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26.異形の転生

 ホテルの中は地獄絵図と化していた。

 数分前まで談笑していた人々は唸り声をあげ、目を血走らせながら互いに争い、傷つけあっている。華やかな装飾や真っ白なテーブルクロス、柔らかなカーペットに、皆が競って赤い血のアートを描いていた。

 降霊会の会場に向かう程、大の心に不安が膨らんでいく。この惨状に綾と凛が巻き込まれていたら。そう思うと、大は気が気ではなかった。


「綾さん! 凛!」


 やっと会場についた時、予想とは大分違う光景が広がっていた。会場内にいた人々は皆気を失い、倒れている。一見したところ、怪我をした人間も大勢いるようだった。しかし道中と比べると天地の差だ。


「大ちゃん!」


 綾の声が聞こえて、大は顔を向けた。大に気付いた綾と凛が、入口に駆け寄ってくるところだった。周囲と違って、二人は正気を失っていないらしい。大は正直ほっと胸をなでおろしたした。


「綾さん。これ一体どうなってんの?」

「突然だったわ。みんないきなり暴れだして」

「いきなり声がうるさいとか唾が飛んだとか香水がくさいとか、いろんなとこでみんなキレだしてさ。後はごらんの有様だよ」


 凛が呆れたように言ったのに合わせるように、部屋の外からも絶叫がした。やはりこの部屋だけでなく、この階全体、あるいはホテル全体にいる人全てに、恐慌が起きているようだった。


「藤沢君も帰ってこないし、エイレーナもいないわ。二人とも無事ならいいんだけど……」


 綾が心配そうに眉を寄せる。頭に浮かんだ疑問を、大は口にした。


「俺や二人が影響を受けてないのは何でなんだ?」

「大はいた場所の問題かもしれないけど、ボクらはこのボクがこれを引き起こしてるものが何か気付いたから」

 質問を待っていたような速さで、凛が反応した。

「原因?」


 凛はほら、と手に持っていたハンカチを見せた。青いハンカチの生地の上には赤い砂粒のように細かいものが、まるで銀河の星々のように散らばっている。


「なんだ、これ?」

「花粉だよ。これを吸うと人は興奮状態になる。吸いすぎた人達は最終的にああなるってわけ」

 凛が倒れて正気を失っている人達を指差した。


「それでボクが花粉を吹き飛ばして、みんなを落ち着かせたってわけ。どうよ? すごいっしょ? ボクが見つけたんだよ。このボクが」

「はいはい」


 相槌を打ちながら、大は自分が効果がなかったのに納得した。この花粉をホテル全体にばらまいた方法は不明だが、全ての階層に均一に撒くのは難しかったのだろう。大と那々美がいた場所は花粉が比較的薄く、万丈は濃い所から花粉を吸って歩いてきたわけだ。ついでに言えば、大と綾には巨神(タイタン)の加護により、こういったものへの耐性が強かったのも幸いした。


 そして花粉と聞いたところで、大の脳裏に閃くものがあった。


「アイオーナか」

「こないだのファイトクラブでも人が洗脳されてたしね。あの樹木おばさんの仕業だったんだ」

「って事はこれが、ラージャル達が話してた計画、って事なのか……?」


 大は自分の迂闊さに奥歯を噛み締めた。ラージャルが来ているのだとしたら、今まさに那々美が狙われていることになる。


「那々美を探さないと。さっき隠れて待っててくれって言ったんだ」

「ええ。ラージャルが来てるなら、奴より早く保護しましょう」


 綾に同意し、廊下に出ようとしたところで、大達は足を止めた。右も左も、廊下の曲がり角から人々が群れをなし、通路をふさいでいる。大達に血走った視線を向ける様は、まるでゾンビ映画のワンシーンのようだ。

