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21.幕引き

 ラージャルが放たれた矢の如く走った。距離を一瞬で詰め、真正面からの右突きを放つ。ミカヅチはガードを固めて防ぐ。ダメージがまだ抜けきらず、かわしきる自信がないからだ。

 衝撃が手甲の上からでも骨に響いた。更にテンプル目掛けて放たれた左の拳を腕を上げて防ぐ。意識が上に行ったところで、右のローが太腿を叩いた。

 足がちぎれたかと思う衝撃に顔が歪む。痛みに動きが止まりそうになるが、ラージャルの次の動きが見えた。恐怖で体と脳を叱咤し、ミカヅチは体を無理矢理動かした。体をのけぞった次の瞬間、顎先を拳がかすめた。

 そのまま片足で後方に跳んで距離を取る。ラージャルはすぐに詰めてきた。


 ミカヅチは何とか離れようと、右に走った。軍神と契約したとうそぶくだけあって、ラージャルは強い。このまま殴り合いを続けてもおそらくジリ貧だ。


(だったら!)


 ラージャルはすぐに軌道を修正し、ミカヅチを追いかけて走り出す。ダメージを負ったミカヅチの体ではラージャルを振り切れず、すぐに距離が縮まった。


「いィやッ!」

 スーツのカフスが流星のようにきらめく。ラージャルの右拳は常人に見切れない速さで、ミカヅチの後頭部に突き刺さった。


「!?」


 初めてラージャルの目が驚きに見開かれた。ミカヅチの頭は拳で砕かれて吹き飛ぶ。しかしそこから出てくるのは真っ赤な血しぶきではなく、輝く光の粒だった。

 それは桜吹雪のように、勢いよくあたりに飛び散っていく。想像していなかった光景に、ラージャルですら一瞬動きが止まった。

 幻影だとラージャルが気付くより早く、ミカヅチは走る前の位置から一気に跳ぶようにして近寄った。


「せい!」


 ミカヅチのほとんど体当たりのような右ストレートが、初めてラージャルの体に突き刺さった。

「ぬ!」


 ラージャルはミカヅチの拳を肩で受ける。しかし勢いを殺しきれず、たたらを踏んで後退した。予期せぬ一撃を受けて、ラージャルの両目に殺気の炎が燃え上がった。

 そのままミカヅチは意識を集中し、一気に力を解放する。幻で作った五人のミカヅチが、同時に別方向から走り出した。


「チッ!」

 苛立つようにラージャルが舌打ちした。


 真っ先に近づいたミカヅチが右フックを放った。ラージャルは交わしざまに右の貫手を喉に突き刺す。しかしそれも幻影だった。

 光の粒となって消えたミカヅチの背後から、別のミカヅチが棍で突く。だがラージャルは体を捻ってかわし、左手で棍を掴む。そのままミカヅチを投げ飛ばすと、頭を踵で踏みつぶした。

 血しぶきの代わりにまたしても光の粒が飛び散って消えた。


「ぬう!」


 唸るラージャルが右から来るミカヅチに気付き、体を向ける。だが今回はミカヅチの方が早かった。


「せいやァッ!」


 ミカヅチの全身を巡る巨神(タイタン)の力が、拳を通して一気に放たれた。閃光と共に轟音が周囲に放たれ、ラージャルの体が後方に吹き飛んだ。


 やった、と声に出しそうになったところで、ラージャルの体が制御を取り戻す。勢いを失って地面に激突する前に、ラージャルが右手で地面を叩いた。軽い動きにしか見えなかったのに、体が三メートル近く上昇する。

 新体操選手のように宙を舞い、ラージャルは両足で難なく着地した。


「陛下!」

 ミカヅチと向かい合うラージャルに、アイオーナが駆け寄った。既に顔の傷は癒えている。

 ラージャルといえども巨神(タイタン)の一撃を受ければただでは済まない。ならば何故ラージャルが傷を負っていないのか、理由はミカヅチには分かっていた。

 ミカヅチが巨神(タイタン)の一撃を放つ直前に、アイオーナが枝の塊を伸ばしたのだ。それがラージャルとミカヅチの間に入り、ラージャルへの直撃を防いだ。それはラージャルも気付いていたらしく、憮然とした声を返した。


「アイオーナ。お前に助けられたな」

「申し訳ありません。出過ぎた真似を」

「よい。謝るのはこちらの方だ。それよりも」


 ラージャルはミカヅチへと顔を向けた。その目にはしてやられかけた事への敵意と、それにも勝る好奇心の輝きがあった。


巨神(タイタン)の子よ。今のは何だ。余に幻を見せたのか。お前は何故そんな事ができる」

「さあね。それと俺の名前はミカヅチだ。ドマから聞いてないのかよ」

「教える気はないか。それも良かろう。お前を手に入れてからじっくりと調べさせてもらう」


 ラージャルが再度構えると、スーツがゆらめき、形を失っていく。ゼリーのように溶けたと思った次の瞬間、ラージャルは戦う準備を完了していた。

 首から下は黒いぴったりとした衣に包まれ、その上から暗赤色のジャケットと手甲と足甲に包まれている。ミカヅチやティターニアの戦装束と似た衣装だった。いわば軍神の加護を得た戦装束と言ったところか。

 ついにラージャルが遊びをやめ、敵の実力を認めたという事だ。ここまでくると、ミカヅチも彼が本物のラージャルだと信じざるを得なくなってきていた。


(やばいな)


 ミカヅチは大きく息を吐いた。頭が重かった。幻影を出すのは精神力を酷く消耗する為だ。

 日常ではともかく、戦闘中となるとその疲労は通常の比ではない。複数の幻影を同時に、精密に動かすとなればなおさらだ。短期決戦で一番厄介な相手を倒そうとしたのに、横槍のせいで当てが外れてしまった。

