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12 超人達の歓迎会

 灰堂が到着してから、警察の聴取はスムーズに行われた。

 大達の事情聴取もそれほど大したものではなかった。事件自体は大きいものの、事件の経緯はシンプルであり、犯人も既に捕まっている。犯人達の目的に心当たりがないか、などは細かく聞かれたものの、それについては大もよくわからないと答えるしかなかった。

 日が沈む前に大達は解放されて、そのまま帰宅する事ができたのだった。


 その夜、市内の居酒屋に、大達は集まっていた。

 大、凛、綾、そして灰堂の四人が、座敷の長机を挟んで向かい合って座ると、それぞれ適当に料理を注文する。居酒屋に来たはいいものの、未成年二人に車の運転手二人ときて、結局全員ノンアルコールだった。


「それじゃ、久しぶりの再会と、事件の解決、そして大の超人(メタ)への覚醒を祝って、乾杯」


 灰堂の音頭に合わせて、全員のグラスを握った手が上がった。注文した料理が並べられると、皆ひとまず箸をつけ始める。今回の事件について話し合う為、という題目で急遽集まった飲み会だったが、まずは腹ごしらえと雑談から始まった。


「しかし、お前が巨神の子になるとはな」


 灰堂がノンアルコールビール片手に口を開いた。


巨神(タイタン)の子は、タイタナス人しかなれないと思ってたんだが。何が原因なんだろうな」

「偉大なる巨神への信仰心の差、じゃないですか? ティターニアに助けられてから、俺もずっと巨神を信仰してますから」


 タイタナスの巨神信仰は地元の土着宗教である為、それに付随する巨神の子も、当然ながらタイタナス人以外に存在が確認されていない。日本人とタイタナス人のハーフでありながら巨神の加護を得た綾は、かなり特殊な存在なのだ。

 日本人でありながら大が巨神の子の力を得たのは、やはり綾とティターニアとの、長年のつながりによるものとしか、大には考えられなかった。


「というかですね、俺の事よりまず綾さんの事ですよ。灰堂さんも綾さんも、ティターニアだって事、ずっと隠してたんですか?」

「それは、ごめんなさい。でも言えるわけないでしょ?」


 綾が唐揚げをつまむのを中断して言った。


「当時は色々大変だったから。それに、正体がばれでもしたらみんなが危なくなるでしょう?」

「まあ、それはそうだけど」

 

 現在でこそ灰堂を始めとして、ヒーローが何人も正体を明かしているが、ティターニアが現役だった十年前ではそうはいかない。そもそも思いかえしてみれば、当時の大が正体を知れば、黙っていられなかった事だろう。


「それじゃあ、ティターニアは引退したってのはずっとフリで、世間に名前を出さずにずっと活動してたわけ?」

「まさか。本格的にお仕事を手伝ったのは、今回の竜人騒ぎが初めてよ」

「じゃあ……八年ぶりくらい?」


 頭の中で時間を換算する。世間に名も姿も知れ渡っているティターニアだが、その活動期間は数年ほどだ。大が小学校を卒業する前に、彼女は既に姿を消していた。


「なんでまた復活なんかしたの? そりゃ、俺は嬉しかったけど……」

「俺が頼んだからだ」


 灰堂が言った。


「あの竜人事件を追う為に、協力してもらっていた。あれは俺たちとも縁が深い代物だからな」

「それって、つまり……」

「そう。人を竜に変えているのは、シュラン=ラガの残した遺物だ」


 大は見えない霊気の手に、心臓を締め付けられた気がした。


 シュラン=ラガとは、かつて地球を侵略した、異次元の世界に存在する帝国の名である。

 人類を遥かに超える圧倒的な科学力と、それを背景にした戦力は瞬く間に世界中を席巻した。数年にわたって続いた戦争に人類が勝利できたのは、当時増加した超人達の活躍も大きな要因である。


 そのシュラン=ラガは、各地に様々な形で爪痕を残して去っていった。彼らが置土産として残していった兵器や道具の数々は、俗に『遺物』と呼ばれ、いまだに各地で発見されては大事件を巻き起こしている。


 大の体に打ち込まれた薬液も、その一つという事らしい。


「シュラン=ラガの肉体改造が非常に優れているのは有名だが、あの薬液はかなり特殊な一品らしい。短時間で人の体を作り変え、竜のような外見と力を与えることができる」


 少し怖くなって、大は思わず自分の体を見返した。


「俺は何も変わってないよ」

「ああ、それは検査の結果で分かってる。今のところお前の体は健康そのものだ。偉大なる巨神の加護のおかげ、かな」


 巨神の加護がもたらす力には、毒や呪いに対する耐性の強さもある、という事らしい。そこに関しては、綾も同意見のようだった。


「半月くらい前から、同じように人が改造される事件が起きててね。事件の発生場所も間隔も近いし、誰かがシュラン=ラガの遺物を使って事件を起こしてる可能性がある、ってグレイに言われたわけ」


