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43.ティターニア対アイオーナ

「ジャアッ!」

 奇声と共にアイオーナの腕が膨れ上がり、枝の塊が伸びる。自身に向かって放たれたそれを、ティターニアは右手の棍を盾に変えて受け止めた。

 砲弾のような一撃に、足で床を削りながら後方に押し流される。大からアイオーナの力については聞いていたが、いざ目の当たりにすると恐ろしい力だ。


「貴様のような女、一目見た時から気にくわなかった!」


 アイオーナが叫んだ。塊を戻し、左手で枝の槍を作り連続で突く。それをティターニアは盾で弾き、棍を斧へと変えて振り回して砕き折る。


「前世での巨神(タイタン)の子もそうだった! 自信に満ちたその顔を見る度に、私がどれだけ劣等感に苛まされた事か!」


 アイオーナの呪詛の言葉はなおも続いた。ティターニアは枝の槍を防ぎながら距離を詰めようと図るが、マンションの通路は狭く、距離を詰めるには槍衾の真正面を突っ切らなければならない。場所を変えなければティターニアには不利だった。


「貴様のような連中をくびり殺す為に、私は陛下の下についたんだ! 貴様らの清らかな人生に、一生消えない汚辱を残してやる為に!」

「勝手な事言わないでよ」


 休まる暇のない槍の連射を防ぎながら、ティターニアは周囲に目を配る。建物は通路の左右に部屋が配置されており、外に出るのは難しい。階段はアイオーナの後方にあり、あそこまでたどり着けるわけもない。

 顔面に迫った槍を捻ってかわしながら、ティターニアは右手にあった部屋の扉を蹴りつけた。頑丈な扉が一撃で凹み、蝶番がちぎれ半壊する。何をしようとしているのか察知したアイオーナは、右手を膨れ上がらせて一面棘だらけの塊を作る。


「ジャッ!」


 真っ直ぐ放たれた棘の塊にぶつかる直前、ティターニアは全身に力を込めて扉に向かって体当たりした。

 衝撃に耐え切れず、扉があっさりと吹き飛ぶ。扉を下敷きにして着地したティターニアの背後で棘の塊がコンクリートの床や壁に突き刺さっていた。


 そのまま中に入る。飛び込んだ部屋は先ほど棍を取り出した部屋であったため、中に誰がいるかは大体予想がついていた。


「た、巨神(タイタン)の娘!」


 あまりの喧騒に外に出るのを躊躇っていた二人の兵達が、侵入者の姿を見て驚きと恐怖に叫ぶ。体を変化させて戦闘形態に入るよりも早く、ティターニアは拳を一人の顔面に叩き込んだ。


「げぶっ!」


 意味のない叫びと共に転がる男に目もくれず、ティターニアは左方から迫る別の男が振り回した熊のような爪をかわしざまにカウンターで棍を打つ。容易く仮面は砕け、男はその場にくず折れた。

「逃げるのか、巨神の娘ェ!」

 背後からアイオーナの怒声と共に、壁の破壊される音が轟いた。ティターニアは窓から外に出た。ベランダから飛び降りるかと体を乗り出して見下ろす。


「ちっ……」


 ティターニアは逡巡した。真下の駐車場とそれに面した通りには、まばらではあるが人通りがあった。ただでさえ広範囲を攻めるのが得意なアイオーナを相手にするとなると、被害が広がる危険性がある。

 背後からの破壊音に振り返ると、部屋に巨大な破壊痕が作られていた。通路からリビングまでの間にあった壁が、全てくりぬかれるように破壊されていた。壁の穴を乗り越えて、全身から枝を生やしたアイオーナが怒りに歯をむき出しにする。


