08 巨神の子は誰だ
大と綾に嬉しそうに礼をして、真尋は外川と隆生の方を見た。
「あの、あなた方はどうなんですか? ひょっとしたらお二人も、天城さん達と同じで、何か力を持ってたりするんですか?」
「いえ、私は……別に、何も」
言いづらそうに外川が答えた。いくら超人が世界的に増加傾向にあるとはいえ、今は何も持たない一般人の方が圧倒的に多いのだから当然である。しかし真尋の期待を裏切ったように思えたのか、外川の表情は暗かった。
そうですか、と残念そうに答えると、真尋は隆生にも声をかけた。
「あなたはどうですか? 体も大きいですし、喧嘩慣れもしていそうですが」
「俺? まあ……そう、だな。俺も一応超人だよ」
隆生は少し悩んだような顔を見せた後、胸を張って言った。
「俺も元の世界じゃ、結構有名なんだぜ? 新人ヒーロー、巨神の子、ミカヅチなんて言われてさ」
「はぁ?」
大と綾、二人の声が重なった。まさか自分の名を騙る奴がいるとは。しかし大の気持ちなど知らぬ真尋は目を輝かせて、隆生の話に食いついた。
「ヒーロー? なんですか、それは?」
「ヒーローってのはだなぁ、分かりやすくいうと、世の為人の為に力を使う超人、ってとこさ」
「へえ。
「おうよ! 世の正義の為、外道を正す英雄! その一人が俺!」
『笑えない冗談ね』
綾がぼそり、と呟いた言葉の意味を、大だけが理解した。
酷く冷たく、鋭い声色だった。綾が使ったのは彼女の祖国である、タイタナスの言葉だ。この場で意味を理解できるのは大だけだろう。しかし言葉の意味は分からなくても、怒っているのは誰にでも分かる。
『他者の功績を奪う人間は代わりに誇りを捨てている、って言葉を知らないのかしら』
「綾さん、落ち着いて、ね?」
目つき鋭く、不機嫌な表情の綾を、大はなだめた。本来名前を騙られた自分が怒るべきなのだが、綾の怒りの気配を前に、完全に気勢を削がれてしまっていた。
真尋と隆生が、疑問顔で綾の方を向いた。
「天城さん、今なんと言ったんですか?」
「タイタナス語でちょっとお話をしてみただけよ。偉大なる巨神の子の出身地の言葉で、ね」
隆生の顔が固まった。真尋が首をかしげるのを見て、大は補足説明の為に口を開いた。
「あの……、綾さんは、タイタナスって国と日本のハーフなんです。偉大なる巨神の子っていうのは、元々はタイタナスの伝説に出てくる英雄を指す言葉なんですよ。だから今活躍してる巨神の子っていう触れ込みのヒーローも、日本にいるけど当然、タイタナス出身なわけで」
「あー、なるほど……」
綾の怒りを大体察したのか、真尋は苦笑した。
隆生は顔を耳の先まで真っ赤にして、今にも泣きそうになっている。嘘がここまであっさりと暴かれるとは思わなかった事だろう。こればかりは不運を呪うしかなかった。
「ミカヅチは確かに最近話題になってるヒーローだけど、無理に彼の名を名乗る必要はないんじゃないかしら。あなたに十分な実力と正しい行動があれば、あなたの名が自然と広まるはずよ」
「あ……あう……」
皆の笑いが室内に広がる。隆生はもはや何も言う事ができず、曖昧な言葉を出すだけだった。
突然、ぱたぱたと走ってくる足音が聞こえた。大が顔を向けると、快活そうな少年が部屋の端を走り、
真尋達のもとへと向かっていった。
「おじいちゃん! お姉ちゃん!」
「誠人、どうした。家で休んでいなさいと言ったろう」
仁斎は隣に立った少年の頭を軽く撫でながら、仁斎は困ったような顔をした。誠人と呼ばれた少年は撫でられた事を嬉しそうに笑いながら、
「ごめんなさい。でも、やっぱり僕もマレビトさん達に会ってみたかったから」
「まったく、わがままな子だ」
やれやれ、と苦笑した後、仁斎は気づいたように大達に軽く頭を下げた。
「いや、ご無礼いたしました。これは私の孫の誠人です。ほら、挨拶なさい」
「はじめまして。九段誠人と言います。十歳です。よろしくお願いします!」
はきはきとした快活な声で、誠人は深々と頭を下げた。
「皆様に粗相があってはならんと思い、家に置いていたのですが、好奇心は親譲りのようでしてな。どうかお許しいただきたい」
仁斎が話している間、誠人は大達をきょろきょろと見回した。丸っこい大きな瞳は灯りの光を反射してきらきらと輝いており、まるで好奇心が光となって発せられているように見えた。
「うーん……」
誠人が悩んでいるのに気づいたらしく、真尋が声をかけた。
「どうしたの? 誠人。何かあった?」
「うん。まだ言えてなかったんだけど、僕、今日すごい人たちを見たんだ。だからマレビトさんの中に、その人がいるんじゃないかと思って」
「すごい人?」
「うん。ぱっと光って現れて、禍蟻を素手で殴り飛ばしたんだ!」
「え? 嘘でしょう?」
真尋と仁斎が驚きの表情を作る。
「ああ、そういえば。そちらのお子さん、さっき話した、森の中から逃げて来た子ですね」
今気付いた、とばかりに綾はしれっと言い放った。大も追従するように相槌を打つ。
「確かにそうだね。あの蟻はすぐ見えなくなったけど、巨神の子と戦ってたのか。見たかったな」
演技力には自信のない大だったが、どうやら大の棒読みが気になった者はいなかったようだ。真尋は誠人を睨みつけ、
「誠人。あなた、なんでそんな事早く言わなかったの?」
真尋に叱られたと思ったか、誠人はしゅんとしてうつむいた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。みんな忙しそうだったから」
「別に怒ってないわ。でもそういう大変な事が起きたなら、今度からすぐに言ってね?」
「まあよい、落ち着きなさい、真尋。それで、誠人。助けてくれた人はどんな人だったのだ?」
「わかんない。きらきらした服を来て、顔も隠れてたから。でも、その人たちは『たいたんの子』って名乗ってた」
「えぇ?」
予期しなかった名前に、真尋が素っ頓狂な声を上げた。他の者も思い思いに、驚愕の言葉を口にする。
「嘘だろ……なんでここに巨神の子が?」
「あら、あなたが巨神の子じゃなかったの? 金津さん」
ぼそりと言った外川の言葉に、隆生は苦虫を噛み潰したような顔をした。誠人は皆の顔を見て、残念そうに軽くうなった。
「でも、ここにいる人たちとは違うみたい。やっぱりわかんないや」
「きっと巨神の子が俺たちを助ける為に、誰かの体を使って現れたんですよ」
大は咄嗟に考えた言い訳を口にした。ただでさえ人の数が少ないのだ。真尋達が真面目に考えだすと、すぐに正体がばれてしまう。
「タイタナスでは、偉大なる巨神の子は巨神の信奉者を救う為に、現世の人の体を依代にして現れるそうですから。綾さんを助ける為に、偉大なる巨神が誰かにお貸しになられたんだと思います」
「ふむ。なんにせよ、素晴らしい力ですな」
仁斎は感心したように声を上げた。
「禍蟻を素手で倒す力とは、なんとも恐ろしい。ぜひとも、我らの力になっていただきたいものだ」
仁斎は顎髭を撫でながら、面白そうににやりと笑った。