 三人が戦闘態勢を取ったのは、ほぼ同時だった。


「来たれ、秩序の法衣!」

巨神(タイタン)よ!」

巨神(タイタン)!」


 放たれた閃光に、我を忘れた人々も怯む。そして閃光が消えた時、そこに現れた三人の英雄が、臨戦態勢を取っていた。


「この人達に時間をかけているわけにはいかない。日高さんかラージャルを探すのを最優先。いいわね?」

「そうは言っても、向こうがほっといてくれそうにないよ」


 ミカヅチの言葉通り、暴徒は勢いを取り戻して三人に向かって駆け出した。


「Beware My Order!」


 レディ・クロウの呪文と共に、突き出した両手から烈風が放たれた。台風直下のような風の勢いが、左の廊下から来る人々を押しとどめる。先頭が風に負けて倒れると、群れ連なって将棋倒しになった。


 左側はクロウに任せ、ミカヅチとティターニアは右の廊下から来る相手に立ち向かった。近づいてきた男の顎をミカヅチはジャブで叩き昏倒させる。つかみかかってきた別の男の横っ面に裏拳を放てば、あっさりと男は後ろに転倒する。さらに近づいてきた中年男の腹に横蹴りを放つと、中年男は吹き飛んで背後にいた二人にぶつかって倒れた。


 相手を倒し、動けなくするだけなら難しいことではない。しかし、あまり大きな怪我をさせない事を意識して戦うのは大変だ。下手に力を入れすぎると悲惨な事になる。

 ティターニアはその点スムーズで、スピーディかつ的確な一撃を繰り返し、近寄ってくる者を鮮やかに昏倒させていく。


(さすが)


 思わず感心してしまうが、見とれてはいられない。目の前の金髪男のストレートをかわして、ミカヅチはカウンターで右フックを脇腹に叩き込んだ。

 ミカヅチとティターニア、二人の動きで暴徒も半数が倒れ、廊下にも空きが目立つようになってきていた。これならば無理矢理通る事ができるだろう。ずっと相手をするのも時間がもったいない。


「クロウ、もう相手しなくていい! こっちを突っ切るぞ!」

「わかった!」


 一人で暴徒たちを押しとどめていたクロウが身を翻し、跳躍する。そこから床を踏むことはなく、クロウは宙を浮いてミカヅチ達のいた廊下の真ん中を突っ切った。


「早く、行くよ!」


 クロウに促され、ミカヅチとティターニアも走る。邪魔をしてくる相手を軽くあしらって、そのまま暴徒を振り切って三人は廊下を突っ切った。


「やっぱり空を飛ぶって、ちょっと羨ましいな」

「二人も魔術を習ってみたら? 空くらい飛べるようになるかもよォ?」


 からかうようなクロウの口調に、ミカヅチは苦笑した。しかし冗談ばかり言っている場合でもない。

 部屋のいたるところから、人々が争う声が聞こえた。正気を失った人々が痛みを忘れ、自分の負った傷も気にせずに争うさまは、ミカヅチの心を痛ませる。

 誰もこんな目にあう為に、ここに来た訳ではないのに。


「ティターニア、この後どうする?」

「ミカヅチはさっきまで日高さんと会ってたんでしょう?どこにいるか見当つかない?」

「更衣室代わりに個室を借りてるって言ってたから、そこに鍵をかけて隠れててくれ、って言っておいたんだ。何もなければそこにいるはずだよ」

「よし、まずはそこから──」


 ティターニアの言葉が途切れた。足を止め、張り詰めた表情で周囲に目を配る。

 どうしたのかと聞く前に、ミカヅチにも分かった。何か強烈で邪悪な気配が、近くから漂っていた。

 気配に向かって二人は走った。クロウも後からついていく。何も言わずとも、何かを感じ取ったと彼女にも分かったのだ。

 

 廊下を走り、三人は階の中央に来た。一階のラウンジは二階との吹き抜け構造になっていて、三人の前ににある幅の広い階段が、一階の受付に向かって伸びている。

 ラウンジには多くの人の姿が見えた。ホテルの従業員やスーツ姿の会社員らしき者など、格好は様々だ。だが他の場所のように、争って倒れた者は数人程だ。残った者は皆静かで、王を前にした兵隊のように、直立不動の姿勢をとっていた。


