛ばした。地面と水平に五メートルは飛んだ後、ドマの巨体は石畳を二度跳ねて転がった後、倒れた。
ミカヅチは大きく息を吐いた。巨神の一撃と呼ばれる、いわゆる必殺技だ。拳を通じて放たれた巨神のエネルギーの奔流が、相手の肉体へと流れ込み破壊する。体力、気力も消耗するし、何より威力が高いため相手を殺しかねない為、普段はそう使わない。だが相手があのような怪物なら話は別だ。
「大丈夫? ミカヅチ」
ティターニアが声をかけた。ミカヅチは呼吸を整えて、笑いかけた。
「手伝ってくれたのはありがとう。だけど一人でも十分やれたよ」
実際のところ、ティターニアの援護がなければ、ここまで一気に畳みかける事はできなかっただろう。しかしそれは言わないでおく。格好はつけたいものだ。
ティターニアもそれは分かっているのか、軽く微笑んだ。
「あのままじゃ、勝つにしても時間がかかったでしょう。早く戻ってもう一人を止めないと」
「おい、何をやっているのだ。ドマ」
突如聞こえた声に反応し、ミカヅチとティターニアはそれぞれ構えた。あおむけに倒れたドマの隣に、いつの間にか現れていたラクタリオンが立ち、ドマを見下ろしていた。
「おの……れ……! 巨神の、子め……!」
体を起こし、ふらつきながら立ち上がるドマに、ラクタリオンが皮肉げに目を細めた。
「無茶をするな。我らの復活も、今だ完全ではないのだぞ。このまま冥府の底に帰って、陛下の手を煩わせるつもりか?」
「黙れラクタ! 俺に傷をつけた奴、生かしてはおけん……!」
鼻息荒くドマが立ち上がる。だがすぐに足元をふらつかせ、片膝をついた。ミカヅチの与えたダメージは、あの魔人もこたえる程に深かったようだった。
ラクタリオンがなだめるように、ドマの肩を軽く叩いた。
「だから落ち着け。手に入れるものは手に入れた。引き上げるぞ」
ラクタリオンが見せつけるように、手に持ったものを胸元で軽く揺らす。動きに合わせて、それは夕陽を浴びて赤く妖しげな輝きを見せた。
「ラージャルの兜と仮面!」
ティターニアが叫んだ。ドマと影法師の群れによって、ミカヅチ達が引き離されてしまっている間に、ラクタリオンは悠々と目的のものを手に入れたらしい。
ラクタリオンはミカヅチ達に顔を向けた。
「さらばだ、巨神の子達。次は陛下と共に会いたいものだ」
「次は殺すぞ、巨神の子!」
「くそっ、待て!」
ミカヅチが突っかかろうとした瞬間、ラクタリオンの足元から影が伸びた。影は膨れ上がって人型となり、二人の間に立ちふさがる。
切り裂こうと棍に力を込めた瞬間、人形はは更に膨れ上がり、突然弾けた。
「うわ!」
一瞬で黒い煙が中庭に広がっていき、ミカヅチ達の視界を奪う。伸ばした手もまともに見えない濃度の煙が消えた時には、ドマとラクタリオンの姿は既になかった。
「くそ……!」
ミカヅチは苛立ちまぎれに、手に拳を叩きつけた。近づいてきたティターニアも、苦々しげな顔を浮かべていた。
「ごめんなさい。私のミスだわ。ラクタリオンの出した影の相手をするのに時間をかけすぎて、奴をフリーにさせた」
「あのラクタリオンって奴は、いくらでも兵隊を作れたみたいだし、二人じゃ手が足りなかったよ。それにそんな事言ったら、俺だってドマと闘うのに集中しすぎてた。ティターニアが悪いわけじゃない」
お互いをフォローはするものの、敵にしてやられた事には変わりない。被害は最小限に抑えられた、と言い聞かせながら、周囲を確認して二人は変身を解いた。
巨神の加護が消えると大はいつも、高速道路を飛ばしていた車が、田舎の一般道に降りたような物足りなさを感じる。変身中は性格も少々凶暴になっている気がした。
状況を確認する為、二人は再度展示室の中に入った。客は既に避難していたらしく、室内に人はいない。先ほどドマ達が入ってきた際にやられた、警備員が倒れているが、それ以上には犠牲者は増えていなかった。
入ってきた時とは違い、重苦しい気持ちで展示品を眺めていく。展示品のほとんどは無事なままだった。ガラスが割られて奪われているのは、先ほどラクタリオンが見せたラージャルの仮面と兜だけで、他は綺麗なままだった。
「どうやら、目的は最初からラージャルの仮面と兜だけだったみたいね」
綾が大の隣で、腕組みをしながらため息をついた。
「しかし、なんで仮面を? そりゃ貴重品なのは分かるけど、有名すぎて売ろうとしたって売れないだろうし、奴ら程強ければ、金が欲しいだけなら他になんだってあるだろうし……」
「大ちゃん、気付かない? ドマとラクタリオン、この名前の関連を」
「関連……?」
綾に言われて、大の記憶の底からその名が火花のように脳内を閃いた。
「ラージャル配下の四将軍……」
昔綾から借りた、タイタナスの歴史小説にあった名だ。その昔、ラージャルがタイタナス全土を席巻した時、最初期からラージャルを支えた将軍の名だった。
「ラージャルの配下を名乗る超人が、ラージャルの遺品を奪いに来た。果たして、ただの偽名やジョークだと思う?」
綾の声は、そうではないと告げるように重苦しかった。