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40.キリクとラージャル

 既に霧の消え失せた室内で、ラージャルとキリクは向かい合っていた。

 護衛の兵達はいない。逃げたミカヅチ達を追う為、会場内に潜んでいた兵達と共に出払ってしまった。

 会場では観客の大歓声が轟いている。だが室内に届くその声も会場の熱気も、二人の張り詰めた気配に恐れをなし、凍り付くようだった。


「何故だ、キリク」


 ラージャルが言った。その仮面の奥に輝く瞳には、様々な感情が渦巻いていた。そこにあるのは怒り、憎悪、困惑、悲しみ。

 キリクは何も答えなかった。その反応に苛立つように、ラージャルが再度口を開いた。


「何故だと聞いているのだ、キリク。何故斬った」

「……陛下に危害を加えんとした巨神の子を斬ろうとしたのです。目測を誤りました」

「なめるなよ、キリク。貴様程の剣士が、あの瞬間だけ見誤ったと言い訳をするのか。余を愚弄するつもりか? 答えろ!」


 ラージャルの声に怒りの色が増した。キリクはしばし黙考するように目を閉じ、やがて重苦しそうに、しかししっかりと答えた。


「巨神の子が望んだのです。奴を捕らえる前、あの若者は私に語りました。陛下に逆らわぬ範囲でいい、助けてくれと」


 ラクタリオンがやられた直後にキリクがミカヅチ達と遭遇し、降伏をすすめた時だった。

「分かった」

 そう答えたミカヅチに、クロウと一輝が大きく目を見開いた。

「ミカヅチ、ちょっとォ!」

「その先に那々美もいるんだろ。俺達は那々美を助けたい。だからそれに協力してくれ」


 今度はキリクが驚きの顔を見せる番だった。


「いい加減にしろ。前にも言っただろう。俺の言った事を理解できていないのか」

「理解してる。あんたはラージャルの命令に逆らえないんだろ。俺も前と同じ事を頼むよ。ラージャルに命令されてない範囲で、俺達に協力してほしいんだ」


 キリクを見るミカヅチの瞳は真摯で、力強かった。その眼光はキリクが思わず目を反らしたくなるほどに強かった。


「あんたが今日ラージャルに計画があると教えてくれたから俺達はここに来る事ができた。あんたが本当にラージャルを正しいと思ってるなら、そんな事は言わないはずだ。それにドマとの戦いで傷ついた俺を見逃してもくれた。あんたはラージャルが正しくないと思ってる。そうだろ?」

「……」


「それでも自分にはラージャルを止める事はできない。だからこうやって誰かに、できる範囲で止めさせようとしてきたんだ。俺達がラージャルを止める。だから手を貸してくれ。前にも言ったけど、あんたは歴史に名を残したヒーローだ。あんたは死んだ後も世を乱す者と戦う英雄だって、信じさせてくれよ」


 そう頼み込むミカヅチの声には、キリクの心の軟らかい部分を刺激する何かがあった。


「それで、余を裏切ったのか」


 ラージャルの問いに、キリクは首を振った。


「いいえ、陛下。私はただ試したのです。陛下ならばこの程度の策、見抜けぬはずがないと」


 相手の善意に期待して懐にもぐりこむなど、所詮は追い詰められた者の浅知恵でしかない。キリクの知るラージャルならば、ミカヅチ達の策などは看破するだろう。


 手錠をかけた程度で巨神の子たちを封じ込めたと思うはずがない。その手錠が本来の霊的な封じ込めを可能とするものとは違うと気付かないはずがない。そもそも敵の目の前で自らの計画が完了するところを見せ付けるなど、あまりにも無防備だ。あのラージャルならばそのような迂闊をやるはずがない。

 そもそも今この状況で、彼らと会う意味などどこにもない。それどころか、ラージャルが少し詳しく尋ねるだけで、キリクは呪いの為に全てを語らなければならなくなる。そうした場合、三人は無残な死を遂げる事だろう。


 だがもしそうならなかったら。生前に仕え、共に戦場を駆け、酒を酌み交わし終生の友と呼んだ、あのラージャルと今のラージャルが、最早別人だとしたら。

 結果、彼は昔とは別人だったことを目の前で証明した。

 そしてそれ故に、最後にキリクはラージャルを斬った。ミカヅチを斬る為だと、呪いに蝕まれた心に必死に言い訳をしながら。ミカヅチごと斬る事になっても恨むな、そう事前にミカヅチと話していた一撃だった。


 キリクが語り終えた後、ラージャルは右手で顔を覆った。その手は己の中の感情のうねりを、必死に押さえ込むように、強く力がこめられていた。


「もうお止めください、陛下。巨神(タイタン)の子が言ったとおり、我らはこの世にいるべきではない身なのです」

「何故だ、キリク。お前も奴らと同じで、下らん綺麗ごとを言うのか。永遠の生の喜びが欲しいと思わんのか。夢はないのか。野心はないのか」

「一度目の人生で、生きる喜びは味わい尽くしました。夢は見果てました。今を生きている者を追い落としてまで、これ以上生きたいとは思いませぬ」

「愚か者め。この愚か者め。お前だけは俺の期待に応えてくれると信じていたのに。信じていたのに……!」


 ゆらりと近寄ったラージャルが左手を伸ばし、キリクの顔を掴んだ。


「もういい。消えてしまえキリク」


 ラージャルの声は、嗚咽をこらえるように震えていた。ラージャルの手が触れた箇所からキリクの仮面にひびが入り、青白い光が吹き出ていく。

 やっと終わる事ができる。キリクの胸に、熱いものがこみ上げた。


「俺のキリク。お前だけが俺の友だったのに。お前と共に永遠の王国を築きたかったのに……」


 暗くなる視界の中で、ラージャルの声と黄金の仮面の煌きだけは感じ取ることができた。

 今の彼はどんな顔をしているのだろうと、キリクはふと思った。しかし見えなくていいのだと思い直した。

 きっとどんな顔をしていても、未練と悲しみが増すばかりだろう。

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