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47.決着

「……くそ……きっつい……!」


 荒い息を吐きながら、ミカヅチは仰向けの上体から顔を上げた。背中にある車のボンネットは、衝撃を和らげるクッションと呼ぶにはかなり硬い。それでもアスファルトに落ちるよりはダメージが小さくはなった。

 ミカヅチは立ち上がった。棍と大剣、巨神と軍神の加護を受けた一撃が互いにぶつかりあった時の余波は、想像異常に大きかった。全身の骨が砕けるような衝撃に、全身がまだ痺れている。悲鳴のような耳鳴りがして、頭は休息を取らせろと文句を言ってきていた。


 頬を叩いて気合をいれながら、周囲を確認する。ラージャルもただではすまないダメージを追っているはずだが、相手が相手だ。油断している間に殺されかねない。


「ぐ……うぅ……っ!」


 呻き声がした。余波で破壊された車の破片を跳ね除けて、ラージャルが姿を現した。


「おのれ……余をここまで追い詰めるとは……!」


 邪魔な瓦礫を蹴り飛ばし、車のボンネットに片手をついて、ラージャルはミカヅチを睨みつけた。確かにダメージを負ってはいるが、それでもミカヅチよりは浅かったらしい。戦装束もところどころが破れ、全身に傷を負ってはいるが、ミカヅチよりも動きがよかった。


 大剣を握り、構えようとして、ラージャルは違和感に気付いた。視線を下ろすと、手に握っていたキリクの大剣は、根元から真っ二つに折れていた。

 先ほど二人の技がぶつかりあった衝撃で、白銀の戦棍はキリクの大剣を破壊していたのだ。


「キリク……」


 ラージャルが悲しげに目を細める。例え決別する事になっても、ラージャルにとってキリクだけは特別な存在だったのだろう。その目が物語っていた。


「すまんな、キリク。この者を倒した後で、またお前と話そう。今はまた、お前を使わせてもらう」


 ラージャルは両手を前に出した。肘を曲げて手の甲を外に向ける。それにあわせて、ゆらりと折れた刃の破片が浮かび上がった。手から柄を離すと、柄も破片と同じく浮かびあがり、ラージャルの周囲に漂う。

 やがて破片はその形を変えていく。ラージャルの赤黒い手甲に、刃と柄がそれぞれ溶けていく。数秒と経たず、それは禍々しい形をした、鋼の爪へと姿を変えていた。


「これで終わりとしよう、巨神の子。貴様の命をいただいてな!」

「くっ!」


 突進するラージャルに対抗しようと構えた瞬間、ミカヅチの膝が抜けた。自分でも気付かないほど、ダメージから回復しきれていなかったのだ。


(まずい)