 グレイ、とは灰堂の事だ。グレイフェザーと灰堂のそれぞれの名から取ったのか、綾は学生時代から灰堂のことをグレイと呼んでいた。


「それで気をつけてたら、あの晩偶然に竜人に遭遇してね。追いかけてたら大ちゃんに遭遇したの」


「そしたら俺が、巨神の子になった」


 まさに偶然に偶然が重なった、奇跡のような結果だった。あの夜に大がパーティに参加していなければ、夜の暗がりに動く竜人の影に足を止めなければ、きっと大の人生には何も起きなかった。

 それが今、大は巨神の子になって、ティターニアにも再会できた。竜人を作っている犯人には怒りがあるが、それだけは僥倖と思えた。


 ふと引っかかるものがあって、大は頭に浮かんだ疑問を口にした。


「ひょっとして、こないだ家に来たのも、俺がどうなってるか確認したかったから?」

「それもあるけど、顔が見たかったのも本当。ルームシェアしようなんて、その時は何も考えてなかったしね」


「なに? お前らルームシェアなんかするのか?」


 綾の言葉に、今度は灰堂が引っかかる番だった。普段テレビに出ている時からは想像もつかないような慌て顔を見せる。


「ええ。大ちゃんに何かあったらすぐ対応できるし、うちは大学からも近いから便利かと思って」

「いや、綾、それでいいのか。お前、いくらなんでも無防備すぎないか?」

「そう? 別に大した事じゃないでしょ」

「大したことに決まってるだろ。こう、色々とまずいだろ、それは。男女のアレとか、色々と……」

「だって大ちゃんだよ? 何も起きるはずないじゃない」


 何が問題なのかわかってないように首をかしげる綾に、灰堂はもどかしげに口ごもった。

 大としてはここまで信頼されているのは嬉しいが、男として見られていない事への裏返しでもある反応に、少々傷つくところでもある。


 灰堂は大を半眼でにらみ、


「一応言っておくが、なにかやらかしたら酷い目にあうことは覚悟しとけよ」

「りょ、了解です……」


 日本一有名なヒーローに私生活のことで睨まれる人間など、おそらくこの世に数えるほどしかいない事だろう。全く喜べない自慢だ。


「でも、ですよ? 竜人を作ってる人の目的って、一体何なんでしょうね」


 三人のやり取りを眺めながら黙々と食べていた凛が、一息つきながら口を挟んだ。


「誰かがシュラン=ラガの遺物を偶然手に入れて、竜人を作ってる、それはいいです。でも、今のところなにか目的があるようには思えませんし。

竜人を増やすのが目的だったら、増やすペースが遅すぎるし、そもそもあの薬って、ずっと竜人に変化するわけじゃないんでしょ?」


「ああ。変化は数日ほど続くが、やがて鎮静化して元に戻る。元は手軽に肉体を強化する為のアンプルのようだな」

「じゃあ、竜人の軍隊を作る、ってわけにもいきませんよね。ただの愉快犯なのか、なにか他に目的があるのかな……」


 大は凛の考えに感心していた。普段の言動は軽いが、どうやら聡明なところもあるらしい。

 灰堂もうなずいた。


「まあ、そこに関してはフェイタリティの話を聞いてみるさ。明日の昼に、奴の取り調べに同席させてもらえる事になった。君たちに関わりそうなら連絡するよ」

「なにか、俺に手伝える事ありますか?」


 大は言った。


「今回、フェイタリティを雇った奴は俺を捕まえようとしてたみたいですし。だったら、犯人をおびき出す為に俺が囮になるとか……」


 もうここまで関わったのだ。今更危険な思いの一つや二つ、やったところで別に気にはならない。それに大としても、一刻も早く犯人を見つけ、自分を狙う理由を知りたかった。


「よせよ、そういうのは。そこまで思いつめなくていい」


 しかし、灰堂は苦々しげな顔を返した。


「『アイ』は万年人材不足だが、それでも学生を、テロリストを釣るエサにするほど困っちゃいない。気持ちだけで十分だ」

「そうですか……」

「そんな事より、お前にはやらなきゃいけない事がある」

「やらなきゃいけないこと?」

「ああ。うちのビルにきて、超人の登録をすることだ」

次回は28日(月)21時頃予定です。


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