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20.魂の弱肉強食

「Beware my order!」


 背後でクロウの呪文が響いた。ちらりと目をやると、クロウの周囲から巨大な石柱が地面から生え、敵を数人まとめて吹き飛ばしていた。

 先ほどミカヅチが倒した仮面の男達と彼らが同程度の実力だとすれば、クロウなら一人でもなんとか倒しきれるだろう。しかし一輝をフォローしながらになるため、てこずっているようだった。一輝もだいぶ喧嘩慣れもしているらしく、空手で応戦している。しかし男達に対しては防戦一方、クロウの手助けを受けてなんとか戦っている状況だ。


 どうやら互いに互いを助けにいく余裕はなさそうだった。通報もできていないこの状況、警察や『アイ』のヒーロー達が待ってましたとばかりに助けに来てくれるとは思えない。とりあえず目の前のアイオーナだけでも、何とか一人でやらなければならなかった。


「どこを見ている!」

 アイオーナの怒声に、ミカヅチは意識を集中させた。枝の群れを斧で砕きながら、バックステップで距離を取る。アイオーナは戦法を変え、両肩から枝を大きく伸ばし広げていた。敵がどこから近づいても射程内に入れば枝が群れで敵を襲う、相手を近づけないようにするのを主にした攻撃だ。先ほどのように隙を見つけて近づくのは難しい。


(なら別の手だ)

 頭上から巨大な鎌のように降ってくる枝をかわしながら後退する。先ほどアイオーナが車を吹き飛ばしてできた穴を通って車の円の外に出て、ミカヅチは一気に横に走った。


「ぬ!?」

 車の陰を走り、アイオーナの目から隠れる。ミカヅチがどこにいるか見失い、アイオーナの迷いが枝の動きに現れた。

 それを見て、ミカヅチは近くの四駆に両手をかけて、一気に押し出した。

「ふっ……!」

 巨神(タイタン)の加護による剛力は、二トン近くある四駆車を一気に加速させる。高速で迫る鉄の塊に、アイオーナも枝を集めて衝突に備える。


「ジッ!」


 鉄とガラスが砕ける音がした。枝の群れは容易く車を破壊して、動きと勢いを完全に止めた。この程度、とアイオーナの口元に笑みが浮かぶ。

 その時にはミカヅチは既に車から離れ、左からアイオーナの懐まで接近していた。

 アイオーナが気付いたのと、ミカヅチが裂帛の気合を吐くのは同時だった。


「せいっ!」

 髪が枝の網を構築するより早く、左手の棍による突きがアイオーナの顔面に打ち込まれた。確かな手応えが手に伝わる。

「ギャッ!」

 アイオーナは奇妙な悲鳴を上げてよろめくが、何とか枝を伸ばして迎撃しようとする。それよりも早く、ミカヅチは浴びせ蹴りを再度顔面に叩き込んだ。


「ぎ! ギャ! ぎいぃ!」


 直撃を受けたアイオーナは地面を数度転がった。枝を出す事もできずに必死に仮面を抑える両手の隙間から、青白い光がこぼれ出た。

「きっ、貴様っ、ぎぎ……!」

 奇声を上げてのたうつアイオーナに対し、ミカヅチは油断せずに構えた。

 アイオーナが得意とするのは無数の枝を使っての波状攻撃であり、どちらかというと一対多を得意とする。それは逆に、いきなり状況を変化させるとそれに瞬時に対応するのが苦手なのだ。一度見抜けば、倒すのはドマよりもはるかにたやすい。


 割れた仮面から出ていく青白い光は強くなっていく。幸太郎の時と同じく、彼らの力の源はあの仮面なのだ。アイオーナもこのまま消えるのかと考えた時に、悶えるアイオーナに影が近づいた。


「余裕を見せすぎたな、アイオーナ」


 アイオーナのそばまで近寄ったラージャルは、アイオーナに向けて手をかざした。それに呼応して、アイオーナの仮面から漏れていた青白い光が勢いを失い、次第に消えていく。

 アイオーナの苦悶の声が収まり、手を離した時には、アイオーナの仮面に入った亀裂はうっすらとした線程度にまで収まっていた。


「下がれ、アイオーナ。まだお前を失うわけにはいかん」

「陛下……」


 跪き礼をするアイオーナに軽くうなずいて、ラージャルはミカヅチを見た。


「余が相手をしよう、巨神(タイタン)の子」


 仮面の奥から覗く瞳は楽し気に細められていた。ラージャルは手首をほぐしながら、まるで散歩でもするように近づいてくる。だがミカヅチはどう対応すればいいのか、思いつかずにいた。

 相手は隙だらけであり、攻撃手段は無数にある。だがどんな攻めをしたとしても、逆にこちらがやられる気がした。こんな気持ちになる相手は、ミカヅチはティターニア以外知らなかった。

 攻めあぐねる間にもラージャルは近づいてくる。あと一歩で間合いに入る、その直前、ミカヅチは思い切って自分から間合いを縮めた。


 そのまま右手に握った棍で、ラージャルの鼻目掛けて突きを放つ。体の連動が完璧に決まった一撃を、ラージャルはあっさりと体を半身にしてかわした。

 そこからカウンターで放たれた右拳を、ミカヅチは左腕を上げて何とか防ぐ。体勢を戻そうとする隙に、ラージャルの拳が三度放たれた。一度目の左は左腕で弾き、右フックを頭を下げてかわし、左のアッパーを両手を交差して防ぐ。

