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04 禍々しい大蟻

 両手に握った白銀の棍を構えつつ、大──ミカヅチは目の前の大蟻の姿を、改めて確認した。


 体は百八十センチを越えるミカヅチが見上げるほどに大きく、顎などミカヅチの胴体を一のみにしそうだ。昆虫独特の複眼は何を考えているのか分からず、酷く不気味である。まさに怪物の威容だが、その姿をよく見ると、単に蟻を大きくしたのではない事に、ミカヅチは気付いた。普通の蟻は二本の前足、四本の後ろ足で体を支えているが、目の前の大蟻はさらに二本、カマキリのような巨大な腕を胴体から生やしていた。


 突然の攻撃に、大蟻は警戒態勢に入ったようだった。ミカヅチ達から距離を取り、どう襲うか思案しているようにも思えた。


「ティターニア、一旦その子を安全な場所に! 俺がこいつを相手する!」

「わかった。すぐ戻ってくるから」


 流石にこういう状況での判断は速かった。ティターニアはあっさりと少年を抱え、雷光を思わせる速度で来た道を駆けていった。

 ティターニアの動きに反応し、大蟻がそちらに顔を向けた。瞬間、ミカヅチは大蟻との距離を詰める。


 大蟻がミカヅチの動きに気づき、右の鎌を振るう。速いが大振りな動きをスウェーでかわす。振り抜いた鎌は勢い余って、近くにあった木の幹に半ばまで突き刺さった。まるで巨大なマサカリを振り回したような切れ味と衝撃だ。

 大蟻は力任せに鎌を引っこ抜き、更に振り回す。バックステップで距離を保ちつつかわすと、大蟻はじれったそうに右の鎌を大きく振りかぶった。

 放たれた右薙ぎの一撃をミカヅチは頭を下げてかわし、そのまま左側に移動する。


「シッ!」


 怪物相手に遠慮は無用、ミカヅチは大蟻の胴体めがけて棍を振り下ろした。

 鉄板を叩くような感触が腕に伝わる。昆虫の外骨格もこの大きさなら、四輪車のボディなみの硬さだ。だがミカヅチの体を流れる巨神の力はそれを上回り、外骨格の鎧を大きく凹ませた。


 与えられた傷に大蟻が怯み、顎をガチガチと鳴らした。振り向きながら跳ね除けるように腕を振り回すが、それよりも早くミカヅチは跳躍し、胴体を駆け上がる。

 ロデオのように跳ねる大蟻の胴体の上でバランスを取り、ミカヅチは両手の棍を胸元で重ねた。瞬き程の時間で、六十センチ程の二本の棍が絡まり、一本の二メートル近い長さの棍へと変わっていく。ミカヅチの力の源、偉大なる巨神(タイタン)の加護により授かった、いかなる武具にも形を変える白銀の棍だ。


「せいやっ!」


 大蟻の脳天目がけて、気合と同時に棍を叩き込む。金属が割れるような音と共に、頭の外骨格が大きく割れてひびが入った。

 生命の危険を感じ取ったか、大蟻の動きが更に激しくなった。転げ落ちる前にミカヅチは飛び降り、大蟻と距離をとって対峙する。

 大蟻は顎を威嚇するように噛み鳴らすと、次の瞬間液体を吐き出した。


「うわ!」


 慌ててかわすと、液体は背後の木にかかり、嫌な匂いを出しながら煙を出した。酸だ。蟻は蟻酸と呼ばれる酸を吐き出すが、この大蟻も高濃度の酸を吐くらしい。


 大蟻は立て続けに酸を吐き出した。ミカヅチは右に左にステップしてかわし、タイミングを測っていく。

 大蟻が更に吐こうと構えたのを見て、ミカヅチは走った。蟻が酸を吐き出す瞬間に、ミカヅチは上へと跳躍し、酸をかわす。

 蟻の倍近い高さまで一気に跳びあがり、ミカヅチの体は鮮やかに宙を舞った。棍を短く戻して左手に握りながら、大蟻が顔を上げて更に酸を吐こうとするよりも早く、大蟻の頭目がけて落下する。


