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45.消耗戦

 クロウと一輝は限界ぎりぎりの状況に追い込まれていた。

 二人は駐車場から離れて、国道に繋がる道路を下りつつ戦っていた。仮面の男たちは那々美を奪還する為、執拗に追いかけて来る。まるで命令を受けた昆虫の群れのようだ。


 誰か人が通りがかって通報してくれないかと望みをかけていたのだが、残念ながら誰も通らない。競技場は市の郊外に位置しており、競技場に用がある者以外は通る事がないのだ。山の斜面に作られた長い道路を見下ろすと、その先の国道で、蛍のような大きさの自動車が何台も行きかっている。だというのに、こちらに気付く者は誰もいないようだった。

 周囲を森に囲まれた黒い道路の上で、月と道路照明、そして一輝の体を包む光の鎧が、兵士達の白い仮面に殺意の陰影を作っていた。


 ミカヅチは一人、ラージャルと駐車場で戦っている。できるだけ一輝達から距離を取ろうとしているようだ。まだ近くにいた頃は時折、駐車されている車が破壊される音が聞こえてきていた。

 先ほどのVIP室でのやり取りで、一輝にもラージャルの実力はよく分かっている。一対一で勝てる自信は、ミカヅチにもないに違いない。それでも時間を稼ぐ為、命がけで一騎打ちに挑んだのだ。


 光の鎧の内側には、一輝の両腕に那々美が抱きかかえられている。彼女は両手を胸の手前で組んだ状態で、必死に祈るようにして瞑想している。那々美が仮面の男たちの魂を引き剥がすことができれば、一輝達にも勝ち目がある。

 やるしかない。心中で一輝は気合を入れた。幸太郎を助けるためにも、那々美を渡すわけにはいかない。


「一輝! 後ろ!」


 上空から凛の声がした。振り向くより早く、輝く腕を振り回す。閃光の軌道を残しながら、裏拳が男の顔面にクリーンヒットした。


「ありがとな!」

「いいって!」


 クロウは空を飛び回り、翼を生やした兵達と戦闘中だ。様々な魔術が放たれて兵達を撃つが、兵達は連携を上手く取って被害を最小限に抑えている。連携も上手く、クロウは中々数を減らせないでいた。しかもミカヅチがいない分、こちらは一人当たりのカバーする範囲は大きくなっている。


 パワーならこちらが上だが、兵達の戦闘技術と連携は高い。一輝達を攪乱、翻弄し、一輝の力にも、クロウの魔術にも対抗しうる能力を持っていた。

 ならこちらも連携を取らなくてはならない。


 兵の一人が、軽快に飛び跳ねながら近づいてくる。両腕に、鹿のような角が複数生えているのが特徴的な男だった。鹿男は一輝へと向かって跳んだ。一輝の鎧を飛び越えるほどの高さから急降下して、手に生えた角を突き刺そうと迫る。

 一輝は左腕で防いだ。角はぐさりと輝く腕に突き刺さる。鹿男は角を引き抜こうとして、全く動かないのに気付いた。


「オリャ!」


 角を抜こうともがく鹿男目掛けて、一輝がアッパーを放つ。拳は風を切り裂きながら、鹿男の腹に突き刺さる。


「ごえっ……!」


 胃の中身を全て吐き出しそうな呻き声を上げる鹿男の足を掴んで、一輝はそのまま回転した。ジャイアント・スイングの形で鹿男を振り回す。

 周囲の兵達をなぎ倒し、一輝はそのまま上空に向かって鹿男を放り投げた。砲丸のように勢いよく飛んだ先に、鷹の翼を生やした男がいた。


 一輝の狙い通りに、二人は見事に衝突した。そのまま落下し、下にいた男たちの上にのしかかるようにして倒れる。上空を飛ぶクロウが、鷹男が抜けたことでできた穴目掛けて飛んだ。

 クロウは空を飛ぶ三人の敵に翻弄されていた。その一角が抜けたことで、大きな術を放つ為に必要な時間が生まれる。クロウはその隙を見逃さなかった。


「Beware my order!」


 反転して両手を突き出し、呪文と共に雷が放たれる。雷はクロウを追撃していた二人の鳥男に直撃し、光と爆音が轟く。二人とも痙攣して地上に落ちた。


「よっしッ!」


 クロウがガッツポーズをしながら地上に降りる。一輝の隣に降りて互いの背を預けた形で陣形を組んだ。

 周囲を確認しながら、クロウが一気に声をかけた。


「日高さンの方はまだなの?」

「もうちょいかかりそうだな。いっそ空飛んで逃げちまうとかできねーの? お前が俺ら二人担いでよ」

「二人も担いで飛ぼうとしたら、飛ぶ前に地上の奴らに捕まっちゃうよ。なんとか、もうちょいがんばろ」


 そういうクロウの息は荒かった。大きな傷はないが、短時間に大勢の相手をするために、大小様々な魔術を連発している。それによる疲労が大きいのだろう。一輝には魔術に関する知識はないが、クロウが消耗しているのは見れば分かった。


 正直に言うと、一輝の消耗も激しかった。先ほどの鹿男が角を突き刺してきた時、光の腕に角が根元まで突き刺さった。ラクタリオンを倒した時であれば、せいぜい三センチも刺さらなかったはずだ。この鎧はエネルギーの消耗が激しい。長時間使っていたせいで、鎧の力も弱体化してきているのだ。


 一輝がこの力を使えるようになってから、一時間と経っていない。己の力をコントロールするための集中力や技術が未熟なのだと、一輝も自覚していた。既に一輝の体を覆う光の輝きも、最初に比べて大分落ちてきている。