 ガードの上からでも衝撃が体を揺さぶり、ミカヅチの体が吹き飛んだ。


「がっ!」

 背後にあった四駆に背がぶつかって板金が凹み、窓ガラスにひびが入る。拳から放たれたと思えないその衝撃に内蔵が激痛で訴える。そのまま間合いをつめてくるラージャルの瞳が、戦いの喜悦に歪んでいるのが見えた。

 このままだとやられる。なんとか反撃に出ようと、ミカヅチは車のフードから降りて前に出た。


「シッ!」


 左の棍を打ちおろす。常人には銀光が空を切り裂いたように見えるだろう。しかしその高速の一撃は次の瞬間受け止められていた。

「!」

 ラージャルが伸ばした左手は、棍が下ろされるよりも早く、ミカヅチの左手首をつかんでいた。

 ふりほどこうと意識がそちらに向いた瞬間、ラージャルの右拳がミカヅチの頬を撃ち抜いた。


「ぐっ!」

 一瞬意識が消え、地面に転がった衝撃と痛みで気が付いた。地面に横たわり、頬が地面の砂利と触れ合っている自分の状況に、脳が危険信号を放つ。

(まずい!)


 ミカヅチは立ち上がろうと手をついたが、足がもつれた。今やられたら終わりだ、そう自分に言い聞かせながら顔を上げる。しかし予想していた追撃はなかった。ラージャルはファイティングポーズも取らず、先ほどミカヅチを殴った右手を顔に近づけて眺めていた。


 余裕を見せているのか。悔しいが、その余裕も当然かもしれないと思った。昨日戦ったドマよりも洗練された動きと、生身の人間から放たれるとは思えないパワー。その力は巨神(タイタン)の加護にも勝るとも劣らない。


「……?」


 ラージャルが何故攻めてこなかったのか、ミカヅチはやっと気が付いた。ラージャルが見ている右手の指はどれも骨が折れたり、関節が逆方向に曲がっていたりして、完全に破壊されていた。

 先ほどのミカヅチを殴った一撃に耐えきれず、自身の手を破壊していたのだった。


「やはり、この体ではもたんか。仮面によって肉体がだいぶ馴染むようになったとはいえ、余の力を完全に使うにはもっと波長のあった人間でなくてはならん」


 ラージャル左手で右手の人差し指を握りしめた。耳をふさぎたくなるような音が、手を動かすたびにこちらまで聞こえてくる。しかしラージャルは何も感じていないように無表情のままだった。まるでシャツの襟やネクタイの曲がりを直すような気楽さで、折れた指を真っすぐに伸ばし、逆に曲がった関節を元に戻していく。

 ミカヅチが立ち上がり、構えをとるまで数秒程の間に、ラージャルの指は全て元通りになっていた。

 ラージャルはミカヅチに向き直った。友人に話しかけるような気楽さで声をかける。


「中々いい動きをするな、巨神(タイタン)の子よ。お前のような若者がここまで戦えるとは思わなかった」

「あんまり嬉しくないね。『俺よりは劣るが褒めてやる』って言いたそうに聞こえるよ」

「くく、確かに。貴様が加護を受ける偉大なる巨神(タイタン)の力は認めるが、余の契約した軍神アルザルの力には遠く及ばん」


 ラージャルは喉奥で愉快そうに笑った。ミカヅチを放ったまま指を治療した事といい、今の言葉といい、ラージャルの言動には余裕と傲慢さがある。例え今ここでミカヅチが何をしても、何ほどの被害を受けると思っていないのだ。

 苛立ちまぎれに、大は疑問を口にした。


「お前達の目的は何だ。その仮面を盗んだり、人をこんなところで戦わせたり。一体何がしたいんだ」

「余はただ、優れた体には優れた魂が宿るべきだと考えているだけだ」


 何のためらいもなく、ラージャルは答えた。


「余は一度死に、肉体は土に還り、魂は冥府の底へと落ちた。しかし何の因果か、今の時代に魂が引き寄せられた。余は再度蘇り、この者の体を使い転生したのだ」


「転生? 人の体を無理矢理奪ったんじゃないか」

「争いは生命の基本原理だ。そして余は魂を争わせる術を身に着けた。肉の体を使うに値する魂は冥府の底に星の数程ある。弱者は淘汰されるのが是ならば、愚劣で弱い魂こそ淘汰されるべきなのだ。余は必ず、魂の弱肉強食を実現させてみせる」


「誇大妄想が過ぎるんじゃないの。死人は生き返らない。あんたが本当にラージャルだなんて俺には思えない。俺から言わせれば、あんたは自分をラージャルだと思い込んでる異常者と大して変わらないね」

「果たしてお前の思っている通りか、試してみるか?」


 ラージャルは構えた。左足を前に出して半身になり、左手を上に、右手を下に突き出して構える。その姿は幾度も死線を潜り抜けてきた強者の貫禄があった。


「お前の体もいただくぞ、巨神(タイタン)の子。巨神(タイタン)の加護を受けたその体、今の余の体よりも魂が馴染む事だろう!」

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