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39.出たとこ勝負

 ラージャルの手が那々美へと延びる。その手が那々美の肩を掴もうとした時、手は瞬きよりも早く翻り、那々美の頭の上にある空をつかんでいた。


「気付かんと思ったか? 幻で姿を隠しても、気配は目で見るよりもたやすく、確実に感じ取れたぞ」

「ぐ……ぐえ……!」


 うめき声と共に、何もないはずの空が陽炎のようにゆらめく。ラージャルが立ち上がりながら掴んだ左手を更に持ち上げた。それに合わせて幻影は完全に消え失せて、首を掴まれた一輝の姿が現れた。


「一輝!」

 ミカヅチとクロウを見下ろして、ラージャルは鼻で笑った。


「これがお前の策か? 己を囮にして巫女を奪おうと考えたわけか。だが、余が一度見聞きして知ったものに気付かぬままでいる、などと考えたのは浅はかだったな」

「だ……だったら……!」


 一輝が苦しみながら漏らす声に、ラージャルが小首を傾げる。


「だったら……お前が見てないもんはどうだ!」


 叫びと共に、青白い光が一輝の全身から放たれた。爆発のような光の衝撃に手を弾かれ、ラージャルは窓側に後退する。ラージャルが顔を上げた先で、光の鎧に包まれた一輝が那々美をかばうようにして対峙した。

 ラージャルが軽く手を払い、楽しそうに声をかけた。


「ほう、貴様も力に目覚めたか。その姿、ドマの力を奪ったか?」

「ミカヅチ! さっさと持ってけ!」


 ラージャルに取りあわず、一輝が叫んだ。最初に考えていたプランA、姿を消した一輝に那々美を奪わせる作戦は失敗した。ここからはプランB、要するに出たとこ勝負だ。


「Beware my order!」


 ミカヅチが立ち上がるより早くクロウが叫ぶ。一瞬で室内が霧に包まれて乳白色の別世界が生まれる。アシストとしては完璧だ。視界を奪われた皆が混乱している内に那々美を取り上げ、後は逃げるだけ。

 ミカヅチは手錠を引きちぎった。霧が落ちる前の光景を思い出し、那々美の隣の座席に駆け寄る。ミカヅチの視界の奥に、一輝の青白い体がほの見えた。

 隣のシートに足をかけ、眠ったままの那々美に手をかける。そのまま持ちあげようとした時、大砲のような衝撃音が鳴った。遅れて青白い光の塊が跳ね上がり、天井に衝突する。


(一輝がやられた?)


 まさかこんなあっさり、と驚きに声も出ないミカヅチの目の前に、ラージャルの黄金の仮面が突如として出現する。


「!」


 ミカヅチは那々美を持ちあげるのを中止して、両腕をひっこ抜いた。そのまま体を捻って両腕を交差させ、ラージャルが放った拳を胸の前で防ぐ。

 強烈な衝撃にバランスを崩し、ミカヅチは椅子の背を飛び越えて転がった。そのまま椅子の裏で着地すると、ミカヅチの顔の目の前にラージャルの腕が椅子の背から高速で生えた。


「うげっ!」


 思わず引きつった声が出る。あと十五センチも位置が違えば、ラージャルの貫手によってミカヅチの顔面は串刺しになっていた事だろう。

 椅子の背から貫手が引き抜かれ、再度貫手が放たれる前にミカヅチは立ち上がった。霧の中でうっすらとラージャルの姿が見える。白く濃い霧の世界を切り裂いて、流星のように拳が放たれる。


「せやァ!」

「シッ!」


 鋭い呼気と共に、ミカヅチとラージャルの拳が交差する。喉、心臓、顎、的確に狙うラージャルの拳を弾き、防ぎ、かわす。やっとの思いで右フックを一発、ラージャルの頭に向かって放てば、あっさりとかわされた。技術も身体能力も段違いに高い。偉大なる巨神(タイタン)の加護も、目の前の男にとっては刺激的な遊び相手にすぎないのかもしれなかった。


 後退しつつ、邪魔なシートを後ろ足に蹴り飛ばして、スペースを作る。時間がかかればかかる程、こちらが不利になる。既に周囲の兵達も動きだしているのを、何とかクロウが個別に止めている状況だ。

