11 日本一有名なヒーロー
通報から十分ほど経ち、到着した警官達の動きは早かった。捕まえていた男たちを連行し、現場の検証を行いつつ、担当の刑事たちがそれぞれ事情聴取を始めていった。
大の事情聴取を担当するのは、四十半ばほどの恰幅のいい刑事だった。人当たりの良さそうな顔で服装も落ち着いて整っており、みすぼらしい感じや荒々しい感じはまったくなかった。
長年の経験があるのか、事情聴取も手際よく話を進めていく。大も質問には、できるだけ真摯に答えていった。しかし聴取が進むにつれて、刑事は次第に顔を嫌そうに歪めていった。
「で、キミの言った話をまとめるけれど。友達と歩いてたらいきなり拉致されて縛られた。だけど友達が実は魔法使いで、キミも超人だから、二人で隙を見て逃げ出して、追ってきた連中を迎撃して気絶させたと。そう言うんだね?」
「はい」
「で、あの強化服を着てたヤツは?」
「それが……、いきなり見たことのないヒーローが現れて、助けてくれたというか……」
警察に聞かれても、大がミカヅチだと話さない事は三人で決めていた。
ティターニアの活躍によって、巨神の子という存在はかなりの知名度とネームバリューがある。
大が巨神の子であると話した場合、一体どういう事なのかと混乱を招く事になるし、そこからティターニアの事も話さねばならなくなるかもしれない。
ひとまずは大の事を、逃げる際に見せた、幻を見せる能力を持った超人である、という事にしたのだ。
刑事はうんざりしたように眉間にしわを寄せた。
「それで、拉致された理由は、この間の竜人への変身事件が関わってるんじゃないか、というんだね」
「たぶん、ですけど。あの強化服を着てた人がそう言ってたので」
「そうかぁ……」
大の前で、刑事が大きなため息をついた。
「いや、ごめんよ。キミが悪いわけじゃないんだが、こういうわけのわからない事件が年々増えててね。私の若い頃は、世界はもっと簡単だったんだが」
刑事の言っている事は、大にもよく分かった。
超人の存在が社会に認知されて四半世紀ほど経つが、超人の増加と共に、超人由来の犯罪もどんどん増加している。当然、犯罪捜査もより奇妙に、複雑になっていった。
「最近の事件は、まともな人間が犯人じゃなくて困るよ」
大が小学生の頃に、警察官となった伯父がよくぼやいていた。
この場合の『まとも』とは、精神異常者や何を考えているのか分からない相手、という意味ではなく、超人の起こす奇妙な事件についての文句である。
被害の大きさで言えば町一つ舞台にするような大規模なテロ事件から、下は学生による黒魔術かぶれの悪魔召喚事件、常人には不可能なカエル男の連続強盗。そんな娯楽映画のような、ふざけた内容の事件が後を絶たなくなっていった。
二十年前ならば「ふざけているのか」と怒鳴り散らすような供述も、今では真面目に取り合わないといけないのだ。警察官を始めとした法に携わる人々の苦労と苦悩は、日に日に増すばかりである。
大は心中で、目の前の刑事に同情した。とはいえ、大にできる事は、それ以外には何もないのだけれど。
その時、大は遠くから機械的な駆動音を聞いた。車のエンジン音だ。それもひどく小さい。警官の話し声の方が大きいほどだった。
音のした方を見ると、グレーのセダンがカーブから顔を見せて、敷地内に入って来ようとしているところだった。
「誰だ?」
刑事も不思議そうに車を見た。近くを通りがかった警官の一人に、車を指さしながら尋ねた。
「おい、あの車知ってるか? 現場に増員の連絡なんかあったか?」
「いえ、知りません。ひょっとして『アイ』の管理官じゃないですか?」
「何? 来るのが早すぎるだろ?」
警官たちの不審な視線を集めながら、セダンは止まり、運転手が降りてきた。
二十代後半ほどの男だった。グレーのスーツを身にまとったスマートな体に、オールバックに決めた細面がバランスよく乗っている。
その生真面目そうな顔つきを見て、警官たちの間にどよめきが上がった。
「灰堂武流だ……」
「嘘だろ、なんでこんなとこに……?」
灰堂と呼ばれた男は、周りの声を気にせずにあたりを見回した。大の姿を見つけ、まっすぐに向かってくる。
灰堂は二人の前に立つと、唖然とする刑事に向かって軽く頭を下げた。
「超人管理機関、『アイ』から派遣されてきました。灰堂武流です」
「あ、あんたがあの、グレイフェザー?」
「ええ。昔はそう呼ばれてましたね」
灰堂は少し照れくさそうに笑った。
年々増加し続ける超人は、常識を超えた犯罪や、人類と超人間での軋轢など、新たな社会問題を生み出した。
日本ではそれに対応する為に、半官半民による超人の保護・管理を目的とした組織、『アイ』が組織された。
そしてその管理官の中で最も有名な男こそ、この灰堂武流であった。
彼の仕事は管理官だけではなく、『アイ』や超人の考えを伝える為の広報塔として、各メディアに顔を出している。その為に、世間からの知名度は非常に高かった。
灰堂は顔を引き締めると、大に顔を向けた。
「元気してたか?」
「お久しぶりです、灰堂さん」
「なんだ、他人行儀な奴だな。もっと砕けた感じでいいぞ」
「灰堂さんは今、仕事中でしょ。変な事言えないと思って」
「やれやれ、お前も大人になる時期か」
灰堂が軽く肩をすくめる。二人のやり取りを、刑事は唖然とした顔で見ていた。何故この二人が知り合いなのか、そう言いたげだった。
大からすれば、灰堂とはテレビに出る前からの知り合いだ。大が小学生の頃、灰堂が綾や友人達と共にいるところを、よく見かけたものだった。
灰堂武流、またの名をグレイフェザー。彼こそかつてティターニアと共に戦ったヒーローの一人であり、綾の同級生であり、学生時代からの綾の親友であった。
「今回は加害者と被害者に超人がいるという事ですので、我々も事件捜査に協力させていただきます。早期解決の為にね」
メディアに出演する時の自信に満ちた顔そのままに、灰堂は言った。
次回は27日(日)21時頃予定です。
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