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02.巨神の子と娘

「ってまさか……うっわ、パイロマンサーズじゃん」


 男達を凝視して、レディ・クロウが心底嫌そうな声を上げた。フードの下から見える顔にもどこか嫌悪感がにじんでいるのが感じられる。

 こちらは特に会った記憶がないので、ミカヅチは尋ねた。


「知り合い?」

「昔ボクが捕まえた三流魔法使いのチームだよ。前は不良チームのリーダー格だったんだけど、今じゃ集団で女の子イジメるが趣味なの? みっともない」

「う、うるせえ!」


 恥をかき消そうとするように、アキラが叫んだ。両手を叩き合わせるといかなる技術か、掌から炎が生まれそのまま全身に広がっていく。次の瞬間、ジャケットは赤と金のけばけばしい装飾に包まれたローブへと姿を変えた。


「てめえのせいで、俺達がどんなひどい目にあったか! いい機会だ、そこのデカいのとまとめてぶちのめしてやるよ!」


 アキラが両手を突き出すと、一瞬で掌の間に火が膨れ上がる。高速で放たれたサッカーボールほどの大きさの火球を、ミカヅチとクロウは左右に分かれてかわした。壁にぶつかった火球が花火のようにはじけて散っていく。


 右側に跳んだミカヅチの前方で、タクがさらなる変異を見せていた。呪文を唱えながら全身の筋肉が二回りも膨れ上がり、身長も肩幅も、骨格から変わっていく。二メートルを遥かに超える巨体になって、手足は女のウエスト程も太くなる。質量保存の法則を完全に無視して、その体はどんどん強く、逞しくなっていく。


 熊だ。狼から熊へ、戦闘の為の変異を完了したタクはミカヅチに向かって、その凶悪な爪を振り下ろした。

 熊の身体能力は人間の比ではない。時に走行中の自動車との正面衝突にも耐える驚異的なタフネスと樹木すら引き裂く腕力と爪は、武器を持たない人間が勝てる相手ではない。

 だがミカヅチも、ただの人間ではない。超人だ。


 体重数百キロはありそうな巨体から繰り出された一撃を、ミカヅチは両腕を交差させて手甲で受け止める。熊となっても、タクが驚きの顔を作ったのは分かった。人間など容易く引き裂く鋭い爪も、ミカヅチの信奉する神の加護を受けた白銀の手甲には、かすり傷一つつける事はできなかった。


 ミカヅチはそのまま、熊の剛力をものともせずに押し返す。そこから一気に両腕を開くようにして爪を弾き、懐に飛び込んだ。

 勢いをつけてはなった右アッパーを腹に叩き込むと、熊の巨体が衝撃で浮き上がる。一メートルほど後方で着地し、人間らしい仕草で腹を抑えるタクに向かって、ミカヅチは跳ぶように距離を詰めて蹴りを放つ。


 がら空きの頭部に打ち込んだ左回し蹴りが完璧に決まり、タクは受身も取れずに音を立てて倒れた。


「うげっ、ぐげええ……!」


 熊は先ほどの変身と同じ速度で肉体を変化させ、元の人間の姿へと戻っていった。

 タクは時折苦しげにせき込みながら、ぐしゃぐしゃの泣き顔を作った。激痛に当分は動けない事だろう。


 あっさりとついた決着に拍子抜けしつつ、ミカヅチは溜息をついた。ロクな鍛錬も積んでない動きだった。クロウの言葉通り、自分達の力は女子供をいたぶる道具くらいにしか考えていない連中らしい。

 視界の端で閃光が走り、ミカヅチは左に顔を向けた。


 アキラは先ほどと同じく、生み出した火球を次々と放っていく。常人なら当たれば焼け死ぬような高熱の塊を、クロウは流れるような動きで右へ左へとかわしていた。

 加勢しようかと思ったが、クロウの表情を見てやめる事にした。その顔は余裕と自信に満ち、笑みを浮かべていた。


「チッ!」


 タクがやられた事に気付いたのだろう、アキラは焦り顔で、両手を左右に大きく広げた。それぞれの掌から火球が生み出されると、そのまま胸元でで二つを組み合わせる。

 火が炎の蛇となって絡みあっていき、ついには先ほどのものより二回りも大きくなった炎の塊を見て、アキラは勢いよく両手を前に突き出した。


「しゃあッ!」


 放たれた炎蛇が渦を描きながら、クロウめがけて放たれた。

 傍から見ているだけで火傷するのではないか、と感じる程の高熱の炎を、クロウは回避せずに両手を差し出して受け止めた。

 クロウを火達磨にするかと思われた炎は、あっさりと動きを止めた。炎蛇の前進速度はクロウが回す手首に合わせてその場での回転力へと変換され、独楽のように回りだすとそのままクロウの手の中で収束していく。


