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32.できる事は何がある?

「ひでー気分だったよ、マジで」

 席に着いた一輝の第一声は、なんとも乱暴だった。


 大、凛、一輝、そして灰堂の四人は病院から市内にある『アイ』の支部ビルに移動した。その後ビル内の一室を借りて、今回の事件について確認を行っていた。

 十メートル四方の室内に折り畳み式の長机が二つ並べられて、それに合わせてパイプ椅子が用意されている。それだけの殺風景な部屋に、大達は向かい合っていた。


「俺に乗り移ったドマって奴だけど、あいつに体を乗っ取られてる時はなんつーかこう、自分の頭の中にもう一人誰かが居座ってる、みたいな感じっていうか。同じものを見てて、同じものを聞いてて、感じてるのに、体は自分のものにならねーんだ。俺は見てるだけ、聞いてるだけ、感じてるだけ。あとは全部俺じゃない誰かが暴れてる。ミカヅチと喧嘩してるのも見えたよ」

「悪かったな、思いっきり殴って」

「いいよ、気にすんな。こっちも止められなかったし。それに、傷もコウと違って大したことねーんだ。乗り移った霊との相性ってのがあるのかもな。あいつが言うには、俺とは相性完璧だったんだろ?」


 一輝が苦虫を嚙み潰したような顔をした。相性が良し悪しなど、体を乗っ取られた側からすれば嬉しい事ではない。会話が途切れたところで、凛が口をはさんだ。


「そういやさ、あの人達も元は人間なんでしょ? 転生だっけ? 生まれ変わったらなんでイカ人間になったりトカゲ人間になったりしてたわけ? タイタナス人がそうってわけじゃないよね?」

「当たり前だろ」


 大が苦笑いで答えた。超人が一般的になってる現代社会でも、肉体が一般的な人の姿から大きく逸脱する者はそう多くない。例えラージャルが生前超人の軍団を率いていたとしても、異形の超人をあそこまで数を揃えるのはまず不可能だ。


 大は少し考えて、

「一度死んで生き返る、その時に、何か変な影響を受けてるのかもしれない。ラージャルは軍神アルザルと契約したと言ってたし、そこに何か理由があるのかもな」

「アルザル……。タイタナスの神の一柱か」


 灰堂の言葉に、大はうなずいた。

 タイタナス神話において軍神アルザルは、いわゆる悪神の部類に入る。鉄と火、戦に関わるものを司り、混沌を愛し、世が停滞しないように人々を争わせる。彼の起こした難事を、英雄達が度々打ち破る逸話がいくつも残っていた。


 少し考えて、灰堂が口を開いた。

「これまで起きた事件や藤沢君の話を総合すると、奴らが転生と呼ぶ体の乗っ取りも容易く行われているという訳ではないようだな。完全に体を乗っ取るまで時間がかかる。そして乗っ取る前に仮面を破壊されると、奴らは肉体から出ていかなければならなくなる」


 大はラージャルの言葉を思い出していた。

「魂の弱肉強食、ラージャルはそう言ってました。優れた肉の体を使うのは、優れた魂であるべきだって」

「それで、俺はドマに体を奪われかけたし、コウはラージャルの入れ物にされちまってる。ムカつくぜ」

 一輝は吐き捨てるように言った。


「それだけじゃないよ。今のラージャルは日高さんを使って、大勢の人を一度に転生できるようになってる。このままほっといたら日本中がラージャルの兵隊にされちゃうよ」

 凛が深刻な顔で言った。だがこれに関しては、大には一つ疑問があった。


「その転生についてなんだけど、ラージャルの転生は確かにすごい。でも今日の事件でも、ホテルにいた全員を転生させる事ができたわけじゃない。一体なぜなんだろう?」

「えェ? そりゃァ……相性とかあるんじゃないの? ラージャルやドマも言ってたじゃん。オレに合ったカンペキな肉体ィ、とか」


 下手なドマの声真似をする凛だったが、場の空気にはそぐわなかった。誰も笑わず気まずい空気が流れる中、灰堂が口を開いた。

「単純に欲しい体ではなかった、という可能性はどうだ。ホテルで転生されずに残っていた人は多くが老人と怪我人だった」

「でもそうじゃない人も結構いました。ラージャルの兵隊って、生前の事を考えたらそれこそ何万、下手したら何十万もいるはずなんですよ。そのどれとも相性が悪くて放置されたってのは何かおかしいと思うんです。そもそも暴れさせる必要だってない。怪我人を増やしたらそれこそ転生させる駒を減らしてるんですから」