(どこまでやれっかな)


 一輝は自問した。一輝達を取り囲む兵達は、まるで数が減ったように見えない。彼らはひょっとしたら、無限に増殖を続ける怪物の群れなのかもしれない。どれだけ戦っても復活し、いずれは力尽きた自分達を切り刻むのではないか。

 弱気の虫が全身に忍び寄る。一度そんな考えがよぎると、力が急速に衰えてきている気がした。


「ミカヅチだって一人で頑張ってるんだよ」

 クロウの声に、一輝はハッと我に返った。

「ボクらはチームで、ヒーローなんだ。あいつが信じてるんだから、こっちも諦めるわけにはいかないだろ?」


 力強い声だった。理屈などないただの根性論。しかし、一輝の心を奮い立たせるには十分だった。レディ・クロウは少なくとも、チームのリーダーを自称するだけの心の強さを持っていた。


「おう、そうだな! ここでやり遂げなきゃ、コウも救けられねえ!」


 一輝も応じた。今の自分には策を考える頭も技術もない。やれる事はシンプルな一つのことだけだ。

 目の前のことに集中し、ただやり抜くだけ。

 周囲の兵士達の気配が膨れ上がった。一輝達の疲労を確認し、倒しきれると判断したのだろう。ここからは総攻撃だと、その気配が言っていた。


 好きにしろ。一輝はそう思った。来るなら来い。力尽きるまで、近づいてきた奴をぶちのめしてやる。

 敵の気配が更に膨れ上がる。周囲の緊張感がどこまでも高まっていく。そしてそれが弾けようとした直前、兵士達の気配は大きく揺れた。


 何かが倒れる音がした。見やると、兵士達みな苦しげにもがいていた。ある者は膝をつき、ある者は倒れこんで体を丸めている。

 閉めていた口を開いた風船のように、詰め込まれていた殺気がしぼみ、辺り一面に散って霧消していく。

 何が起きた。そう思った時に、兵士達の体から青白い光がこぼれ、漏れ出しているのに、一輝は気付いた。


 一輝の目の前を、光の粒が下から上に通り過ぎた。一輝は目線を下ろし、気付いた。那々美の体が彼らと同じ光に包まれ、そこから光の粒が天に向かって浮かび上がろうとしていた。

 一輝は光の鎧を消し、自分の両足で地面を踏みしめた。那々美の体から放たれた光の粒は、一輝達の頭上に集まり、巨大な光球へとなっていく。光球が大きくなるにつれて、兵士達の体から発せられる光の粒も、それに引き寄せられていった。


 この世に存在すべきでない魂の群れが、光球へと引き寄せられ、冥府へと帰っていく。


「や、やめろ! 俺はここに残りたいんだ!」

「陛下の為に、陛下のために……!」

「ゆるさん、ゆる……さんぞォ……!」


 兵士達は苦しみながら、口々に呪詛の言葉を並べていく。しかし怪物と化していた体の一部は縮み、人間の姿へと戻っていく。体全体も形を変え、元の取り付いていた人間の姿へと戻っていく。

 やがて兵士達から立ち上ってくる光が全て消えた時、兵士達だった者達は全て、元のどこにでもいる一般市民の姿へと戻っていた。


「日高さん……」

「すげえ……」


 一輝とクロウが感嘆の言葉を口にする。やがて那々美から放たれていた光も消えると、一輝達の頭上に輝いていた光球も、夜の闇に溶けて消えた。

 後にはただ、人々が倒れ伏すばかりだった。最早仮面の兵団は、一人たりとも残っていなかった。


「……ふじさわ、さん。はせくら、さん」

 一輝の腕の中で、那々美が目を開けた。

「私、やりました。できると、思わなかったけど」


 その声には、誰かの為に力を使えた喜びがあった。


「すごい! 那々美さんすごいよ!」

「危なかったぜ。ありがとな、那々美さん」


 二人の礼に、那々美が微笑んだ。

 一輝は那々美を下ろして立たせると、腕を軽く回した。ずっと那々美を抱えていたせいで、腕にまともに力が入らない。

 否、腕だけではなかった。鎧を出していた時は気にならなかったが、解除した今では、全身疲労感でいっぱいだ。全身のエネルギーを全て使い果たした気分だった。


 しかしまだ終わっていない。一輝は顔を山の上に向けた。曲がりくねった道路の先に、さっきまで自分達のいた、競技場の影が見えた。


「ミカヅチが、まだ大丈夫ならいいんだけどな」


 一輝は言った。兵士達との戦いでかなり時間を食っていた。三人がかりでも戦うには大変な相手だ。既に手遅れになっていないか、そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。


「ボクらも加勢に行かなきゃ。那々美さんなら、秋山君からラージャルをひっぺがせるよ」

「おう」


 クロウの言葉に、一輝も頷く。これならラージャルも止められる。疲れただなんだと言っている場合ではない。そう気持ちを奮い立たせた時だった。

 一輝達のいる場所から下った先、国道に繋がる道路に、奇妙な影が横切った。

 大きさからしておそらく人間のはずなのに、それはまるでF1車のような速さで闇の中を突っ切って、こちらに向かってくる。


「おい、クロウ。見えるか、あれ。マジかよ……」

「うん。あれって……!」


 クロウの声に興奮と歓喜の色がにじむ。当然だ。この状況で彼女を見て喜ばない者などいない。

 この国で最も敵に回してはいけないヒーローの、皆を助ける為に疾走する姿だった。

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