「そのまま落ちろ!」


 アイオーナの広げた両腕が膨れ上がった。このまま室内で真っ向勝負するか、飛び降りて戦うか。悩んでいる時間はない。

 ティターニアは別のルートを選んだ。

 枝の塊が窓を貫きベランダを破壊する。その寸前にティターニアはベランダを乗り越えて跳躍した。

 地上百メートルはあるタワーマンションの上階、夜の帳が下り、天地に輝く光の間をティターニアは上に向かって跳んだ。上階にぶつからないぎりぎりの角度で跳びながら体を反転させ、マンションと対面する。


「シッ!」


 跳躍力に重力が勝利して落下し始める前に、ティターニアは右手に握った棍を突き出した。突き出した勢いに押されるように棍が伸びていく。その先端はぐさりとマンションの屋上付近の壁に突き刺さった。

 突き刺した棍を縮めると、ティターニアの体が引っ張られていく。屋上に手が届くようになったところで、ティターニアは屋上に体を持ち上げ、棍を壁から引き抜いた。


 屋上を見回すと、南側には換気用のダクトが等間隔に並べられ、北側にはテラスが広がっている。更に奥には、屋上と下の階を結ぶ階段に繋がる出入り口が設置されていた。先ほどの通路よりずっと広いし見回しも効く。ここなら十分に戦える。


 アイオーナはティターニアが屋上に上がったのにも気付いている事だろう。次にどう仕掛けてくるかが問題だった。兵を引き連れてくるか、怒りに任せて一対一を仕掛けてくるか。まさかこのマンションを崩落させて押し潰そうなどとはしないだろう。この程度の高さからなら、飛び降りても死なない自信はある。


 突然、地面が揺れた。足音のように一定のリズムで揺れ、それと同時に何かを叩くような音が下から聞こえてくる。


「私からは逃げられないよぉ!」


 叫びと共に、巨大な樹木の塊がマンションの外の壁を砕きながら姿を現した。軟体生物が岩を飲み込もうとするように、無数の触手を屋上全体に広げ、怨敵を逃がすまいと立ちふさがる。その無数の触手の上に載った胴の部分は天に向けて枝を伸ばし、見る間に妖しき大樹となっていく。


「アイオーナ!」


 ティターニアの声に呼応するかのように、幹の根元からアイオーナが上半身を生やして姿を現した。アイオーナは外に出たティターニアを追って、そのまま樹木の体を広げて壁を這い登って来たのだ。まさかここまで大きく樹木の体を広げる事ができるとは、ティターニアも予想外だった。


「もう逃がさない!」


 アイオーナが吼えた。床を這う触手が高速でティターニアの胴目掛けて伸びる。ティターニアは棍を斧に変えてカウンターの横薙ぎを叩き込んだ。折れて砕けた枝の先端は勢いに吹き飛ぶが、今度は反対側から別の触手がティターニアに迫る。バックステップでかわすがその先にもまた別の触手が、別の触手がと、四方八方から敵を砕こう貫こうと狙ってくる。


「貴様の首と手足を引きちぎってやる!」


 屋上一体は最早アイオーナの触手に完全に侵食されていた。触手一本一本はティターニアなら容易く砕く事ができるが、触手はティターニアの死角を狙って攻撃を繰り出してきている。気配を感じ取るのが一瞬でも遅れたならば、触手の一撃が与えるダメージは巨神の加護をもってしても多大なものになるだろう。


「口と尻の穴を突き刺して、腸をひきずり出してやる!」


 右のダクトの隙間から伸びた触手を、ティターニアは仰け反ってかわした。斧で断ち割り、後方に跳ぶ。どこから来るのか判別が難しい触手の群れを相手にしていては、アイオーナを倒すために近づくことも難しい。


「貴様のその綺麗な瞳が、私に殺せと訴えかけるんだよ!」


 アイオーナは狂気の淵へと入り込みかけていた。嫉妬が生み出す暴力と可虐の衝動は、果たして彼女が生前より持ち合わせていたものなのか。それとも心の奥底に秘めていた弱さが、転生により増幅されたものなのか。