「な、ええ……?」


 アキラがあっけに取られたような声を出した。次の瞬間には、炎はあっけなく掻き消え、火の粉が一瞬飛び散り消えた。


「術式の構成が甘いよ。集中力も足りてないから魔力の痕跡も簡単に辿れるし、干渉も簡単。遊んでばっかりで修行が足りてないんじゃないのォ?」


 余裕綽々のクロウに、アキラの顔が悔しげに歪んだ。普段の言動は軽いが、クロウが一流の魔術師である事はミカヅチも知っている。しかし実際にその戦いを見ると、その実力にはいつも感心させられるばかりだ。

 アキラは目に見えて狼狽し、クロウから離れようとするように後ずさった。


「く、くそ……!せっかく守護霊をつけてもらったってのに……?」

「守護霊?」


 ミカヅチが尋ねようとする前に、アキラがやけ気味に両手を前に突き出す。

 アキラが次の呪文を放とうとするよりも早く、クロウが右手を突き出し、鋭い声が空を裂いた。


「Beware my order!」


 クロウの呪文に応え、周囲の大気が爆ぜる。アキラの八方から生まれた紫電が、違う事なくアキラへと真っすぐ飛んだ。直撃を受けたアキラは情けない叫び声を上げながら痙攣し、対抗する事もできずに床に倒れ伏した。


「はい、おしまい」


 軽く手を叩いてから腕を組み、クロウはアキラを見下ろしながら、苛立ちを隠さずに鼻を鳴らした。


「まったく、こういうのがいるから、ボクみたいな真っ当な魔術師が、白い目で見られる事になるんだよ。どうにかしてほしいよね」

「まあまあ。今回はちゃんと助けられたんだし、いいじゃないの。どうせこいつらはお終いだよ」

「むー」


 なだめられてとりあえず矛を収めるクロウを見て、ミカヅチは笑った。

 ミカヅチとクロウが男達に追われる真紀を見かけたのは、ほんの偶然だった。焦りながら逃げる彼女を追い詰める魔力の流れを、クロウが探知した事で、二人は真紀が入ったビルに先回りする事ができたのだ。


 真紀から状況を聞いて二人は真紀を保護し、ミカヅチは真紀の幻を作り上げて男達が来るのを待ち構えた。いい気になっている男達が、調子に乗って犯罪の証言をしてくれれば、警察に突き出す際の重要な証拠になると考えたからだ。結果として作戦は成功に終わった。これで真紀も、その友人も安心して眠れることだろう。


 ミカヅチはクロウと共に、タクとアキラをそれぞれが使っていたベルトで縛り上げた。今の時代、魔術や超能力の類を身に着けた、いわゆる超人の増加と社会への浸透に伴って、超人犯罪者の増加が社会問題となっている。


 ミカヅチもこういった事件には時々遭遇するが、何度見てもいい気分ではない。先ほどのクロウではないが、もしも将来、こういう連中のせいで、一般市民として生活している超人に対し、迫害にまでつながったらと想像すると、気分が暗くなる。文句の一つも言いたくなるものだ。


 拘束が完了して、ミカヅチは立ち上がった。あとは警察に来てもらい、彼達を連行してもらえばいい。


「あ」


 不意に、背後でクロウが間の抜けた声を出した。


「どうした?」


 尋ねながらミカヅチは、クロウの視線の先に目をやった。答えを聞く前に分かった。最初に昏倒させた男がいつの間にか、忽然と姿を消していた。


「あ」

「あ、じゃないよォ! 何やってんだよミカヅチ!」

「お前も言っただろ。意外と意識を取り戻すのが早かったな、くそ」


 外で物音がして、ミカヅチとクロウは窓に駆け寄った。逃げだした男が入口から慌てて飛び出し、一目散に暗闇の路地へと駆けて行くのが見えた。

 すぐに追いかけようとして、ミカヅチの第六感が全身を貫いた。自分と同種の力を持つ者が発する波動を感じ取る、ミカヅチの超感覚だ。これを感じる理由に気付き、ミカヅチは肩を落とした。


「やばい……!」

「大丈夫だって、あの程度ならボクらならすぐ捕まえられるでしょ?」

「いや、そうじゃなくて」


 明らかに意気消沈するミカヅチを、クロウは不思議そうに見つめながら尋ねた。


「ねえ、一体どうしたのさ」

 ミカヅチは理由を答えた。


「ティターニアが近くに来てるんだ」

「うえぇ……?」


 クロウがうめき声を発しつつ、ミカヅチに負けずに落ち込んだ。


─────


暗闇の中を、男は必死に走っていた。仲間を倒した連中も既に気付いている頃だろう。すぐにでも追い付いて、自分を捕えに来るはずだ。


(さっきとまるで逆じゃねえかよ、クソッ)


