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19 竜人の襲撃

「ちょっと、今の一体何なの?」

 

 凛が目を瞬いているのが、赤い炎に照らされてよく見えた。


「灰堂さん、竜人って火を吹くんですかァ!?」

「昔会った時は、たしかにそんなこともあったと思うが、あれほどの規模ではなかったな。まったく、厄介な事になってきた」


 既に、眼の前に戦いが待っている事は疑いようもなかった。あの炎の下に、被害者たちと犯人が待っているのだろう。この先に進めば、潜んでいる竜人達との戦いが待っている。


 大は車のドアを開け、外に出た。少し肌寒く感じたのは、夜風のせいか、心が震えている為か分からなかった。それでも、両手を打ち付け、軽く息を吐くと、もう心は定まっていた。


(やってやる)


 子供の頃に助けられた命を、助けてくれた人と共に、誰かを助ける為に使う。それでいいと思った。

 肩に暖かい感触があった。振り向けば綾が肩に手を乗せていた。


「大丈夫、大ちゃん? 多分、もう引き返せないわ」

「分かってる。声が聞こえるよ」


 獣とも鳥ともつかない独特な叫び声が、闇の中から届いてきていた。竜人が数体、こちらに近づいてきているのだ。


「やるよ。偉大なる巨神(タイタン)の子は、こういう時の為に存在するんだろ」


 綾は大の隣に立ち、互いにうなずいた。今こそヒーローの出番だ。


「世を乱す外道の行いを正す為、非道に苦しむ人々を救う為……」

「今こそ、我らに、あなた様の御力をお貸しください……」

「我らが主、偉大なる……巨神(タイタン)よ!」

巨神(タイタン)!」


 二人の体を、閃光が包んだ。

 その中から現れたのは、青き衣に赤い仮面を身に着けた戦乙女、そして赤き衣に青の仮面の偉丈夫。手足を覆う武具は、夜闇の中でも白銀に輝くようだった。


 ティターニアとミカヅチ、二人の戦士が今姿を現した。

 それと同時に、巨神の加護により強化された五感が、敵の接近を感じ取る。爪で地面を削り、荒々しく走ってくる音が前方から聞こえてきた。


(来た!)


 ミカヅチの目がその姿を捉えた。恐竜を思わせる姿をした竜人が五人、公園の端にある木々の影から現れた。その獰猛で凶暴な顔つきは、数日前に見たものとそっくりだ。

 走る姿勢は四つん這いだった。薬液の影響によって骨格から形が変わっているのか、元は人間のはずなのに、その走る姿は生まれた時から身につけた技術のように素早かった。


 竜人の一人が迫る。走りながら一瞬、身を縮めたように見えた次の瞬間、一気に飛び上がった。

 猛獣が獲物に襲いかかる動きそのものだ。だがミカヅチもそれに合わせて跳躍していた。


「シッ!」


 横に回転し、ひねりを加えての飛び蹴りが、竜人の肩に鮮やかに決まる。ハンマーで壁を叩くような音と共に、竜人が一気に吹っ飛んだ。

 自分でも驚くような、見事な一撃だった。


 大も幼少期から、体を動かすのは得意だった。伯父から柔道を学んだ事や、綾から護身術を習った事もある。だがミカヅチとなった今、天を裂き、大地を砕くような全身の力に比例して、体を動かす技術も上昇している。

 偉大なる巨神の加護は、力だけでなく、戦いに必要な技術や知識も授けてくれている。これならば相手をできるだけ傷つけずに、的確に無力化する事ができるだろう。


「はあっ!」


 隣ではティターニアが猛威を振るっていた。竜人が振り下ろす爪を薄皮一枚の距離でかわし、体を捻りながらカウンターのアッパーを打ち込む。竜人の顎がちぎれるような勢いで持ち上がり、そのまま体ごと転がり倒れた。


(さすが)


 自分も負けてはいられない。そう思いながら周囲に注意を向けた時、二体の竜人がこちらに敵意を向けているのに気づく。


 一体が大から見て右に跳んだ。翼をはためかせ、空中に弧を描いて襲い掛かる。

 身体能力を利用しての不意打ちに合わせて、奥にいたもう一体の竜人が、右手をミカヅチに向けた。


「!」


 大の目が見開かれた。竜人の右手には、小柄なリボルバーの拳銃が握られていた。

 竜人にやられた警官の持っていたものだろうか。瞬間、そんな思考が浮かんだが、それについて考える暇はなかった。


 竜人が蹴りかかるのと、銃口が火を噴いたのはほぼ同時だった。

 爪が金属をひっかく音と、鋭い高音が同時に響いた。


 今度は竜人達が驚く番だった。

 ミカヅチが両手を上げて、右手の手甲で蹴りを、左手の手甲で銃弾を弾いた。この二匹の竜人は、そう理解できただろうか。


「この!」


 右手を振り回し、蹴ってきた竜人を跳ね返す。人間一人分の体重がかかった飛び蹴りを片手であしらうなど、常人には無理な事だが、今のミカヅチにはたやすい事だ。


 さらに放たれる銃弾を、白銀の手甲が全て弾き返す。跳ね返った銃弾は、みな足元の地面に突き刺さっていく。

 ミカヅチは完全に直感で動いていた。撃たれる直前に、銃弾がどこを狙っていて、どう防げばどこに跳ね返るか、完全に感じ取れた。銃弾の動きすらスローモーションに見える。


 そもそもこの大きさの拳銃の弾ならば、たとえ防がなくとも、肌に傷すらつけられないのではないか。おそらくはそうだろう。全身に湧き上がる力の奔流が、勇気と自信を与えてくる。