 できれば後者であってほしい。ティターニアはそう願った。


 触手の海を逃れ、ティターニアは跳躍した。下階に繋がる扉をくぐるのではなく、その上に飛び移る。一辺あたり四メートルほどの、コンクリートで固められた立方体の島の下は、枝の触手が海となってうねっていた。

 アイオーナが鎮座する幹までは三十メートルはあるだろうか。並みの人間ではそこまで辿り着く間に、両手の指で余る程の数だけ命を落とす事だろう。


 ティターニアはいつもの通りに棍を構えた。半身になり左手を上に、右手を下に。外道の魔と戦う事を決めた彼女の瞳には、ただ強い意志だけがあった。


「これで終わりよ、ティターニア!」


 勝利を確信したアイオーナが、十以上の触手を槍へと変えて突き刺した。目の前に迫る触手の槍衾に対し、ティターニアは真っ直ぐ立ち向かうように跳躍した。

 馬鹿め、そう言いたげにアイオーナの口が歪む。だが数瞬としないうちに驚愕に口を開いた。


 右から迫った触手を蹴り飛ばし、左から迫った触手を弾く。前方から突き刺そうとした触手を斧で砕き、そのまままっすぐ駆ける。

 自分に向かって放たれた触手を踏み台にし、邪魔なものだけは砕き、ティターニアは止まる事なく、真っ直ぐアイオーナに向かって駆け抜ける。

 アイオーナが己の目を疑う暇もなく、ティターニアは目の前に迫っていた。


「う、うわああっ!」


 焦り叫びながら放った触手に向けて、ティターニアは右手に持っていた斧を放り投げた。触手を砕いてもその勢いは消えず、アイオーナの顔の横に鋭い刃が突き刺さる。


「ヒィッ!」

「イィ……セィッ!」


 裂帛の気合と共に放たれた巨神の一撃が、アイオーナを包んでいた幹に打ち込まれた。

 ティターニアの体を通じて放たれた巨神の膨大なエネルギーが、拳から幹全体に破壊を伝えていく。

 妖樹は光と共に粉々に砕け、無数の破片が空に飛び散っていく。やがて光と破片が風に飲み込まれて消えた後、ティターニアは樹木を失い人の体に戻り、力なくくず折れたアイオーナを見下ろしていた。対するアイオーナの険しい表情は、最期の時を迎える直前になっても変わる事はなかった。


「もう終わりよ。諦めて冥府の底に帰りなさい」

「おのれ……! 私を見下ろすな、巨神の子……!」


 アイオーナが恨みを吐き出すように唸った。 樹皮のような仮面には既にひびが入り、青白い光がちらちらとこぼれている。このまま放置していてもやがてはアイオーナは消え去るのだろう。

 アイオーナの口元に切れそうな笑みが浮かんだ。


「はは……。まあいいわ。どうせ私は死なない。魂は滅びない。陛下がこの世におられる限り、私達は何度でも蘇る。貴様には止められない!」

「昨日も言ったでしょう。あなた達はまとめて、私達が必ず叩き潰す。自分達の何がいけなかったのか、冥府の底で後悔しなさい」


 ティターニアの眼光に耐えきれなかったように、アイオーナの仮面が音を立てて割れた。青白い光が吐き出される勢いが強くなり、アイオーナの体が痙攣する。


「くそ……ッ! 陛下……お許し……!」


 断末魔の言葉を全て口にする前に、アイオーナの魂は光となって天に消え去った。後に残ったエイレーナの体をティターニアは抱え上げる。体に異常はなく、眠っているだけである事を確認し、ティターニアは先ほどまでとは真逆の慈愛に満ちた顔で、エイレーナに囁いた。


「もう苦しまなくていい。もう悩まなくていい。あなたの愛する人の為にも、私達は全力を尽くすから」


 ティターニアは視線を上げ、町を眺めた。ちょうど建物の隙間を縫って、ドーム型の競技場の姿が見える。おそらくあそこにラージャル達が集まっている。

 果たして計画を止めるのは間に合うだろうか?

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