「つまり、そこには何か理由があるとお前は思っているわけだな」


 頷いて、大は考えを続けて口にしていった。

「俺はラージャルが人を転生させるのには、相性以前に条件があると思うんです」

「条件? 何故そう思う?」

「そうじゃなかったら、ラージャルが今日ホテルで転生を行った理由も分からないし、たった今も転生させる人が増えているはずだからですよ」


 話しながら、大の脳裏で何か閃くものがあった。ばらばらだった事実が、頭の中でどんどん繋がっていく。


「今回の事件、ホテルの人達が転生させられる前に皆が暴れ出しました。アイオーナが人を興奮させる花粉をばらまいたせいです」

「ボクが見つけたんですよ、ボクが」

「分かった分かった、それは後で」


 アピールする凛を抑えて、大は話を続ける。


「廃工場でファイトクラブを開いてた時も、アイオーナは花粉で人を戦わせてました。何で人を興奮させて暴れさせる必要があったのか、それは多分、ラージャルは人が興奮した状態、我を忘れた状態でないと上手く人を転生させられないんだと思うんです。人の体に魂を無理矢理降ろすには、そういう前提条件がいるんだ」


 灰堂は顎に手を当てながら、大の言葉を真剣な表情で耳を傾ける。


「それなりにつじつまは合う。では、今回ホテルで日高那々美を拉致すると同時に、人々を転生させたのは何故だ? ここまで大事件を起こせば警察もアイも本気で捜査を行うだろう。手駒を増やすにしてもあまりにも雑だ」

「急いで実験を行う必要があったんじゃないでしょうか」

「実験?」

「キリクが言ってたんですよ。明日にはラージャルは何万も兵隊を手に入れるって。ラージャルは明日どこかで、那々美を使って大勢の人々を転生させるつもりです。その前に那々美の力を試しておきたかったんだ」


 キリクの言葉が果たして真実なのか、ただの戯言なのか、大には確かめる術はない。だがキリクと話した時に見せた、あの苛立ちの表情。今の自分達の行動に悩む、あの顔こそがキリクの真の心だと、大は信じたかった。

 大の隣で頭をかきながら、一輝が悩み顔を作った。


「明日か……。つっても明日は日曜だぜ。人が集まるとこなんていくらでもある。狙おうと思えばどこだって狙えるし、止めようがねー」

「できるだけ人が密集してるところを狙うんじゃないかな。一か所に大勢集まって、人が大騒ぎして、ラージャルの転生にかかりやすくなるような……」

「あァ!」


 突然、凛が素っ頓狂な叫び声を上げた。手に握られていたスマートフォンの画像を大達に見せつけるように掲げる。


「あったよ! 明日の大イベント! 『ディスカバリー』のライブ!」

「あ……」


 数日前にテレビで取り上げられていたのを、大も思い出した。若者中心に人気のロックバンドで現在全国縦断ライブを行っており、ちょうど明日、葦原市でライブを開催するのだ。

 一公演当たりの動員数が時には三万人を超えるというライブ会場で、仮にラージャルが那々美を使い、人々を転生させたならば。

 室内の空気が酷く冷たく感じられた。慄然として、大は思わず唾を呑んだ。


「灰堂さん、ライブの中止をお願いする訳には」

「無理だな。奴らが本当に狙っているという確証が持てない。できるのはせいぜい警察に協力を求めて、警備を増やすように通達する程度だ」


 大は苦々しく唇をかんだ。

 確かに現状では、大の考えはただの想像でしかない。明日事件が起きるというのも、キリクの言葉が正しければという仮定の話だ。自分の考えは間違いではない、そう思いたいが、灰堂の言葉にも言い返せないほど根拠は薄弱だ。

 綾を助けたい。これ以上ラージャルによる犠牲を出したくない。その為に大一人にできる事はあまりに小さかった。


「とりあえず、ライブの運営にはさっきの話を連絡しておく。可能性はあるなら無視はできんからな」

 灰堂が言った。現状で自分にとれる手は何かないか。考えに考えて、大に一つの考えが浮かんだ。


「灰堂さん」

 声に出しながら灰堂に向き直る。

「灰堂さん、俺達がライブ会場に行けるように、手配してもらう事ってできます?」

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