 視界の端で青白い光が動いた。不意に閃光が線を描く度に、鉄か何かを叩くような音が部屋中に鳴り響く。

 更にもう一つ音が鳴った時、兵隊の一人が宙を舞ってミカヅチとラージャルの間を通り過ぎた。


「なめんな、この野郎!」


 一輝だ。一度吹き飛ばされてもドマと同等のタフネスと怪力で周囲の兵を叩きのめし、ミカヅチの隣に立った。構えを取ると、ラージャルが余裕たっぷりに嘲笑う。


「ハッ、殴られたりんか?」

「違うね、殴り足りねえんだ!」


 怒号と共に、一輝がラージャルに向かって突っ込んだ。ミカヅチも合わせて動く。


「オラァ!」

「シャッ!」


 同時に放ったミカヅチの突きを左手で掴み、一輝の拳を肘で受け、ラージャルは微動だにせずに二人の攻撃を受け止めた。

 ドマと同等以上の力を持つ一輝と、巨神(タイタン)の加護を受けたミカヅチ。二人の全力を同時に防ぎきる、恐るべき怪力だった。

 ミカヅチと一輝の顔に恐怖と驚愕が走った。例え『アイ』のヒーローが駆け付けても、一対一であればこの男に勝てる者はこの世に存在しないのではないか。


 焦るミカヅチの背に殺気が突き刺さった。ラージャルの命を狙う相手に対し、この男が動かない訳はない。

 ミカヅチの狙い通りだった。


「せいィッ!」


 銀の閃光が走った。キリクの巨大な刃が、ミカヅチがいた空間を斜めに切り裂いた。

 霧さえも真っ二つにした瞬間、乳白色の世界に赤い血しぶきが舞った。


「ぐぅッ!?」


 驚愕と苦痛が入り混じった声と共に、ラージャルは自らの胸から吹き出ていく鮮血を茫然と見ていた。ありえないものを見つめるように目は大きく見開かれ、空いた左手で胸元を抑える。

 あの剣聖キリクが目測を誤るなどありえない。ましてや主であるラージャルの身を傷つけるなど。


 キリクが刃を放つ一瞬前に、ミカヅチは一気に腰を落とし、地面に胸をつける地に倒れる勢いで身を伏せていた。

 ラージャルが今まで見せた事のない最大の隙に、ミカヅチは両足のバネをフルに使い飛び上がるように両足を伸ばして上昇する。

 完全に不意をつかれた形で、ミカヅチのアッパーが初めてラージャルにクリーンヒットした。


「がッ!」


 苦悶の叫びと共にラージャルの体が吹き飛び、壁に激突する音が聞こえた。ミカヅチも一輝も、追撃など考えなかった。他には目もくれず、ミカヅチは那々美に近づいて両腕で抱え上げる。


「クロウ! 逃げるぞ!」

「分かった!」


 三人はドアがあった方向に突っ込んだ。まず一輝がつっこみ、ドアと壁をまとめて破壊して外に出る。


「無茶苦茶やるなァ、もう」


 一輝の後ろから出たクロウがぼやいた。外は室内とは全くの別世界で、夜の闇を等間隔に並んだ照明が消し去っている。


「ンな事言ってる場合じゃねー! 逃げるぞ!」


 一輝にうなずいて、三人は西に向かって走った。会場の通路天井を高めに作られているおかげで、力を使っている状態の一輝の巨体でも問題なく走る事ができる。


「もう……すごい! ほんとに上手くいくって思わなかったよ! ボクらすごくない!?」

 クロウが妙に高いテンションで笑った。ラージャルに真っ向から立ち向かっておいて作戦を成功させるなど、正直誰も信じていなかったのだ。


「ああ、キリクのおかげだな」


 ミカヅチの呼吸は荒かった。大立ち回りのせいというより、キリクの斬撃を受けた緊張と、それを何とかかわしきれた事による安堵感から来るものだ。恐怖によって全身にかっと血が上り、逃れた今でも全身が痺れるようだった。