 そして彼らが守護するように先に、ミカヅチ達が探している男女がいた。

 赤い髪を伸ばし、全身から樹木の触手を伸ばすアイオーナ。白いコートの裾から、黒い粘液を垂らし従えるラクタリオン。長身に巨大な剣を持ったキリク。

 そして黄金の仮面を輝かせたラージャルがいた。以前に会った時と同じく、鎧のような折り目の入った見事なスーツを身にまとっている。そしてその脇に、気を失った那々美を右腕一本で抱えていた。


「那々美!」

 ミカヅチの叫びに、ラージャルが気付いて顔を向けた。


「おやおや、巨神(タイタン)の子に巨神(タイタン)の娘、それに魔術師もそろってご登場とは。よくよく縁があるようだ」

「うるさい! そんな事はどうでもいい、この状況はお前達のせいか!」


 ミカヅチは双棍を引き抜いて身構えた。自分でも怒りに荒れているのが分かった。ラージャルはそんなミカヅチの気風も意に介さず、軽く肩をすくめた。


「この状況だと? 悪いが、まだ始まってもおらん。真にやりたいことはこれからだ」


 ラージャルは那々美を抱き寄せると、空いた左手で那々美の滑らかな顎に手を当てる。那々美は気絶しているのか、目を閉じたまま何も反応を示さない。

 そして二人の額が仮面越しに触れ合うように、互いの顔を動かした。


「始まりだ」

 声と同時に、那々美の瞳が限界まで開かれ、青白い光を放った。さらに光は全身を包み、立ち上り始める。光は勢いを増し、滝のように巨大な流れとなって放たれていく。それは二人の頭上で無数の光となって弾け、行き場を求める魚のように周囲に飛び散っていった。


 光は周囲でたたずんでいた人々に、我先にと入っていった。光が人々に入っていく様は、那々美が普段行っている降霊にも似ている。しかしこの規模と勢いは全くの別物だ。酷く強烈で、暴力的ですらあった。現に光が入り込んだ人々は、苦しみ悶え始めた。


「がああっ!」


 受付嬢が痛みに耐えるように、頭を抑えて叫ぶ。その両の手首から、甲殻類のはさみに似たものが生えてくるのを、ミカヅチはその目で捉えた。


「ひいぃっ!」


 スーツ姿の中年男性が若返っていく。薄くなった頭頂部から黒々とした髪の毛と共に、昆虫の触覚のようなものが生えてくる。

 腹から蛸のような触手が伸びてくる少女、下半身が馬に変わった者もいる。光を体に取り込んだ者は、みな異形の獣人へと姿を変えていく。そして皆一様に、あの白い仮面が浮かび上がり、顔の一部と化していく。


「何が起きてんの、これ……」


 クロウがうめくように呟いた。ミカヅチも同感だった。ティターニアですら絶句していた。

 変化はロビーにいた者だけではなかった。廊下に倒れていた男達も苦しみだし、肉体が変異していく。恐らくこのホテル内にいる、暴徒と化した者達のほとんど全てに、同じ現象が起きている。

 目の前で人々が変貌していく狂気じみた光景に、ラージャルのみが興奮を隠そうとしなかった。


「すばらしい。予想以上だ。余と巫女の力が合わさることでこれ程多くの者を一度に転生させられるとは。この地に我らの王国を築く日も近い」


 ラージャルの言葉に、ミカヅチは我に返った。


「一体、何をしたんだ!」

「見ての通りよ。余の軍勢を冥府より呼び起こし、現世の民に転生させたのだ」


「転生……。これが、こんな、人間を怪物にするようなものがか」

「より優れた魂と肉体が引き合うことで、より優れた力が発現する。それこそが余の望み。魂の適者生存を、余とこの巫女の手によって実現させるのだ」

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