44.正念場
会場のライブは今頃、クライマックスに突入している頃だろう。場内では人気曲が立て続けに演奏され、観客はこの瞬間に燃え尽きんばかりに熱気が高まっているはずだ。しかし今のミカヅチ達に、それを聞く余裕はなかった。
「えいやァッ!」
一輝の光輝く拳が男の顔面に突き刺さり、仮面を砕く。その背後から別の兵が迫った。手を蟹のような大バサミへと変えて、一輝の胴に向かって突き刺す。しかし、一輝の全身を包む光は柔軟かつ強靭な鎧となって、まともに刃を通さない。
「無駄だっつの!」
言い放ちながら、人の頭よりも巨大な裏拳を放つ。片手を攻撃に使っていた男は防ぎきれず、まともに食らって五メートル近く飛んで転がった。
「すごい! 藤沢さん、すごいですね!」
「いやこら、ちょっとはしゃぐなよ! こっちも辛いんだから!」
一輝の体を包む光の鎧の中で、那々美が歓声をあげる。さすがに敵の数が多い中で、両手をふさがった状態で戦うのは厳しいと、ミカヅチから一輝の鎧の中に、那々美を預けておいたのだ。中で二人がどういう姿勢でいるのか、そもそも光の中がどうなっているのかはよく分からないが、とりあえずは問題なさそうだった。
競技場の出口を出たミカヅチ達を待ち受けていたのは、白い仮面をつけたラージャルの兵隊だった。
ホテルで那々美を使って洗脳したもの達だけでなく、ラージャルの手によって地道に数を増やしたものを、まとめて投入したのだろう。その数はざっと百人近くはいる。数えようとするだけで嫌になる量だ。
ラージャルから那々美を奪い返すように命を受けたのだろう。兵隊たちは皆、那々美を守っている一輝に狙いを定めて襲ってきていた。一輝の新たに目覚めた力によって、一対一ならば負ける事はないが、相手は数が多い。加えて兵達は皆自分の命など端から考えていないような、特攻まがいの攻め方をしてきていた。
一輝の足止めと消耗を狙う攻め方は、確かに効果がある。一輝の体力と精神は、確実に消耗してきていた。
戦えば消耗し、逃げる事はままならない。ただ目の前の敵に対処する事しかできない。じりじりと焦りばかりが募る状況だった。
「シッ!」
ミカヅチは棍を振り、一輝の足にしがみついた男の肩を打った。痛みに男の力が抜け、仮面の奥の目が歪む。反応される前に、ミカヅチは男の胴を足刀で蹴り飛ばした。転がった男の体を飛び越えて、別の兵が三人で突撃してくる。
ミカヅチは思わず舌打ちした。戦っても戦っても、一向に敵の数が減らない。仮面を砕いて完全に倒さない限り、傷が癒えて復活している。まるでゾンビか何かと戦っている気分だ。
灰堂達に連絡を入れる暇さえあれば。そう思うが、この状況では難しかった。定時連絡がない事で何か異常が起きていると判断すれば、応援と共に駆けつけてくれるだろう。そうなれば嬉しいが、果たして応援が到着するまでどのくらいの時間がかかるかは分からない。
「あー、くそッ! 邪魔くせえ!」
一輝が苛立ちに吼える。兵達は二種類の役割を持って、一輝を攻撃していた。距離をとってちくちくと足止めを図る役と、比較的怪力の持ち主が相打ち覚悟で突撃する役だ。二つが組み合わさると一輝は翻弄されて足止めをくらい、那々美と共に逃げ出す事もできない。
「Beware my order!」
クロウの手から放たれた烈風が男たちの動きを止める。そこに向かって、一輝が突っ込んだ。動きが止まっていた男たちをまとめて殴りつけ、仮面を叩き割っていく。クロウは一輝の背後で迫ってくる兵達に目掛けて電撃を連続して放つ。電撃を受けた兵は全身を痙攣させてその場に倒れていった。
「こんなんじゃいつまで経っても終わらねーぞ! 何か方法はねえのかよ!」
