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13 超人情報登録

 葦原市の中央に位置する葦原駅、そこから徒歩3分のところに、『アイ』のビルは建てられている。


 日に日に数を増やす超人(メタ)の保護と管理を行う事務業務から、能力の調査と操作を教育する為の施設、超人と常人との連帯を深める為のレクリエーション、海外の超人管理組織との折衝まで、その業務内容は幅広い。


 外から見た限りでは、少々大きいだけのどこにでもある商業ビルである。大も普段そのビルの外観は度々眺めていたが、実際に建物の中に入るのは初めてだった。

 正面の自動ドアをくぐると、広いエントランスには職員や来客の人が何人も見えた。果たしてこの中の何人が超人なのか、思わず想像してしまう。


「ほら、大。何やってんのさァ」


 凛がやれやれ、といった感じにへの字口を作った。綾も灰堂も仕事があるため、凛が大の登録の付き添いを行う事になったのだ。


「さっさと行くよ。どうせちょっと資料に書き込むだけなんだから、さっさと終わらせよ」

「わかった、すぐ行くよ。悪かったな、休みなのに手間を取らせて」

「そこは気にしないでいいよ。誰だって初めてが一人じゃ不安なもんでしょ」


 エントランスホールの奥にあるエレベーターで上にあがり、総務課の部屋にはいる。さすがに超人が相手だろうと事務仕事に変わりはないのだろう、事務机が並べられている様は、市役所の一室を思わせた。


「あのー、超人の新規登録をしに来たんですけど」

「灰堂管理官から連絡が来てると思うんですが」


 受付の女性に言うと、穏やかな顔でうなずいた。


「はい、管理官から聞いております。こちらに記入をお願いします」


 手渡された用紙に、大は記入を始めた。氏名、生年月日、住所と、個人情報を記録していく。内容は戸籍情報と紐づけられ、厳重に管理される事となる。

 書類の内容はほとんど住民票や履歴書と大差ないのだが、唯一違う項目があった。

『能力の内容、由来』


 そう書かれた箇所に、大は少し考えて記入を行った。


『内容:幻覚、幻影の作成。由来:不明』


 綾や灰堂とも話した結果、大の巨神の子としての変身は、当分は明かさないつもりだった。その代わりに、大の力の一端である、幻を作る力のみを記載する事にしたのだった。


「お前が幻を作れるのは本当だし、別に嘘をついてるわけじゃないからな。そのくらいは融通がきくよ」


 灰堂はそう答えた。一応凛が証人としてつき、能力を受付の担当者に見せて証明するのだが、そこまで詳しく確認するわけではないようだった。


(意外と緩いんだな)


 そう思ったが、大としてもそれはありがたかった。


「なんか、意外と簡単に終わるんだな」


 登録を終えて部屋を出てから、大は呟いた。


「もっと色々手間がかかるのかと思ってた」

「そんなもんだよ。超人管理機関『アイ』、なんて大仰な名前ついてるけど、結局はお役所みたいなもんだからね。怪物退治の依頼書が壁に貼ってあったりとか、他のベテラン超人が新人いびりに来るとか思ってた?」

「さすがにそれはないよ。でも、なにか事件が起きたりするかも、てのはちょっと期待してたかな」


 大は苦笑した。超人の集まる組織だからといって、彼らが社会の枠外に存在するわけではない。『アイ』の職員の中にも人間は多いし、超人が皆、その力をいつもアピールする場を求めているわけでもないのだ。


 二人で下りのエレベーターを待っていると、不意に凛がぽつりと口にした。


「あのさァ、大は今後どうするのか、とか、考えてたりするの?」

「今後? とりあえずこの後は昼飯を食べに……」

「いや、そうじゃなくてさァ。超人になってこれから、何か活動する予定とかあるの?」

「ああ、そういう意味か」

「そ。何もないならさ、ボクと一緒にチーム組もうよ。ヒーローチーム」


 現代で俗にヒーローと呼ばれる存在は、約四半世紀前に現実社会に登場した。当時は数えるほどだった超人達も、それから十数年後、ティターニア達とシュラン=ラガの争いによって一気に数が増加し、本格的に花開いた。


