03 奇妙な村
情報共有が終わった後、大達は機材を置いていた部屋に入りなおしてみたが、部屋には機材など一つもなく、それどころか綺麗に整備された寝室へと変わっていた。
屋敷の中も調べてみたが、結局、丁寧な内装と清掃の行き届いた部屋の数々を、じっくりと見て回るだけに終わった。
屋敷の中を十分に確認した後、使いの者が来るまでの間、皆ばらばらに行動する事となった。金城と外川は知らない村を出歩くのがためらわれたらしく、部屋にこもっている。大と綾は真尋の言葉に従い、村を散策する事にした。
山の斜面を削って作られた村で、大達が飛ばされた屋敷は村のちょうど、東の端にある。二人は西に向かい、木造の民家が立ち並ぶ通りを、目的もなくふらふらと歩いていた。
自然と住民達ともすれ違うが、皆じろじろと大達を眺めはしても、話しかけたりしてくる事はなかった。
先ほどの真尋を見ても、既に大達が村に来た事は周知されているのはずである。興味はあるが、どういう人間か分からない内は関わらない、といったところだろうか。こうされると大としても話しかけづらかった。
「しかし、ここって日本のどのあたりなんだろうね」
硬く踏みしめられた道を気ままに歩きながら、大は綾に話しかけた。手持ちのスマートフォンの電話は圏外で繋がらないし、地図など使えるはずもない。見る人が見れば、そこらの木々や虫を見て、どの地方か言い当てる事ができるかもしれないが、大にはそういう知識はなかった。
「夜に星座が見えれば、どの程度の位置か分かるかな。できれば葦原市から遠くなければいいんだけど」
「どうかしら。さっきの真尋さんが言ってたルールの事もあるし、ここは日本じゃなくて、何か呪術の類で、外から隔絶された村なのかもしれないわ」
綾は軽く首をかしげ、悩むように周囲を眺めた。
大も顔をへの字口にして、先ほどの話を考える。子供を産むと親が村の外に出る。シンプルだが、何とも奇妙なルールだ。
「呪いって言ってたね。住人の数が決まってて、定員割れすると村から外に出られないとか、そういう事なのかな?」
大も一応、ヒーローとして何度か奇妙な事件には関わってきた身だ。馬鹿馬鹿しい、ふざけていると一蹴せず、話の内容を考えるだけの精神的余裕があった。
「かもしれない。でも大ちゃん、気付いた? この村、電柱が一本もないわ」
言われて大ははっとした。村を歩いていて、やけに村の風景に開放感があると思っていたのだが、その理由がやっと分かった。
日本ならどんな田舎に行っても、文化的な生活を送っているなら必ず存在する、電柱と送電線がどこにも見えなかった。
「それに、住んでる人たちも格好がなんか古いし、素朴な感じだね。文化レベルもそこまで高くなさそう」
「ええ。仮にこの村が、呪いだか魔術だかで日本から隔離されたのだとしても、それは十年前やそこらじゃないみたいね」
大は思わずうなる事しかできなかった。この状況、分からない事だらけだ。
やがて歩いていると家が途切れだし、背の高い木々が目の前に広がりだした。道と森の境には木製の柵が張られていて、不用意に踏み込むな、と伝えていた。
ふと思いついて、大は綾に話しかける。
「村から外には出られないって話だったけどさ。この森を突っ切ったらどうなると思う? 山を越えたら別の町に出られたりしないかな」
「無茶しちゃ駄目よ。どこまで続くか分からない山に、今のあたし達の格好で突っ込むなんて自殺行為。それに、偉大なる巨神のご加護でも、空腹は抑えてくれないわ」
「それもそうだね」
ひとまず夕方になるのを待ち、真尋から詳しい状況を聞くしかなさそうだった。
大は振り返り、軽く伸びをした。風が気持ちいい。青い空の下で、皆額に汗を垂らし働いている。そこだけ切り取れば、なんとも平和な光景で、まるで観光に来た気分だ。
二人が元来た道を戻ろうとした時、不意に、かすかな悲鳴が耳に届いた。
「あや……」
さん、と続ける前に、綾が前方の森に真っ直ぐ突っ込む。大も迷わず後を追った。
綾と並走して走る大に、綾が前方を向いたまま声をかけた。
「大ちゃんも聞いた?」
「子供の声だよね? 悲鳴みたいだった」
「ええ。獣にでも襲われてるのかも」
声を聞き取って迷わず柵を乗り越え突っ走るとは、さすがに行動が速い。そう感心すると同時に、綾と同じものを聞き取れた事に、大は満足した。
木々の間を走って通り抜けると、やがて目の前に開けた道が見えた。何か大きなものがよく通る、獣道らしい地肌がところどころ見えている。
大の目が、獣道に倒れている悲鳴の主を捉えた。歳の頃はおそらく小学生高学年といったところで、簡素なシャツとハーフパンツを砂塵に汚して倒れている。そして少年の目の前で、巨大な怪物が今にも彼を喰らおうと鎌首をもたげていた。
「蟻!?」
大は素っ頓狂な声を上げていた。確かにその怪物を適切に表現するのに、蟻を出すのは相応しい。だがその大きさが桁外れだ。頭の高さは二メートル近く、頭から尾までの全長は三メートルはあるだろうか。その威容は人食い虎や、暴れ牛にも引けを取らなかった。。
少年は引きつった声を出すだけで、一歩も動けないでいた。恐怖に飲み込まれた彼を捕食対象と見たようで、巨大蟻の化物は鋭い大顎を大きく開く。
最早躊躇している暇はなかった。
「巨神よ!」
「巨神!」
二人が信奉する神の名を叫ぶと同時に、光球が二人の体を包む。光球はそのまま蟻に向かって、弾丸となって飛んだ。蟻が光に気付いて顔を向けるが、既に目の前に来ていた光球から、白銀の手甲をまとった二つの拳が放たれた。
拳が蟻の顔に打ち込まれると、大木をハンマーで叩くような音がした。衝撃に耐えきれず蟻は吹っ飛び、転がって後方の木にぶつかる。
光球が消え去り、その中から二つの影が現れた。大蟻から少年を守るように立ちはだかり、腰に提げた白銀の棍を二本、それぞれ両手にとって構える。
二人の姿はよく似ていた。光沢のある衣に首から下をぴったりと包み、その上からは軍服のようにがっしりとシルエットのジャケットを身にまとう。白銀の手甲とブーツが鮮やかにきらめき、目元を仮面が覆う。ただ一つ違うのは、女が青い衣に赤い仮面を身につけているのに対し、男は赤い衣に青い仮面を身に着けていた。
「……お兄ちゃん達、誰……?」
少年の声に、二人は顔を向けた。涙と泥にまみれた少年の顔からは、先程まであった恐怖の相は消え、突然現れた謎の存在に目を丸くしていた。
「俺は偉大なる巨神の子、ミカヅチ」
「偉大なる巨神の娘、ティターニア」
外の世界で使っているヒーローの名を答え、二人はもう安心だと伝えるように軽く笑った。