 既に疲労はかなり溜まってきている。気合をいれておかないと、今にも立ったまま眠ってしまいそうだった。それなのに向こうはこれから本気を出そうとしている状況だ。果たして勝てるだろうか。


(やるしかない)


 弱気の虫を何とかはねつける。その時、ミカヅチは巨大な気配に気が付いた。

 ラージャルが動こうとしたまさにその瞬間、その気配から何かが放たれた。


「!?」


 銀の流星が空を切り裂いて飛んだ。ラージャルの手が高速で反応し、直撃する寸前でそれを掴む。肩口を狙って飛んできたものの正体は、刃から柄まで白銀に輝く斧だった。

 偉大なる巨神(タイタン)の加護を得た武具だ。これを使う者はこの日本で、ミカヅチの他には一人しかいない。


「そこまでよ」

 ミカヅチの隣に、青い影が舞い降りた。

「ティターニア!」


 ミカヅチは思わず歓喜と驚きがないまぜになった声を上げていた。

 まさに絶妙のタイミングだ。確かに、綾には事前にこの場所は伝えていた。が、まさかこんな見計らったようなタイミングで現れてくれるとは思わなかった。


「大丈夫? ミカヅチ」

「もちろん。正直やばかったけどね。まさか本物のラージャルが来てるなんて思わなかったからさ」

「ラージャル? 本物? まさか、あれが?」


 ティターニアが驚愕の声を上げた。思わずと言った感じでミカヅチに顔を向ける。それは少し前にミカヅチが見せた表情と同じだった。

 そのラージャルは黄金の仮面越しに、手にした白銀の斧とティターニアを交互に見つめていた。

 ティターニアは先ほどアイオーナが工場の壁に開けた穴から中に入り、そこからラージャルに向かって斧を投げつけたのだ。不安定な位置でありながら、放たれた一撃は正確かつ高速。彼に突然の闖入者の実力を見せつけるには十分だった。


 ふっ、とラージャルが軽く息を吐いて笑った。


「なるほど、貴様がその者らの師匠か。この国には十数年前、巨神(タイタン)の娘が仲間と共に数多の危機に立ち向かったという逸話があるそうだが、それは真実だったらしい。お前がそうだと言うならそれもうなずける」

「私がかつて何をやったか、それは今は関係のない事。今重要なのは、あなたがタイタナスの重要な歴史の遺産を奪い、人々に危害を加えている事。ただそれだけよ。大人しく降伏なさい」

「そうだよ、二人だけじゃなくてこっちにもいるんだから!」


 黒衣を翻して、レディ・クロウもミカヅチの左隣に着地する。ミカヅチがラージャルと戦っていた間に、何とか仮面の男達を皆倒したらしく、昏倒した男達が松明の火で長い影を作っているのが見えた。一輝はというと、近くにあった車の陰に隠れている。この状況では仕方ない。


 三対三、超人達と魔人達が列を組んで向かい合った。


 アイオーナは全身から枝の触手を生やしながら、牙をむいて威嚇する。

「陛下。あの巨神(タイタン)の娘は私にお任せを。ああいった美しい女がどうすれば泣き喚くか、方法は心得ております」


キリクはというと依然無感情のまま、三人を眺めていた。あの巨大な剣を子供の玩具のように軽々と振り回し、肩に担ぐ。


 空気が加速度的に張り詰めていく。あふれる殺気が二組の中間でまじりあい、巨大な塊となっていくようにすら感じられた。


「なるほど……よかろう。ここまでだ」

 一触即発の気配の中で、ラージャルはするりと構えを解き、斧を手前に放り投げた。

 思わずミカヅチが心中で唸る程の、絶妙のタイミングだった。もっと派手に動けばそれに応じて攻撃をしかけていただろうし、遅ければ隙を見せるだけになっただろう。


「終わりだ。退くぞ、アイオーナ、キリク」

「陛下!?」


 アイオーナが驚いて弾かれたようにラージャルの顔を見た。キリクも構えを解きながら、主君の答えを待つように顔を向けた。


「少々遊び過ぎた。巨神(タイタン)の子と魔術師だけならともかく、巨神(タイタン)の娘まで出て来ては騒ぎが大きくなりすぎる。既に応援も呼んでいる事だろうしな。これ以上続けても損をするだけだ」

「申し訳ありませぬ。私が巨神(タイタン)の子をすぐに殺しておけばこんな事には」

「よい。それに面白いものにも出会えた。今代の巨神(タイタン)の子、侮り難し」


 歯噛みして謝罪するアイオーナに応えながら、ラージャルは右手を掲げる。それに呼応するように、松明の火が膨れ上がって蛇のように伸びた。

 炎蛇はミカヅチ達との間で宙を駆け巡りながらどんどん膨れ上がっていく。

 全身をあぶる熱気に思わず腕で顔を防ぐミカヅチ達に、ラージャルの声が高らかに響いた。


「お前が欲しくなったぞ、巨神(タイタン)の子! 近いうちにまた会おう!」

 瞬間、炎が巨大な壁となってミカヅチ達の前に広がる。

「うわ!」


 焼き殺されるかと思った次の瞬間に、炎は無数の火の粉となって弾けて飛び散った。視界をまばゆい光でふさがれ、敵の姿を見失う。

 数瞬後、熱と共に光も火も消えた。後には車のライトと工場の穴から漏れる月明かりだけが残る。

 そしてその時には、ラージャル達の姿はどこにもなかった。


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