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25.異変

外に出ると、大は一輝と別れ、那々美を探しに向かった。恐らく彼女は近くの部屋を仕度部屋に使っているはずだ。そう踏んで周囲を歩き回ってみるが、ホテルの中はかなりの混雑だった。降霊会以外にも別のパーティや色々な式を行っている部屋も多いらしい。人の声や気配があちこちから廊下まで届いてきていた。


 あまり失礼にならないように、大は廊下から部屋の気配を確認しながら立ち去る。なかなか那々美の姿は見つからなかった。もしかしたら既に準備が終わって、元の大部屋での出番待ちの状況なのかもしれない。

 そう思い始めた時だった。前方にある階段の出入り口から、誰かいないかと探るように少女が顔をつき出した。


「あれ? 国津さんじゃないですか」


 大の姿を見て、少女は声をかけた。デニムのジーンズに真っ白なTシャツ、分厚い眼鏡に三つ編みのなんとも地味な姿をしている。

 大の名前を呼んだ後、彼女は目をぱちぱちとさせながら大を見つめていた。


(こんな子と知り合いだったかな)

 頭の中から、目の前の子に対応する名前を引っ張り出そうとして、大はふと気付いた。


「もしかして……那々美?」

「あは、分かっちゃいました?」


 半信半疑の質問に即答されて、大は目を白黒させた。

 確かに顔のつくりや背丈は那々美と同じだが、まるで別人だ。先日那々美に会いに行った時、化粧をする前の顔を見ていなければ、大も気付けなかっただろう。


「普段は眼鏡なんだ」

「これ? 伊達眼鏡です。降霊会に来る人と、普段着で会ったら困りますからね。変装ですよ」


 いたずらっぽく笑う那々美に、大も笑い返した。確かにこの外見と言動なら、巫女の日高那々美と同一人物と気付く者はいない。


(本当に同い年なんだ)


 そう思うと、妙に親近感がわいてくる大だった。


「この間はありがとう。君のおかげで事件の解決に繋がりそうなんだ。そのお礼を言おうと思って探してて」

「タイミングが良かったですね。これから着替えないといけなかったですから」

「普通もっと早く来るもんじゃないの?」

「そうなんですけど、今日はちょっと遅れちゃって。急いで準備しないと」


 那々美は照れ笑いをしながら、頭に軽く手を当てる。


「こんなところにいたのか!」


 突然の甲高い声が、二人の間の空気を吹き飛ばした。大は振り向いた。先ほど大が通ってきた廊下の先から、万丈が小走りに近づいてきていた。眉間に皺を寄せて、鬼のような形相を作っている。

 万丈は大を無視して那々美に駆け寄った。噛みつくような勢いで那々美に食って掛かる。


「今日がどういう日か忘れてんのか? みんなお前が来るのを待ってんだぞ! 馬鹿野郎!」

「ごめんなさい、つい話し込んじゃって」

「ついじゃねえよ! お前が仕事しないとどれだけ損が出るか分かってんのか? それをこんなどこのだれか知らんがこんな……」


 やっと万丈も大に気付いたようだった。大をまるで犯罪者でも見るような目でにらみつけ、「ああ!」と大声を出してのけぞる。


「お前! この間の! 那々美を気絶させた奴! なんでお前がここに来てるんだ!」

「なんでって言われても、参加を希望したら受け付けてくれたので」

「ふざけるなよお前!」


 罵声を浴びせながら、万丈は大に向けて蹴りを放った。素人丸出しの雑なヤクザキックを横に動いてかわす。万丈はバランスを崩してこけそうになり、必死にこらえた。

 喧嘩どころか、普段体も動かしてないようなみっともない動きだ。恥ずかしくなったのか、万丈は更に声を高く大きくして大を威嚇する。


「なんて奴だ! 那々美のストーカーだな? 訴えてやる! こっちはいくらでも証拠が揃ってるんだ! お前がどんな奴か社会に暴露してやる! 覚悟しろよ!」

「ちょっと、無茶苦茶言わないでくださいよ」

「びびったのか? 今更遅いぞ! とりあえず謝れよ! 土下座して謝れ!」


 万丈の勢いに大は弱り顔を作った。どう反応すべきか悩んでいると、隣で那々美が助け船を出す。


「ちょっと万丈さん、それは言いすぎですよ」

「お前は黙ってろ! こいつが何をしたのか忘れたのか!」


 まくしたてる万丈に、大は顔をしかめた。完全にこちらを敵視しているらしく、話も通じそうにない。


(仕方ないや)


 大はとりあえず撤退を決めた。こうなると降霊会にも参加はできないだろう。とりあえず那々美と話はできたし、あとは綾達に任せる事になるだろう。


「分かった、わかりましたよ。もう帰ります。降霊会にも出ません。それでいいでしょ」


 大は那々美に軽く会釈して、回れ右をして元来た道を歩き出した。


「国津さん、ごめんなさい。また来て下さいね」


 声をかけられて後ろを向くと、那々美が苦笑いをしながら手を振っていた。大も軽く手を挙げて、笑顔を返す。

 あんな男と組んで仕事をしていれば色々大変だろうな。そんな事が頭に浮かんだ。とはいえ、那々美は今のところ自分の仕事に文句はないらしいのは分かった。何かあれば手を貸そう、恩返しはいつだってできる。