 キリクに降伏か死かを迫られた時、ミカヅチはそれでもキリクを説得した。キリクが今の自分の行いを、正しいと感じていないと信じたからだ。

 クロウも一輝も、無意味だと止めた。ミカヅチ自身、子供のわがままのようなものだと思いながらも、それでも止められなかった。


「ならば、お前達がそれを証明してみせろ」


 必死に訴えかけた後、キリクは一言そう言った。

 那々美を助けるのにも手を貸さない。ラージャルとも戦わない。その代わりに、ミカヅチ達の行動も邪魔をしない。そう言って、キリクはラージャルの所へとミカヅチ達を案内してくれた。

 ミカヅチ達にかけられた手錠も、偽物とすり替えられた。本来ならば霊的防護がかけられ、巨神(タイタン)の加護を受けた力でも引きちぎれない代物だ。


「俺は陛下に逆らうのではない。ただ試すだけだ。陛下は今も、昔と変わらぬ信念で動いていると信じている。陛下ならばお前達の策など見破れんはずはない。そしてお前達が話した結果、陛下が俺の信じる陛下のままならば、俺はお前達を斬る」


 そう言ったキリクの顔には深い陰があった。あるいはキリクは、ラージャルとの会話の結果、こうなる事を予見していたのかもしれなかった。



 階段を降り、先ほどラクタリオンと戦った、西出入り口に向かって走る。会場からの大きな歓声の中に、恐慌の色はなかった。VIPルームでのやり取りはライブの大音量にかき消され、観客には聞こえなかったらしい。

 このまま出入り口まで逃げるか、どこかで電話を手に入れて灰堂に連絡するか。考えながらミカヅチは二人に話しかける。


「とりあえず出口まで行くか?」

「いいじゃん、もう一輝がそこの壁ぶっ壊しちゃえば?」


 クロウが一輝をけしかける。通路の外側は分厚いコンクリート張りだが、確かに一輝の腕力なら、壊す事も可能かもしれない。

 一輝が少しためらいがちに言った。


「いや、ぶっ壊したら賠償金とかかかるんじゃねーの? やだよ俺」

「そんな事言ってる場合でもないでしょ。人命優先だって!」

「でもよぉ」


 ミカヅチには一輝の言い分も分かる。既にVIPルームを破壊した後のもあって、できればこれ以上の破壊行為はあまりしたくないところだ。

 やるかやらないか、と語っている間にも、三人は通路を真っすぐ走っていく。そうこうしている内に結局、先ほどの西出入り口まで辿り着いたのだった。


「ん……」


 ミカヅチの腕の中で、可憐なうめき声がした。

 見ると那々美が眉を寄せ、苦し気に目を覚まそうとしているところだった。ミカヅチ達は立ち止まり、那々美に声をかける。

「那々美!」

「ん……あなたは……?」


 俺だよ、と言いそうになったところで、ミカヅチは思いとどまった。一応正体を隠している今の格好で、正体を自分から晒すような真似はできない。

 しかし那々美は大きな瞳を二度三度と瞬きして、驚いたように口を開いた。


「ひょっとして、国津さん? その格好は……?」


 げ、と思わず声が出た。確かに那々美は以前にも扉の向こうにいる大を当てた事があった。人の守護霊を見るという那々美には、大がミカヅチの格好をしていても眼鏡をかけた程度の変装と変わらないのだろう。


「あ、いや、えっと……話はあとで! 今は逃げないと! しっかり捕まっといて!」

「え? あ、はい!」


 よく分からないにしても、今が切羽詰まった状況だと分かったのだろう。那々美は頷き、両手を伸ばしてミカヅチの首にかける。

 よし、とそのまま走りだそうとしたところで、ミカヅチ達は足を止めた。前方の出入り口ラウンジに繋がる通路をふさぐように、体の一部を怪物化させた白い仮面の男女が十人近くたむろしていた。


「ラージャルの兵隊……! もう来たのか!」

 背後からの気配と足音に、ミカヅチは振り返った。会場に繋がる階段を降り、仮面の男女が更に増える。

「こんなに会場に隠れてたの?」


 ああもう、とクロウが嫌悪感を露わにする。ラージャルとしても、当然那々美を逃がす訳にはいかない。この場で出せる全力を投入してきている。

 壁をぶっ壊して逃げとくべきだったかな、と今更ながらミカヅチは考えた。

連日投稿の予定でしたが、諸事情により八日(木)、九日(金)は投稿ができないかもしれません。

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