 超人の能力を使っての社会奉仕活動を行う者、という広義のヒーローの定義を基に考えると、現代社会には多種多様なヒーローが存在する。

 地元で個人での草の根活動に勤しむ者から、治安の悪化した地域で自警行為を行う者、企業や組織と契約の基に仕事をする者など、活動の内容は様々だ。


「ヒーローって言っても、こないだみたいな殺し合いをするつもりはないぞ」

「ボクだってそうだよ。でもさ、今って世の中荒れ放題じゃん? それに対して、ボクらにできる範囲で何かやれたらな、って思うの。ティターニアやボクのお師匠様みたいにさ」

「ふうん……」


 あいまいに返す大だったが、凛の話には心動かされるものがあった。

 フェイタリティとの戦いのように、命の奪い合いに参加するつもりはない。だが、かつてのティターニア達の活躍の記憶は、大の心に鮮烈に焼き付いている。

 せっかく超人になったのならば、彼女たちと同じように、その力を誰かの為に使えたらいい。漠然と、そんな気持ちは持っていた。


(ヒーローになって、誰かの為に戦えば、綾さんも褒めてくれるかな)


 不意にそんな考えが浮かび、大は思わず口元を緩ませた。

 志望動機としては少々不純な気もするが、世のヒーローが皆、立派な精神だけで活動を始めたというわけでもあるまい。大事なのは真面目に行動するかどうかだ。大は心中でそう言い訳しつつ、口を開いた。


「いいよ。放課後とか休日とか、時間が取れる時なら」

「ありがと! それで十分だよ。ボクだって大学生活を疎かにするつもりはないしね」


 凛は気持ちのいい笑顔を見せるのだった。


 下りのエレベーターが一階で止まり、重い扉がゆっくりと開いた時、大の耳に悲鳴が飛び込んできた。


「なんだ?」


 二人同時に外に飛び出し、声の方向に向かう。エントランスを抜けて出入り口の前にある人混みの前にたどり着いたところで、大は騒動の原因を目にした。


 出入り口のガラス扉が粉砕され、そこに一人の青年がいた。年はおそらく大と同年代だろう。真面目で気弱そうな細身の体だが、その胴体から一本、巨大な腕が生えていた。

 まさに異形の腕だった。生えている腕は青年の身長と同程度に長く、胴体よりも太かった。表面にはびっしりと金属のような鱗が生え、その爪は釘を束ねて叩いたような、歪で凶悪な形をしていた。


「ひっ……! ひっ!」


 青年は目に涙を浮かべていた。両腕で異形の腕を必死に抑えようとしているが、腕は己の意思を主張するように暴れ、青年を振り回していた。


「た、助けてください!」


 青年が悲鳴混じりに叫んだ。だが周囲にいる者は遠巻きに眺めるばかりで、何もできないでいる。

 それも仕方ない事だった。いかに超人といえども、皆が戦いに出られるような力を持っているわけではない。この場にいるのは一般人ばかりだろう。警備員が来て彼を止めるのを待っているのだ。


「……凛、俺たちで何かできないかな」

「え?」


 大の言葉に凛が振り向く。その時、腕が青年の両手を振り払った。

 腕が振り回されて、残っていた窓ガラスや、観葉植物がなぎ倒される。周囲の人々が叫び、逃げ出すのを楽しむように、腕は右に左に暴れ回り、触れたものを破壊していく。


 大と凛の力なら、彼を止める事ができるかもしれない。皆と一緒に、青年が苦しんでいるのを遠巻きに眺めているのが歯がゆかった。

 自分達の力を使い、誰かの為に動く者。それがヒーローだ。さっきヒーローになると、二人で話したばかりなのに、このまま待っているべきなのか。


 大の気持ちを読み取ったか、凛は少し複雑そうな顔をしつつ、小声で言った。


「いいけど、ここであの姿になる暇ないよ」


 大も凛も、力を全力で使う為には変身する必要がある。だが、大はそんなつもりはなかった。


「俺が時間を稼ぐよ」

次回は30日(水)21時頃予定です。


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