34.ライブ会場にて
流石に無茶な作戦だったかもしれない。大は今更ながら思っていた。
目の前に集まった人、人、人。葦原市の西部にある総合競技場に集まった人の波は、今日行われるライブの開始を待ちながら、聞いていて耳が痛くなる程にざわめいていた。
「いくらなんでもこっから探すなんて無理だろ……」
一輝が諦め気味に口にした。凛も同じく気弱な言葉を吐く。
「この中にいたらいいけど、どっかに隠れでもしてたら絶望的だよォ」
「愚痴ってもしょうがない。とりあえずみんなで巡回して見て回ろう。仮にラージャル達の狙いがここじゃなくても、仕事は仕事なんだしさ」
大は耳元の通信機で二人をはげましながら、競技場の最上段の通路を歩き出した。首には警備員のアルバイトを示す許可証がかけられ、胸には警備員同士で連絡を交わす為の通信機がベルトで固定されている。
先日の夜に灰堂と打ち合わせた後、大は『ディスカバリー』のライブ会場に、警備のアルバイトとして入り込めるように、灰堂にかけあった。灰堂としても、どうこう言って人手はあるだけ欲しい。警備を担当している会社とライブの実行委員会に、伝手を頼って連絡した。その結果、『超人犯罪者がライブを狙っているという情報が、未確定だが流れてきた為、アイから警備を回す』という名目で、大達三人と他数名を、警備の臨時アルバイトとして参加させる事ができた。
「本当はライブの中止ができればよかったんだがな。情報が曖昧過ぎてそれは難しいようだ」
連絡をした後で、灰堂が苦々しげに口にしていた。それでも警備の追加など無理をやらせてもらえたのは、さすがの灰堂武流と言ったところだろう。
「一応言っておくが、無理を言って警備に入れてもらえたんだ。バイト代は期待するなよ」
そう後で付け加えていた灰堂を思い出して、大は苦笑した。
今もアイと警察はラージャルの動きを追っている。猫の手も借りたい状況で、大達以外にも手を回してくれたのは灰堂の大への信頼の表れだ。そう思うと大は一層気を引き締める思いだった。
「しかし、すごいな」
大は改めて会場を見回した。
会場の混み具合から見て、今回のライブの動員数はおよそ三万人近いだろう。仮にこの中にラージャルが潜んでいるとしても、探すのに何時間かかる事か分からない。警備員には秋山と那々美の顔写真を見せて、似た人がいたら詰所まで同行してもらうように話をつけている。しかし、これでは見ているだけで不安がこみあげてくる。
今日のライブ会場をラージャル達が襲うという、大の読みは果たして合っているだろうか、大自身も未だに確信を持って言えないところだ。それでもただ待っているよりは、自分の直感に従って動く方がまだマシだった。
ラージャルがいるならば、おそらくライブが最も盛り上がる終盤に那々美を使い、観客全員を転生の器にするはずだ。大達はそれまでに彼らを見つけなければならない。
中央にある舞台にバンドのメンバーが現れると、観客の歓声が飛んだ。会場がライブが始まったのだ。曲を始める前のマイクパフォーマンスでボーカルが一言話す度に、女子の黄色い声が場内を駆け巡る。
大だって『ディスカバリー』は好きなバンドだ。ただのバイトならばこのままライブを堪能しているところだが、今の気分ではそれもかなわない。
大はひたすら目を皿のようにして、観客の顔を確認した。幸太郎や那々美に似た顔、周囲と違った雰囲気の者がいないか、流れるように確認していく。気の遠くなるような作業だ。先ほど凛が言っていた通り、観客席ではなくどこか別の場所に隠れているのだとしたら、難易度は更に跳ね上がる。
ふと、大は頭を上げた。会場の中央上部、専用の階段で一段上がった位置に、会場の興奮から隔離された一室があった。競技場のVIPルームだ。競技場に面した位置はガラス張りになっているが、外からは中が見えない作りになっている。誰かがいるとしても、ここからは確認できなかった。とは言え、普段のスポーツ観戦ならともかく、今あそこで見たがる者はいないだろう。普通ならば。
「あのVIP席、あそこも見て回ったほうがいいかな」
警備員用の無線機ではなく、灰堂からもらったアイ御用達の通信機で凛と一輝に連絡する。雑音もなくクリアな音声が帰ってきた。
「上の階にあるやつ? まあ確かに隠れやすそうだけど、あんなとこじゃすぐバレちゃいそうだよ?」
「まあいいじゃねえの。後で行ってみようぜ。ないならないでそれは良しってことでさ」
一輝が同意する。大としてもやれる事は全てやっておきたかった。
その時、胸の無線機から男の声が発せられた。大達と同様にアイから派遣された、町田という男の声だ。
「こちら町田。C1の入場口から二人の男女が出て行こうとしているところを確認。事前に配られた写真の男女に似ています。これから確認に行きます」
大は弾かれたように顔を向けた。ちょうどVIPルームの真下の階にある入場口に向かって、二人の男女が手をつないで歩いているのが見えた。遠目で詳細は分からないが、確かに秋山と那々美に背格好は似ている。
(まさか)
何故このタイミングで、と思いはしたが、確かめないわけにもいかない。
「国津です。確認に行かせてください」
「藤沢です。俺もその二人ならよく知ってます」
「支倉です。ボクも行かせてください!」
口々に志願する三人に、別の声が無線機から応じた。警備のリーダーである藤堂の声だ。
「藤堂だ。さっき志願した三人と町田さん、それに米長の五人で向かっててくれ。相手は超人の可能性があるんだったな。危険を感じたら応援を呼んでくれ」
(危険を感じたら、ね)
口には出さず、大は苦い顔をした。
もしさっきの二人が本当に自分達の探している相手なら、待っているのは危険しかない。




