22 決着と告白
青年の動きに気を配りながら、ミカヅチは荒い息を繰り返していた。
全身に疲労感があった。倶利伽羅の頭を砕いた時に、かなりのエネルギーを使ったのだ。
巨神の一撃と呼ばれる大技だ。かつてティターニアが、同じ技を使っているのを見た事があった。どうすれば同じことができるのか、巨神の加護はミカヅチの頭に的確に伝えてきていた。
一度にエネルギーを大量に使った事で、体は重い。だが、やるべき事をやりとげた心地よさがあった。
背後に、暖かい気配があった。
振り向くと、皆がいた。レディ・クロウ、グレイフェザー、そしてティターニア。皆優しい顔を見せていた。
「やるじゃん!」
クロウが言った。
「さすが、ボクのチームのサブリーダーだね」
「ああ。ありがとう。手伝ってくれて」
素直に感謝の言葉が口にできた。
この場にいる誰もが、倶利伽羅を止めようと思えばできた事だろう。だがミカヅチに、自分が巻き込まれた事件に、自分自身の手で決着をつけさせるため、フォローに回ってくれたのだ。
「気にしない気にしない。みんなヒーローだからね。手柄の取り合いなんて考えない事にしようよ」
クロウは恥ずかしさを隠すように、顔の前でひらひらと手を動かした。
微笑を浮かべたミカヅチの前に、青い影が立った。
「ティターニア……」
「お疲れ様。どう言えばいいかわからないけれど、これであなたもヒーローになったんだね」
「……そうだね」
まさかこんな日が来るとは、夢にも思わなかった。かつて子供の頃に空想していた事が、現実になったのだ。
できることなら、ずっとこの現実を大事にしていきたい。そう思った。
「さてと、あとは彼だけだな」
グレイフェザーが歩を進めて、倒れた男の前に立った。ミカヅチ達も男の下に向かう。
「ちく……しょう……」
男の口から、恨みのこもった声が漏れた。既に倶利伽羅の力は消え去ったのか、元の仮面を被った姿に戻っている。
地面に両手をつき、震えながら上体を起こした。その姿には、先程の傲慢で力に溢れた竜の威容は欠片も感じなかった。仮面には大きな亀裂が入り、無惨な見た目となっていた。
「俺は、ただ、力が欲しかっただけなんだ……! なんで、みんな、邪魔するんだ……!」
「グレイフェザーが言ったでしょう。誰も傷つけないなら、それも許された」
ティタニアが言った。ミカヅチも、男に対して一言だけ口にした。
「世を乱す行いには、必ず報いが来るんだ」
「ちくしょう……!」
吐き捨てた時、男の仮面が音を立てて割れた。仮面の欠片が落ちて、軽い音を立てて転がった。
そこから出てきた顔を見て、ミカヅチは一瞬息を呑んだ。
男の顔は、まだあどけない、少年と呼べるような顔をしていた。年齢の割に大柄な体と服装で誤魔化していたが、おそらくミカヅチよりも年下だろう。
「欲しいものを求めるのが、そんなに悪い事かよ……!」
丸く、大きな瞳に涙と憎悪を貯めて、少年──水樹瀧郎は慟哭するのだった。
───・───
倶利伽羅との戦いの後、大達は拍子抜けするほどあっさりと警察から解放された。灰堂と『アイ』から派遣された管理官の立ち会いの下、事情聴取を少々行い、それで終わった。
竜人化した人々は、倶利伽羅が倒れた後は皆動きを止め、あっさりと警官隊に捕らえられた。水樹は竜人に指令を出して操る事ができたが、倶利伽羅の力がなくなった事でそれもできなくなり、全員待機状態となったのだろうと考えられている。
水樹瀧郎は、その後警察に逮捕された。倶利伽羅の姿を取る事はできなくなったそうだが、裁判までは『アイ』と警察が協力体勢を取り、監視下に置かれる事になった。
大がそういった話を知ったのは、倶利伽羅との戦いから数日経っての事だった。
「水樹瀧郎は、父親を見返してやりたかったそうよ」
綾のアパートのリビングルームで夕食を終えた後、綾は灰堂から聞いた話を大に語った。
「父親の鯉一郎は、水樹瀧郎が子供の頃、竜に変わる力を手に入れた。でもそれで犯罪をすれば私達に止められた。シュラン=ラガに服従させられて、道具として扱われて、ずっとプライドが傷ついてた。その鬱屈した気持ちを、毎日子供に対して発散させてたんだって」