 心中で毒づく。まさかレディ・クロウと鉢合わせするとは思わなかった。あの女は大嫌いだ。自分達よりずっと腕が立つ癖に、正義ってやつの為に自分の力を使う事に疑問を抱きもしない。しかも新しいヒーローのお仲間付きときた。


 こんなはずではなかった。自分達三人が作ったサークルで主催する飲み会のイベントで、気に入った女を見つけ、持ち帰りして楽しむ。ただそれだけの、楽で簡単なゲームだった。例え問題が起きても、自分達の魔術なら大抵の事はなかった事にできる。これまでだって何度もやってきた。それがたった一度のミスで台無しだ。


「このまま捕まってたまるかよ!」


 思わず吐き捨てた。逃げ切ってやる。仲間の二人がどうなろうが、知った事か。あいつらだって、俺が捕まれば同じことをするさ。


 情けない決意を固めた時、男の前方に人影が現れた。暗くて詳細な姿はよく見えないが、長身の女が、男の前方に立ちふさがるように立っている。

 男の頭に、一気に血が上った。この状況で相手を慮る事など、できるはずもない。邪魔をするなら食ってやる、そう思った。


(俺の目の前に出てきた不幸を呪いやがれ)


 男は走りながら、小さく呪文を唱えた。それに合わせて肉体が変化していく。手足が伸び、背骨が曲がり、人狼の姿へと変わっていく。

 先ほどやられたタクも使った、肉体を変異させる魔術だ。


 その顔を爪で引き裂いてやる。その豊満な胸と尻に牙を突き刺してやる。肉体を変異させた副作用で、暴力的な興奮が男の体を駆け巡った。

 男の走行速度が上がった。狼が持つ俊敏さを得た肉体は、女との距離を一気に詰め、男は女に向かって飛び掛かった。


 刹那、男の目は女の姿を初めてはっきりと捉えた。女性的な美と、戦闘の為に鍛えられた力強さを、見事に両立させた肉体。それを強調する、首から下をぴったりと包んだ青い衣。その上からまとった、裾の長い軍服を思わせるかっちりとした戦装束。腰のベルトには銀の双棍を提げ、同じく白銀の手甲とブーツ。そして目元を覆う赤い仮面。


 時間にしてコンマ数秒にも満たない一瞬で、男は女が何者か気付いた。今の世で、最も喧嘩を売ってはいけない一人だった。


(ティターニア……!)


 男の脳裏に、彼女の名前がよぎる。

 彼女の名はティターニア。かつて日本に現れて世の為に戦った、最強のヒーローの一人。


 止められない勢いのまま迫る男に対して、ティターニアは美しい軌道で右足を蹴り上げた。

 天に向かって昇る白銀の龍を思わせる蹴りが、自分の顔面に叩き込まれようとするのを、男は絶望的な心持ちで、危機に直面した人間が発揮する集中力をフルに使い、ただ眺めていた。


─────


 ミカヅチとクロウが現場にたどり着いた時、既に決着はついていた。

 顔面にぞっとするような青あざをつけて気絶した男の首根っこを掴み、引きずりながら現れたティターニアの前で、二人は背筋を伸ばし、緊張に体を震わせながら出迎えた。


「なんでティターニアがここにいるのさァ……」


 勘弁してよ、とクロウが小声でつぶやいた。声には出さないが、ミカヅチも同じ気分だ。


「てぃ……ティターニア。何でここにいるの?」


 焦りでどもりながら、ミカヅチが尋ねる。男をゆっくりと地面に降ろし、ティターニアは腰に手を当てながら、いたずらっ子をたしなめるような、どこか呆れた目で二人を見た。その姿はミカヅチの戦装束と類似している。彼女の祖国、タイタナスに伝わる神話の神から、加護を得た者が身にまとう戦闘服だ。


 ミカヅチが子供のころから知っている姿だ。彼女に幾度も助けられ、教わり、鍛えられてきた。ミカヅチが慕い、憧れ、最も愛している人の、最も美しい姿だった。


「帰宅途中にミカヅチの気配を感じたから寄ってみたら、いきなり襲われたわ。一体何があったの?まさかこの人と一緒に、悪い事してたわけじゃないわよね?」

「も、もちろん! そんな事ないよ! こいつらに襲われてた女の子を助けてたんだよ!」


 答えはしたが、情けなさがいっぱいだった。捕まえるべき相手を逃がしそうになり、そこを助けられるとは、何とも恰好が悪い。

 ミカヅチ達の心中を察したか否か、ティターニアは苦笑しながら、軽く溜息をついた。


「それで、一体何があったのか、詳しく説明してくれる?」

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