07 協力の依頼
気絶した瀧彦が外に送り出された後、仁斎は女中達に食事を用意させた。
女中達は慣れた手付きで大達の前にそれぞれ膳を並べていく。山盛りの米飯に根菜の入ったすまし汁、そして肉の照り焼きと、華美ではないが旨そうな食事が並べられていた。
「少々騒ぎはございましたが、歓迎の食事をさせていただきます。大したものは出せませんが、どうぞ召し上がりください」
仁斎に促されて、皆箸をつけ始めた。大も山盛りの茶碗を手にとり、黙々と食事を始める。空腹だった事もあって、大量の飯がするすると入っていった。
「この肉は、何の肉なんですか?」
大は仁斎に尋ねた。野趣あふれる味というか、普段あまり口にしない風味が感じられた。
「猪肉です。ちょうど村の者が狩ってきたばかりでしてな」
「へえ……」
食べたことがない味なのもうなずける。旨いもんだと更に箸を進めようとして、大の頭にふと疑問が浮かんだ。
「このあたりでは、動物はよく取れるんですか?」
大が疑問を口にする前に、綾が代弁した。仁斎は白く豊かな眉を片方上げて、疑問の表情を作る。
「定期的に狩りをしておりますが、それが?」
「私達は先程、見たこともない巨大な蟻の怪物を見かけました。あんなものがうろついているのに、狩りなんてできるのかと思いましたので」
途端に、仁斎と真尋に緊張が走った。互いに顔を見合わせ、
「禍蟻ですね、お爺様」
「うむ……。それをどこで見られたのですかな、天城さん」
「先程大ちゃんと一緒に村を歩いていると、子供が森の中から慌てて出てくるのを見かけました。そのとき森の奥で、その禍蟻というものを見たんです」
「ほう、子供が……? なるほど、後ほど詳しくお話をお聞きしたいですな」
何か思う所があったのか、仁斎は軽く唸った。
「先程の問に答えておきますと、あなたが見た禍蟻は、我々が妖虫と呼んでいるものの一種です。奴らは危険な怪物ですが、頭はそれほど賢くありません。基本的に通る道と日程が決まっておるので、遭遇を避けるのは難しくないのです。我々も、我々が食べている獣も、それを理解して逃げているというわけです」
なるほど、と綾も納得した。
皆食事が終わり、最後に出された玄米茶をすすっていると、仁斎が切り出した。
「さて、先程の食事の際にも少し話に上がりましたが、我々は非常に危険なところにおります」
先程までの穏やかな笑みを浮かべた顔から、険しく、真剣な目へと変わった。
「この葛垣村の周囲は禍蟻を始めとして、無数の怪物が蠢いております。奴らは熊や猪ですら餌とする、恐るべき怪物です。ここで生きていく為に、村にいる間は皆様にも、色々とご協力いただきたい」
仁斎は大の方を見た。
「国津くん、でしたな。先程の瀧彦を倒した体術、見事なものでした」
「いや、相手が油断していただけです。最後には瀧彦さんも何か、妙な力を使おうとしていたように見えましたし」
そして瀧彦を止めた真尋も、奇妙な力を見せていた。
「瀧彦さんが使おうとした力と、真尋さんが使った力は似たような気配がしました。あれは一体何なんですか?」
「興味がおありかね?」
「ええ。外の世界にも、ああいった超常的な力を持った人間は増えています。俺と綾さんはそういった人たちを管理する組織に所属していますんで、変な力を見ると気になるんです」
『アイ』については早めに話しておく事を、大は綾と事前に相談していた。巨神の加護について語らないにしても、『自分達はちょっとした力を持っている』と先に説明した方が、後々事件が起きた時に動きやすいと思ったのだ。
「ほう、それは面白い!」
仁斎は予想以上に食いついた。
「そう言えば前に来たマレビトも似たような事を言っていた。そういった人達がもっとマレビトとして来てくれれば、我々ももっと楽に生活ができるかもしれん……」
うむうむ、とひとりごちる仁斎の隣で、真尋が口を開いた。
「それでは、あなたと天城さんは、私に力をお貸し願えますか?」
「力、というと?」
「私達九段家と八十神家は、それぞれ村の為に戦う自警団をまとめているのです。あなた達が何か力を持ってるなら、協力していただけませんか?」
「真尋。お前、いくらなんでも性急に過ぎるぞ」
仁斎が顔をしかめてたしなめる。真尋は真剣な表情で仁斎を見た。
「ですがお祖父さま、このまま手をこまねいていては、八十神の台頭を許すだけです。それはなりません」
「もう良いではないか。八十神とて、村を守ろうと考えておるのは同じよ。今は奴らに任せておけばよい」
「いえ。あの瀧彦のような無礼者達に、九段を愚弄させておくなど耐えられません」
真尋は視線を戻し、真剣な眼差しで大を見つめた。
「お願いです。私達に力をお貸しください」
申し出を受けるべきか、大は思考を巡らせた。
禍蟻たちのようなものと戦うとなれば、当然巨神の力を使わなければならないし、ミカヅチとしての正体を晒す事になるだろう。しかし村の長である九段家に力を貸す事になれば、ここから出る為の手立てを調べやすくなるかもしれない。
(……ここは受けるべきかな)
両者を天秤にかけて、大は脱出の手を探りやすい方を選ぶことにした。仮にミカヅチとしての姿を見せる事になっても、数人に口止めを頼む程度でどうにかなるはずだ。
「俺はいいと思うけど、綾さんはどう思う?」
大は思案しながら、綾を見た。
「私もいいと思うわ。この世界の事をよく知る事ができそうだし、当分はここで過ごす事になるんだしね」
「よかった。二人とも、ありがとうございます」