「……嫌な話だね」
大は眉をひそめた。
「そうね。それで、瀧郎は父親を憎み、父親よりも優れた存在になろうとした。父親以上の超人になりたかった。ずっとそう思っていた時に、父親が遺した竜人化薬の在り処を見つけて、今回の計画を考えた」
瀧郎は父親が遺した金と竜人化薬を使い、竜人から力を吸い取る手段を編み出した。偶然にも、大がその計画に関わったというわけだ。
「フェイタリティまで呼んでいたのは、竜人騒ぎが起きれば、私達が出てくると判断してたから。父親が暴力を振るう原因の一つだった、私やグレイの事も許せなかった、って言ってたそうよ」
綾は何かを考えるように、少し目を伏せた。かつてティターニアとして活動していた事が、別の悲劇を引き起こしていた。その事実が綾の心中にどう響いてるか、大にも察するに余りある。
それでも、大は言った。
「でも、綾さんが気にする事じゃないよ」
「え?」
「そりゃ、あいつがつらい目にあったのは悲しい事だと思う。でもその原因は、悪党が自分のやろうとした事を止められて、その腹いせだって言うんだろ。そんなのただの逆恨みだよ」
「……」
「綾さんがやってた事が間違ってたわけじゃない。綾さんが戦った事で、救われた人や、幸せになった人だって大勢いる。救われた俺が言うんだから間違いないよ」
「……うん、ありがとう」
綾は笑みを返した。それを見れただけでも、大は超人になれて良かったと思えた。
もしあの夜、再びティターニアと会う事がなければ、綾のこんな表情を見る事は、一生できなかったかもしれない。
「それじゃ、片付けましょうか」
「あ、そうだね」
テーブルに残っていた食器を、二人で流しに運ぶ。今日は綾が皿洗いの当番だ。
さらさらと水音を立てて食器を洗いながら、綾は言った。
「でも、これからどうしようね。大学生活、このまま私と一緒で大丈夫?」
「え?」
いきなり何を言われるのかと、大の鼓動が早まった。
「あ、別にルームシェアが嫌になったってわけじゃないんだけど、元々ルームシェアを決めたのって、今回の事件があったのも理由だったからね? このまま続けたら、大ちゃんは友達も家に呼びづらいだろうし、大学で恋人とかできたら、変に見られたりしないかな、って気になっちゃって」
「いや、それは……」
皿を洗いながら言う綾の口調や表情に、感情の揺れはない。ただ単に雑談として話しているのは大にも分かった。それが大の心をかき乱した。
俺は、俺の本心は……。
「もしルームシェアをやめようって思ったら、早めに言ってね?」
「……そんな事、思うわけないよ」
自分でも考えていた以上に強い口調で、声が出た。
綾も驚いたようで、大の方を向いた。
「俺は……、綾さんと一緒にいられて、すごい幸せだと思ってる。うん、今までの人生で一番最高だし、ずっとこうしていたい!」
さすがに言いすぎだ、頭の奥の冷静な部分がそう訴えた。
一気に進めすぎだ。これで拒絶されたらどうするんだ。そう言い聞かせようとしてくる。
それでも、熱い衝動は止められなかった。たとえ拒絶されても、今の幸せな時間が手に入らなくなっても、このまま『弟のような子』として見られるだけで、この時を過ごしていくなんて、もうできない。
「俺は綾さんを愛してる。ずっと、初めて会った時から好きだった。ずっと愛してるんだ! 綾さん以外の人なんていらない!」
何を言われたのか理解できなかったように、綾は大を見つめたまま、固まっていた。
やがて、綾の丸みを帯びた柔らかな頬が、少しずつ紅潮していくように、大には見えた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回の話はここで終了となりますので、一旦完結とします。
続きは色々と考えているところです。形になったらまた投稿したいと思います。
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