16 犯人の目論見は
「……ええ、わかった。こっちでも何かできないか考えてみる。ありがとう、グレイ」
通話を切った綾の顔は、深刻そうに眉を寄せていた。
アパートの綾の部屋で、大と凛、そして帰宅した綾の三人が、リビングで顔を合わせていた。
病院で斎藤に会った後、大達二人は綾の意見を聞いて今後の方針を立てようと、綾の部屋に集まったのだ。そして帰宅した直後に、灰堂からの電話を受けたのである。
「灰堂さん、なんて言ってた?」
大はローテーブルに座り、綾に声にかけた。向かいでは凛が座っている。二人とも綾の通話をずっと眺めていたが、綾の表情から見て、話の内容はあまり楽しくないもののようだ。
綾もテーブルに座りながら、話を始めた。
「うん。今回の相手で、一番関係が深そうな相手が分かったみたい」
「ほんとに? 誰?」
「ドラグナーよ」
その名は大の記憶にもあったが、凛は知らないようで、首をかしげた。
「誰なんです、それ?」
「昔シュラン=ラガに協力してた超人の名前だよ」
かわりに大が答えた。
「竜に変身できる能力を持ってて、元々はそれを使って強盗とかやってた犯罪者だよ。シュラン=ラガの本格的侵攻の際にシュラン=ラガの側について、奴らはそいつの力を参考に、竜人に変化する薬を作った、って話だ」
「キミ、ずいぶん詳しいね」
凛が感心したように言った。
「子供の頃に、ティターニアと戦ってたのを何度か見たことがあるんだよ」
「ええ。強欲で暴力的、強い相手にはへつらって弱い相手には強気に出る、危険な男だった」
当時を思い返すように、綾が少し遠い目をした。
竜のような姿に変身できる能力を持った彼は、自らをドラグナーと名乗り、部下を集めて暴力的な犯罪を繰り返した。並の銃火器では傷ひとつつかない肌と、車も投げ飛ばす怪力によって暴れまわる姿は、大もよく覚えている。
後にその力を解析したシュラン=ラガに利用され、彼は竜人へと改造された部隊を率いて、侵攻の尖兵として利用されたのだった。
「でも奴は、当時の侵攻の際に死んだはずだから、今動いているのは別人ね。昔の仲間が奴の使っていた道具を利用しているんでしょう」
「シュラン=ラガが研究で残した、竜人化の薬のデータを手に入れた奴が動いてる、って事だよね。何が目的なんだろうな」
今のところ、犯人は無差別に竜人化の薬を打ち込んでいるだけだ。強盗をするわけでも、殺人をするわけでもない。凶暴になって暴れる事はあったが、命令を受けて統率された犯罪を行った様子はなかった。
何か大きな目的を前にしたテストなのか、世間を騒がせたいだけの愉快犯的行動なのか。どちらにしても、今は新たに竜人になる者は出てきていない。
「貴重な薬だろうに、もったいない使い方するよ」
使われているのはシュラン=ラガの技術だ。現在の地球上で、彼らの作ったものを再現する事ができるものは、それこそ数えるほどだろう。もし大が手元に薬を持っていたなら、こんな無駄打ちするような行いはやる気になれない。
「……て事はさァ、逆に考えて、薬自体はそこまで重要じゃないんじゃない?」
凛の言葉の意味を測りかねて、大は顔をしかめた。
「どういう事?」
「斎藤くんに会いに行った時さ、斎藤くんの中に、ちょっと妙な違和感みたいなものがあってさ」
「違和感って、何だよ」
「なんていうか、自然の気の流れというか、力の流れって言うのかな。ボクら魔術師は鍛えてる内に、そういうのを読む力が発達するんだけど、斎藤くんの体の中で、なんか力が淀んでるものが感じられたんだよね」
興味を持ったようで、綾も凛に視線を向けた。
「それは、竜人化の後遺症というわけじゃないの?」
「ボクもそう思ったから、その時は深く探らなかったんです。でも犯人の目的って話になって、ひょっとしたらあの淀みが犯人にとって重要だったのかも、って思って」
「……つまり、あくまで薬は人の目をくらます為の囮で、魔術的な何かを仕込んでいるものを隠す為、という事ね」
綾の言葉で、大も凛の考えを理解する事ができた。
まず犯人が人に竜人化の薬を打ち込むと同時に、魔術を仕込んだ薬液を打ち込む。竜人化が起きて暴れ出し、病院に送られる事となるが、数日もすれば効果は薄れ、元の姿に戻ってしまう。だがその間に、仕込まれた魔術の影響がゆっくりと進行し、もっと大きな何かが生み出される。
単に魔術を仕込むだけでは、体の不調や異常が起きた際に調べられ、発見されてしまうかもしれない。だが先に竜人化を起こしておけば、これ以降に何かが起きたとしても、竜人化の後遺症や副作用の一種だとみなされる。病院で検査はされるだろうが、あくまで竜人化に関しての検査に留まるだろう。
そして竜人化の症状がおさまり、彼らが元の生活に戻った後、犯人は彼らに打ち込んだ種が芽吹き、自分の思い通りの形になったのを見計らって収穫する、というわけだ。
「てことは、竜人になった人はみんな、まだ狙われてるって事だよね」
事の重大さを感じて、大は内心身震いする気持ちで言った。ただの暴走ではない、もっと大きな危険がこの町に迫ってきているのかもしれない。
「『アイ』に連絡して、検査をやり直してもらおう。今度は魔術の痕跡も見逃さないようにして」
「ええ、ちょっとグレイに話してみるわ」
綾は立ち上がり、スマートフォンを手に取って通話を始めた。それを横目に見ながら、凛が呟く。
「魔術の調査なら、ボクも手伝った方がいいかもね。魔術の調査は人手が足りなさそうだし」
「ただの思い違いならいいんだけどな」
「ま、そうだね。それより、もし今の話が本当だったとしたら、危ないのはキミもだよ」
「俺が?」
「忘れてない? キミも薬を打たれたんでしょ?」
虚を突かれて、思わずはっとした。直後に巨神の加護を受けた為に気にしなくなっていたが、大もあの竜人化の薬を打たれているのだ。
いつ何時、斎藤と同じような異常が起きてもおかしくない。
「なあ、俺にその魔術の痕跡があるか、すぐ調べられるか?」
「んー、キミや綾さんは巨神の加護があるから難しいんだけど……やってみるよ」
凛は眉間に右手の人差し指と中指を当てながら、大を見つめ始めた。集中した鋭い視線に大も体を固くした時、
「それ、本当!?」
思わずといった感じの綾の声に、大達二人も顔を向けた。
「ええ……わかった。こっちも話したい事があるから、今からそっちに行く。よろしくね」
二人が問いかける前に、通話を終えた綾が疑問に答えた。
「グレイから連絡があったわ。大ちゃん達が昼に会いに行った斎藤さん、彼が行方不明になったって」
次回は4日(日)21時頃予定です。
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