「いぃ……りゃあッ!」


 全身を駆け巡る巨神の力を拳に込めて、ミカヅチは落下の勢いにまかせて右の拳を打ち下ろした。

 必殺の一撃が打ち込まれた瞬間、込められた力の奔流が一気に大蟻の体内へと流れ込む。直後、大蟻の肉体はその力に耐えきれず吹き飛んだ。

 大蟻の肉体が四散し、衝撃で少し削れた地面にミカヅチは着地した。頭を割っても動きが鈍らない生命力には驚いたが、流石にここから生き返れはすまい。


「手を貸すまでもなかったみたいね」


 いつの間にか戻ってきていたティターニアが、腕を組んで見ていた。


「子供は?」

「大丈夫。村まで送り届けたら、走って行ったわ」


 ティターニアはミカヅチに近寄りつつ、大蟻の破片に目をやった。


「あの怪物だけど、さっきの子供は『禍蟻(まがあり)』と呼んでたわ。群れからはぐれた奴に食べられるところだった、助けてくれてありがとう、だって」

「群れ? あんなでかいやつが群れでいるの?」


 ミカヅチは周囲を見回した。自分達の立っている獣道は、てっきり猪や熊の類だと思っていたが、ひょっとしたらさっきの禍蟻(まがあり)が群れで通る事でできた道なのかもしれない。

 ミカヅチの背筋に冷たいものが走った。


「あんな怪物が村の周囲にいるって事は、ここから出られないってのも本当みたいだね。少なくともここは日本じゃなさそうだ」

「そうね。ただの呪いじゃない、もっと大きな何かがここにはいるのかもしれない……」


 二人の身に迫っているものを感じ取ったか、ティターニアの声もどこか重苦しかった。



──



 夕方になり、村中に物悲しい鐘の音が鳴り響いた。それと時を同じくして、真尋の言った通り、屋敷に迎えの者が現れた。


「九段様から皆様にお話がございます。お連れいたしますので、どうぞ」


 既に屋敷へと戻っていた大達は、むさ苦しい髭面の中年に連れられて、外に出て屋敷へと向かった。鐘の音が一日の終わりを告げる合図だったらしく、村人たちは皆仕事をやめて、帰宅していく。


 村の坂を登っていくと、やがて大きな屋敷が通りを挟んで左右に二つ現れた。どちらも大達がいた屋敷と違い、純和風の佇まいである。下にある家よりも手が込んであり、村の有力者が住んでいるのだろうと見てとれた。


「あれが両方とも、九段さんのお屋敷なんですか?」


 大が先導する中年男に尋ねると、男は無愛想に首を振った。


「右が九段様の御屋敷で、左は八十神様のお屋敷でございます。八十神家は、九段家の分家でございます」


 吐き捨てるようにそれだけ言うと、男は黙々と歩を進めていく。どうも八十神という家にはあまりいい印象がないらしい。


 男は屋敷には向かわず、その下にある大きな建物に向かった。飾り気のない四角く、大きな平屋の建物だ。


(武術の道場か何かかな)


 そんな事を考えつつ、大は男の後をついていった。


 建物の玄関は開けっ放しになっていた。飾り気がなく四角い建物の中には区切りがなく、板張りのがらんとした部屋があるだけだ。どうやら予想通り、普段は武術の道場などに使われているらしく、壁際に神棚や木刀が置かれている。そして部屋の中央で、真尋と一人の老人が正座して大達を待っていた。


「信蔵。ついたかね」


 にこやかな顔で、老人が声をかけた。

 作務衣のような服を着た、小柄な老人だった。つるりとした禿頭には所々にシミがあり、反対に口と顎は真っ白な髭に覆われている。歳は最低でも六十を越えていそうだが、動きや声は若々しかった。

 老人の言葉に、中年男──新蔵は深々と頭を下げた。


「{仁斎じんさい様。遅くなりまして」

「よい、ありがとうよ。お前は下がりなさい」


 柔らかいねぎらいの言葉を受けて、信蔵は道場を出ていった。老人──仁斎は柔らかい口調で、大達を招き入れた。


「皆様、お待たせいたしました。どうぞ、お上がりください」


 大達も道場に上がり、それぞれ置かれた座布団の上で正座をして向かい合った。


「九段家の前当主、仁斎と申します。こちらはもう知っておりますな、孫娘の真尋(まひろ)です」

「真尋です」


 真尋も同じように頭を下げる。


「さて、客人(マレビト)の皆様。まずはここまでご足労いただき、ありがとうございます」


 真尋が頭を上げるのを待って、仁斎が話し始めると、にこやかだった仁斎の顔が緊張に引き締まった。


「皆様が現在置かれている状況に困惑している事、この仁斎もよく理解しておるつもりです。ですがどうかご容赦いただき、ご協力をお願いしたい。これは葛垣村をこの異界に縛り続ける、ある邪神の呪いによるものなのです」

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