 そう思いつつ帰ろうとした時だった。


「おい、何なんだその笑顔は」

「きゃ!」


 那々美の悲鳴に振り替える。万丈が鼻息を荒くしながら、那々美の右手首と首筋に手をかけていた。


「お、俺の前じゃあんな顔見せないくせに。俺が何度相手してやるって言ってものらなかった癖に、あのストーカー野郎には笑顔を見せるのかよ……!」

「ちょっと、万丈さん、どうしたんですか。痛いから離して、離してください……」


 那々美の拒絶を無視して、万丈は口角に泡を立てながら呪詛のように怒り、恨みの言葉を履いていく。その姿は単なる怒りとは違う、狂気の陰が見え隠れしていた。


「どいつもそうだ。俺を馬鹿にしやがって。なんで俺を認めないんだ。俺は天才なんだ。なんだってできる。クズ共がいつも足を引っ張るからうまくいかなかっただけだ。やっとうまくいくと思った時に、またお前がクズに……!」


 どう見ても危険だった。止めようと大は近寄り、万丈に手を伸ばす。


「ちょっと落ち着いて、その手を離したほうが」

「うるさいんだよ!」


 弾かれたように振り回された万丈の左腕を、大はスウェーでかわした。

 スポーツや格闘技の経験は一切見えないが、常人とは思えない異常な速さだった。

 万丈は両腕を無茶苦茶に振り回して殴りかかった。筋肉のリミッターが外れているのだろうか。腕がちぎれとびそうな速度だ。

 

 とはいえ、大からすればかわすのは難しくなかった。技術と若さの差だ。右、左と体を揺らしてかわしつつ、どう無力化するか考える。

 万丈が大きく右拳を振りかぶるのを見て、大はやり方を決めた。見え見えの右フックを体を沈めてかわしながらタックルに入ると、あっさりと胴を掴む。万丈の左足に右足をからめて体勢を崩す。


「よっ、と」


 体を回しながら万丈を床に転倒させると、後は早かった。大は万丈をうつ伏せにさせて、両腕を掴んで後ろで組んで拘束する。馬乗りになって体重をかけて動きを封じる。

「ちっ、畜生! この野郎! ふざけやがって!」

 万丈はそのまま、泣き声なのか怒声なのか判別しにくい奇声をあげながらもがいた。


「くそ、動くなって。那々美、何か縛るものとかない? この際ベルトとかでもいいから。この人の手首を縛るんだ」

「え? あ、はい!」


 あっけに取られていた那々美が我に返り、肩にかけていた鞄のバンドを外した。それで万丈の両手首をぐるぐる巻きにして縛る。大は後ろを向いて、ついでに万丈の両足を組んで固定した。そのまま万丈が履いていた革靴の紐を両方ともほどき、縛って結び合わせる。とりあえずこれで、暴れまわる事もそうそうできなくなる。

 万丈は変わらず奇声をあげていたが、やがて疲れ果てたのか動くのをやめた。次第に声も小さくなり、ぐちぐちとつぶやくだけになる。


「どうなってるんだ、一体……」

 大は嘆息した。訳が分からない突然の暴行だ。万丈が自分を嫌っているのは分かっているが、那々美まで傷つけようとするのは謎だ。


「万丈さん、普段はここまでおかしくないんですよ。いつもセクハラじみた事はやってきますけど、ここまで凶暴な事は全然……」

 突然の事に那々美も困惑気味の表情を見せていた。正気を失って暴れる様は、まるでパニック映画のゾンビか何かのようだった。


 大達の不安をあおるように、至る所から叫び声が上がった。怒声や悲鳴が入り混じり、ホテルの廊下内を反響する。

 大は身構え、周囲の確認を開始した。近くには人はいない。だが、何かがこのホテル内で起こっている気配がする。

  大は那々美に向き直った。


「那々美、どこか隠れられる所はある?」

「え? えと、着替えに使うつもりだった部屋とかありますけど」

「じゃあそこで、鍵をかけて隠れててくれ。俺は何が起きてるのか見てくるから」


 那々美は反論しようとして、怒声と壁に何か硬いものが叩きつけられる音にすくみ、息を呑んだ。何か異常な事態が起きている事に、那々美も気付いたようだ。今の超人社会において、大事件、大事故はたやすく発生する。


「……分かりました。でも国津さん、本当に大丈夫なんですか?」

「一応君より喧嘩に役に立つ力は持ってるつもりだよ」

「気を付けてくださいね?」

「大丈夫。危険に遭うのは慣れてるから」


 我ながら酷い話だ、と苦笑しながら、大は綾達のいるはずの部屋に向かって駆けだした。

 果たして綾達は、この声の群れに巻き込まれていないだろうか?


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