一輝が叫んだ。クロウが電撃で弾幕を張りつつ、負けじと大声でこたえる。
「そんなのボクが聞きたいよ! 魔法使いでも簡単に必殺ビームでまとめて倒すとか、そういうのできるわけじゃないんだからね!」
一人離れて兵達と戦っていたミカヅチの目に、空を飛ぶ翼の生えた兵の姿が見えた。クロウの隙をついて、空から兵の一人が急降下する。
「チッ!」
ミカヅチは襲い掛かってきた兵の腹を蹴り飛ばし、周囲にスペースを作った。そのままクロウたちに向かって跳躍する。兵が手に持ったナイフでクロウを突き刺すよりも早く、ミカヅチのとび蹴りが兵の顔面に突き刺さった。
「とにかく競技場から離れよう! なんとかして逃げ道を作るんだ!」
クロウの隣に着地して、ミカヅチ達三人が円陣を組んだ。周囲の兵達の数はまだまだ大量、一人あたり何人相手しないといけないのか考えたくないほどだ。ラージャルを止めなければ、転生者達はいくらでも増え続けることだろう。
(転生……)
ふとミカヅチの頭に閃きが走った。光の鎧の中にいる、那々美の方を向いて声をかける。
「那々美! こいつらをどうにかできないか?」
「え? 私が、ですか?」
「ああ。ラージャルがこいつらを地上に転生させたんだ。だから君の力で、こいつらを逆に元の場所に送り返すんだ!」
「ええ?」
「マジかよ?」
全員が素っ頓狂な声を上げた。光の鎧の中にいるため、那々美がどんな顔をしているかは見えない。だが声の調子から、驚いているのは間違いなかった。
「できるできないは後から聞く! だからとりあえずやってみてくれ! 今の希望は君だけなんだよ!」
「……はい!」
那々美が気持ちよく答えた。希望が見えた事で、クロウの表情にも気力が戻ってきたようだった。
「一輝、ちゃんと日高さんを守りなよ!」
「分かってるっつの!」
「そうはさせん。巫女を返してもらおうか」
鋭い声がした。硬いブーツの裏が、アスファルトを噛み締める音がした。ただそれだけで、皆の目がそちらに向いた。
赤と黒に染められた戦装束を身にまとい、黄金の仮面と兜をかぶった姿の戦鬼が立っていた。
「ラージャル!」
「巨神の子よ。余が間違っていた」
キリクが持っていた大剣を振り回し、ラージャルはミカヅチ達に向かって歩いてくる。王のそばに近づくのを怖れるように、兵達が左右に割れて道を作った。
「貴様らを殺さず、利用しようとする余の甘さが、キリクの心を傷つけていた。皆に負担をかけてしまっていた。もう迷わん。余の邪魔をする者は例え誰であろうと、一片の情けも持たず蹂躙殲滅するのみ!」
右腕をしならせて、大剣を振る。それだけで烈風がミカヅチの顔を打った。十メートルは離れているというのに、その衝撃はまるで鞭で叩かれたようだった。
ミカヅチの首筋に冷たい汗が伝った。今までとは違うラージャルの気配が、彼の怒りと本気を雄弁に伝えていた。
ラージャルが両手で剣の柄を握り、肩に担ぐ。最早考える猶予はない。
ミカヅチは覚悟を決めた。
黒い霹靂のように突進するラージャルに、ミカヅチは真っすぐ立ち向かった。棍を長棍に変形させつつ走る。振り下ろされた大剣を棍で受けると、鋭い金属音が周囲にいた者の耳をつんざいた。
「俺がこいつを止めておく! 皆はさっき言った事をどうにかやってみてくれ!」
「ミカヅチ!」
「おい、一人で大丈夫かよ!」
二人の声に、ミカヅチは顔を向けずに答えた。
「やるさ。俺は巨神の子だ」
世を乱す外道と戦うのが巨神の子の務めだ。綾もティターニアとして戦った。
(なら俺だってやらなきゃな)
ミカヅチは歯を強く食いしばった。睨みつける先で、黄金の仮面が夜の闇など関係ないとばかりに輝いた。
「やってみろ。軍神の前に敵はない事を教えてやる」