 ラージャルの攻撃を防ぐのに、ワンテンポ遅れてしまう。

 ラージャルが右の突きを放った。爪が街灯の光を浴びて輝く。これは防ぎきれない。

 金属と金属がぶつかりあう音がした。


「……!」


 ミカヅチは声も出せず、口をあけたまま固まった。ラージャルは驚愕に目を見開いた。

 ラージャルの黒曜石のような爪を、ミカヅチの目の前にたったティターニアが、白銀の盾で受け止めていた。


「何!?」

「はっ!」


 盾で爪を押し返し、ティターニアが右手の棍を袈裟切りに放った。左手で防ぎ、ラージャルは後退する。盾を棍へと戻すティターニアの姿を、ミカヅチは呆然と眺めていた。


「ティターニア……なんで?」

「話は後。それより大丈夫? 動ける?」


 我に返り、ミカヅチは頷いた。ティターニアの前で、情けないところは見せられない。


「一人でも、なんとかやれたよ」

「強がりは言いっこなし、ね?」

「大体、俺が助けに行こうと思ってたのにさ。自力で脱出しちゃったんだ」

「それはまた今度、お願いするわ」


 微笑むティターニアに、ミカヅチも苦笑する。この力強さ、凛々しさ、美しさよ。初めて目にしたその時から、彼女への憧憬は変わらない。


巨神(タイタン)の娘。貴様がここに現れるとは。アイオーナはどうした?」

「もうこの世にはいない。あの女から話を聞きたいのなら、冥府の底に戻ることね」


 苦々しげにラージャルが唸った。


「あいつめ、しくじったか……!」

「もう逃げ場はないわ。『アイ』のヒーロー達もここに向かっている。もうおしまいよ」

「舐めるなよ、巨神(タイタン)の娘。余がこの世にいる限り、戦いは終わらん。たとえ偉大なる巨神(タイタン)が余を拒もうと、余は最後まで戦い続けるのみよ」


 ラージャルが構えた。膨れ上がる殺気にひるまず、ティターニアとミカヅチも棍を構える。


「いける? ミカヅチ」

「もちろん。偉大なる巨神(タイタン)の名にかけて」

「ええ、外道は正す」


 三人は同時に動いた。一気に距離を縮め、ミカヅチが放つ双棍の連撃を、ラージャルはたやすく弾く。そこから放たれたアッパーを、ミカヅチはスウェーして避ける。それと同時に、ティターニアの棍が奔った。


 銀の閃光が貫くような頭部への突きを、ラージャルは首だけを動かしてかわす。

突きを引こうとした腕が止まった。ラージャルが首と肩で、棍を挟んで固定していた。

 不安定な状態でありながら、岩に埋め込んだかと思うような力で棍を固定する。突きが終わり、棍を引くためにスピードがゼロになった瞬間を狙って、棍を挟んで止めた。まさに神業だ。


 そのままラージャルは上半身を回転させて、ティターニアの体を振り回す。隣のミカヅチへと迫る体を、ミカヅチは右手で受け止める。


「ぬん!」


 ラージャルが棍から首を離し、突きが放たれた。二人まとめて貫かんとする爪を、ミカヅチは左の棍で受け止めた。それと同時に、ティターニアの放った蹴りが、ラージャルの側頭部を叩いていた。


「ぐっ!」


 ラージャルが苦悶の声を漏らして後退する。ミカヅチに支えられている不安定な状態で、ラージャルの攻撃を防いでくれると信頼しているからこそ、放てる一撃だった。

 離れた二人の目が合い、二人同時に微笑んだ。互いが互いを信じている者だけができる笑顔だった。


 ミカヅチは走った。隣にはティターニアがいる。今なら誰が相手でも怖くはない。無限に力が湧いてくるようだった。

 ティターニアと共に戦っている限り、何にだって立ち向かえる。


 心と体が昂揚する感覚に包まれながら、ミカヅチは師であり愛する者と共に、更に戦いを続けていく。棍で突き、蹴りを放つたびに、二人の動きは同調し、連携の精度を高めていく。

 ラージャルの爪をミカヅチがかわし、ティターニアが棍で突いて動きを封じる。ティターニアが棍で頭を狙い、ラージャルが首を捻ってかわしたところで、ミカヅチが棍で手甲を叩き、ガードをこじ開ける。

 がら空きの胴体に目掛けて、二人が同時に拳を引き絞る。


「せいィ──ッ!」

「いィ……ヤァ──ッ!」


 二人の放った巨神(タイタン)の一撃が、互いに絡みつき一つとなり、巨大な光の龍となってラージャルの胸に突き刺さった。

 光に弾き飛ばされたラージャルの体は、水平に十メートル以上吹き飛び、アスファルトの上を転がった。


 ミカヅチもティターニアも、酷く息が荒かった。全身全霊を込めた一撃が、果たしてラージャルに対してどれほど効いたか。

 ラージャルが動かないか注意を払い、やがて動きを止めたことを確認すると、二人は顔を見合わせた。


 その時のティターニアの笑顔を、ミカヅチは生涯忘れないだろう。共に戦い、難事を成し遂げ、達成感を共有したその顔は、言葉では言い表せない程に美しかった。


「お……おのれ、巨神(タイタン)の子、どもめ……!」


 地獄から聞こえてくるような恨み声に、二人は再度ラージャルの方を向き、構えた。

 ラージャルは酷く消耗していた。倒れた場所から上半身を起こしてミカヅチ達を睨みつけているが、上体を支える手は震え、今にも力尽きて倒れこみそうだった。

 しかしその瞳の力強さは変わらず、灼熱の溶岩のように熱い意志が煮えたぎっていた。


「キリクの言った通り、だったな……。余としたことが、地上に戻った事に浮かれ、あまりに隙を作りすぎた」


 ミカヅチとティターニアは、警戒を怠らずにラージャルの下へ近寄った。距離にして三メートル程の位置で止まり、それぞれ左右に分かれる。ラージャルが何かをしようとしても、二人に攻撃を与えるには遠い距離だ。そして左右に離れたことで、どちらか片方を攻撃しようとすれば、その隙にもう片方がとどめを刺せる。