 銃が当たらない事に業を煮やしたように、竜人が低く唸った。次こそは、と狙いをつけた時、あの呪文が闇夜を貫いて届いた。


「BEWARE MY ORDER!」


 竜人の周囲の草木が伸び、生き物のようにうねった。伸びた植物の蔓や葉が竜人の手足に絡みつき、全身をぐるぐる巻きにして拘束する。


「ガンガンうるさいよ!」


 飛翔して現れた黒い影が竜人に近づき、頭を両手で思い切り叩いた。

 ただのビンタにしか見えないそれにどのような力が込められていたのか、竜人の頭はぐらりと揺れて、そのまま拘束具となった植物ごと倒れ、地面に転がった。


「凛」

「ちがーう! 今のボクはレディ・クロウ!」


 クロウは勢いよく否定した。その顔は闇より濃いフードの奥に隠れているが、どんな表情かは手に取るように感じられた。


 二人が話している周囲を、無数の風切り音が通り過ぎる。クナイのようなものが飛来するたびに、闇夜に隠れる竜人達に突き刺さる音と、竜人の叫び声が聞こえた。


「ギャンッ!」

「ギッ!」


 竜人が泣く度、その場にどさりと崩れ落ちる。その体からは、灰色の羽のようなものが生えていた。掌ほどの大きさなのに、羽の手裏剣は竜人を完全に無力化している。暗視装置でも使っているのかと思うほどに、クナイの狙撃は正確だった。


 竜人達が皆倒れたのを確認して、ミカヅチは手裏剣の主に顔を向けた。


 その姿は、巨大な鳳を模した衣装のようでもあり、巨大な鳥と人のキメラのようでもあった。上半身は翼を模したコートを身に着け、頭部は鳥を思わせる兜を身に着けている。しかしそのどちらも、彼の呼吸や動作に連動し、まるで生きているような動きを見せていた。

 スマートなシルエットは、ただ立っているだけで絵になる流麗さがあった。

 実際に彼がどう変化しているのか、どこまで変化しているのか、それは彼しか知らない。しかしその姿は、日本中の誰もが知っていた。


「グレイフェザー!」


 凛が手を組んで、アイドルを見かけたファンのような歓声をあげた。


「お前たち、くだらん話はその辺にしておけ」


 グレイフェザーの手には、コートと同じ灰色の羽が握られていた。先程竜人に向けて投げていた武器の正体だった。彼の翼の羽一本一本が武器であり、防具であり、状況を打破する道具となるのだ。


 グレイフェザーは、クロウが拘束して気絶させた竜人に近寄り、屈んで調べだした。


「この服装……。どうやらここに来た警官も、竜人に変えられたようだ」


 グレイフェザーはティターニアの方を向いて、


「急いだ方がよさそうだな。警官まで竜人に変えられているとあっては、まだまだ被害が広がるかもしれん」

「さっきの炎も、警官と戦った時の余波かもね」

「かもな。犯人の手に薬液がどれだけ残ってるか、それによっては収拾がつかなくなるぞ」


「そこは気にしてもしょうがないわ。まっすぐ突っ切って大元を叩きましょう」

「まったく、あっさり言ってくれるよ……」


 手慣れた感じのする会話を聞きながら、ミカヅチはふと隣のクロウを見た。口元が緩みきっている。いつもの明るい、楽しそうな顔はそのままに、だらしなさがプラスされていた。


(珍しい顔するんだな)

 そう思い、ミカヅチは小声で訊ねた。


「クロウ、どうかしたのか?」

「え? だって、えへへぇ……。生のグレイフェザー、初めて見ちゃった」

「ああ、そういう事か」


 灰堂武流がシュラン=ラガとの戦争で活躍したのは、既に何年も昔の話だ。その名は日本どころか海外でも知られているが、ここ数年は『アイ』での広報に専念しているようで、ヒーローとしての活動が取り沙汰される事はほとんどない。


 クロウのように『アイ』でヒーロー活動していても、彼の姿を見るのは稀なのだ。とは言え、クロウがそこまでグレイフェザーのファンだとは、ミカヅチも知らなかった。

 クロウは逆にミカヅチの薄い反応が不満そうで、首をかしげながらミカヅチを見た。


「そっちはどうなのさァ? キミだって嬉しいでしょ? あのグレイフェザーだよ?」

「俺は小学生の頃に何度も見たよ。あの羽の手裏剣だってもらった事がある」


 なにせ彼らはミカヅチの地元で活動していただけでなく、時々は大の実家に遊びに来ていたのだ。グレイフェザーやティターニアが、目の前で戦う姿を見たのも、一度や二度ではない。

 ティターニアと再会できた時は、正体を知ったのも相まって感激もしたが、グレイフェザーは正体を知ってからの付き合いも長く、懐かしさが先に立った。


 ミカヅチの顔をにらむようにして、クロウはぶつぶつとつぶやくように言った。


「前から思ってたけどさァ。キミってずるくない? 有名ヒーローと小学生の頃から知り合いとか。多分、今の日本で一番羨ましい経験してきてるよね」

「当時はそんなの考えもしなかったよ。俺がグレイフェザーの正体を知ったのだって、戦争が終わって正体を明かした時だぞ。みんなと同じだ」


 二人が小声で話している間に、グレイフェザー達の会話も終わったようだった。気負った感じもなく、ミカヅチ達に声をかける。


「二人共、大丈夫か?」


「はい!」

「大丈夫でっす!」


 二人同時に、思わず整列の姿勢を取る。そんな姿を見ても笑みひとつこぼさずに、グレイフェザーは言った。


「気をつけろよ。自分の力に浮かれて油断するな。この先の奴を倒さない限り、この町に安全なところはないぞ」

次回は11日予定です。


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