「次の参考に、させてもらおう。もう容赦はせん。次こそ、必ずや我らの王国を築き上げてみせる……」

「あんたに次なんてない。ここで終わりだ。冥府の底に帰って、キリクともっぺん話しあうんだな」

「分かっておらんようだな、巨神(タイタン)の子。貴様らがどうやって余を、冥府の底に戻すというのだ?」


 ラージャルが喉奥で低く笑った。


「余の仮面を砕くか? この体を切り刻むか? 例えどのようにしても、余の魂を滅ぼす事は貴様らにはできん。余の魂がこの肉体を離れたとしても、この地に生きる者の肉体を使い、必ず復活を果たしてみせるぞ」

「何故そこまで無様を晒し続けるの。この世を乱す事が生きる目的だなんて、そんなの悲しいじゃない?」

「下らんことをいうな、巨神(タイタン)の娘。既にこの世は乱れきっている。余がおらずともな」


 ティターニアが顔をしかめた。ラージャルは軽く笑い、話を続けていく。


「世に人を超えた存在が生まれ、かつて消え去った神秘と魔性が復活して何年になる? 貴様らはこの世をまともだと必死に思い込もうとしているが、それは無駄なこと。この世は既に、誰も止められない強大な力の流れに飲み込まれ、破壊されているのだ。余がいない限り、世の崩壊を止める事など不可能だ!」

「じゃあ本当にそうか、ボク達が試してやるよッ!」


 上空から鋭い声がした。顔を上げるよりも早く、レディ・クロウが一輝と那々美を抱えた体勢で、ミカヅチとティターニアの間に降り立った。

 一輝はクロウから離れると、倒れたラージャルを鋭い視線でにらみつける。


「まずてめーからだ!」

「貴様、何を馬鹿な……」


 ラージャルの言葉はそこで途切れた。彼の目の前で那々美が、胸の前で両手を合わせ、ラージャルを真正面から見据えている。

 彼女の全身から青白い光が放たれ始めた時、ラージャルは仮面の下で恐怖の叫びを上げた。


「み、巫女よ! 貴様まさか本当に、余を冥府の底に戻すつもりかッ! そんな、そんな事が貴様に……ッ!?」

「私があなたを蘇らせたせいで、大勢の人が酷い目に合いました。私が必ず、あなたを止めます」

「よせ、よせと言うのが分からんのかッ! この狂った世界を正す事ができるのは、余しかおらんのだぞッ!」


 ラージャルは全身の力を振り絞り、那々美を抑えようともがく。

 這うようにして進み、那々美の首目掛けて伸ばした右手が、青白い光に包まれた。


「ぎっ!」


 バランスを崩し、ラージャルはその場にくず折れた。光は腕から全身へと広がっていき、空へと上がると雪のように細かく弾けては消えていく。そのたびにラージャルの全身から力が抜けていくようで、動きも次第に緩慢になっていく。


「き、貴様ら、許さんぞ……!」


 最早動けなくなり、うずくまった姿勢のまま、ラージャルは怨嗟の声を発した。最後に残った力を振り絞るようにして、ミカヅチ達を見上げ、憎悪の視線を向けていた。


「この世界の歪みは、より加速するぞ……! 魔性と邪悪が待つ未来で、貴様らがどう生きていけるか。余に任せておけば、全てを救えたと、後悔する日が必ず来るぞ、必ず……!」


 光が顔にまで及んだ。全身を包んだ光が無数の粒となって天へと上がり、そして溶けて消えていく。

 やがて光が全て消えた時、からん、と甲高い音がした。


 元の姿に戻った幸太郎がうつぶせで眠る隣で、アスファルトに落ちたラージャルの仮面が、夜空を眺めていた。

 雲は晴れ、星々が輝いていた。

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