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09 巨神の子の力

 先にフェイタリティが動いた。軽く跳ねるように距離を詰め、ミカヅチの顔面にめがけて右の拳を打ち込む。

 先程までなら残像が映るだけだった拳を、ミカヅチは左腕で防いだ。遺伝子レベルで強化された肉体と、軍用の強化服を組み合わせたその一撃は、常人ならば腕に当たれば骨が砕け、顔に当たれば顔面が陥没するだろう。だが白銀の手甲は、たやすくその拳を防いだ。


「シッ!」


 ミカヅチは左腕を払い、右拳を放った。手甲が太陽の光を反射し、閃光となって左胸に吸い込まれる。胸の装甲に拳がめり込み、金属がひしゃげる音がした。


「ぐぬっ!」


 衝撃にフェイタリティの巨体がたたらを踏んだ。軽く距離を取り、右手で殴られた胸に触れると、感慨深そうに撫で回す。


「いいねえ。久しぶりの感覚だ。お前みたいなヤツに会いたいと思ってたんだ」


 フェイタリティは両手を背中に伸ばした。背のバックパックから生えている柄を引き抜くと、太い片刃の刀身が姿を現した。


 ミカヅチも合わせるように手を伸ばし、腰に提げている銀の棒を手に取った。しっかりと握りしめると、棒は見る間に伸びていき、六十センチほどの棍へと変化する。

 ティターニアも使っていた、白銀の戦棍だ。誰にも教わったわけでもないのに、どう使えばいいかは頭の中に入っていた。偉大なる巨神の加護が、肉体だけでなく知恵や精神にまで影響を与えているのかもしれない。

 長い歴史を経て培われてきた戦いの知恵と力が、目の前の敵と戦う為に注ぎ込まれている気がした。


「ふぅっ!」


 またしても動いたのはフェイタリティだった。鈍く輝く刃が高速で振られ、ミカヅチに迫った。首が両断される一撃を右の棍で防ぎ、脇腹から心臓めがけた斬撃を左の棍で弾く。


「くっ!」

「チッ!」


 フェイタリティの動きは止まらなかった。放たれる致命の斬撃を、ミカヅチは棍でひたすら弾く。

 ミカヅチが距離を取ろうと動いても、フェイタリティはすぐさま反応して距離を詰める。常人なら全力疾走の速度で動きながら、二人は互いの武器をぶつけ合う。


「いいぞ、巨神の子!」


 嬉しそうに言うフェイタリティに、ミカヅチは声を返す事もできないでいた。

 ミカヅチの頭は興奮に満ちながら、現状の不利を悟った。フェイタリティの動きは確かに速いが、巨神の加護を受けている現状ならば防げないものではない。しかし戦闘技術と経験がそれを埋めていた。

 ミカヅチは今も相手の攻撃を防いでいるが、そこから反撃に移れないでいる。一撃でも喰らえば致命傷になりそうな鋭さに、反撃に出る賭けを起こせないでいた。


 フェイタリティが両の手を交差させ、左右から首元を狙って斬りかかる。ミカヅチは左右の棍を持ち上げ、刃を防いだ。

 ごっ、と音がした。腹を硬いものがぶつかり、衝撃が襲った。


 フェイタリティが距離を詰め、膝を打ち込んでいた。刃にばかり気を取られて、他の動きに対する反応が遅れた。

 強化された肉体と倍力機構の合せ技は、ただの膝蹴りを破城槌を思わせる一撃に変えた。体が浮き上がり、吹き飛ばされる。


 背後の老木にぶつかり、ミカヅチは姿勢を崩して地面に転がった。

 すぐさまフェイタリティが追い打ちをかけに走る。


(まずい)


 ミカヅチは瞬時に危機を察した。この状況から起き上がり、防御に移るのでは、相手の攻撃に対して出遅れてしまう。そして今、一度のダメージが致命傷に繋がりかねない。


 ミカヅチは一瞬の閃きに身を任せて、右手の棍を地面に突き刺した。

 次の瞬間、ミカヅチの体はバネ仕掛けのように、二メートル近くも飛び上がった。


 白銀の戦棍は所有者の意思を即座に読み取り、一瞬でその形を変えて伸び上がり、ミカヅチの体を引っ張り上げたのである。


 想定外の動きに、フェイタリティの動きが鈍る。その間にミカヅチは空中で体をひねり、回転で勢いをつけた蹴りを首筋に叩き込んだ。


 足甲とヘルメットがぶつかり、激しい破壊音を立てた。

 強化服が衝撃を吸収してもなお、フェイタリティの体が大きく横に転がった。


(今だ)


 ミカヅチは軸足に力を込め、一気に地面を蹴り上げた。轟風の如き速度で、フェイタリティに向かって走る。

 五メートルほど先で、フェイタリティは膝立ちの状態から起き上がろうとしていた。先程の蹴りで頭部の装甲が歪み、目元のガラス部分にヒビが入っている。

 マスク越しでも、彼の怒りと興奮に満ちた凄まじい形相が感じ取れる気がした。


「ちいっ!」


 フェイタリティが立ち上がりざまに、右手のナイフを切り上げる。

 それよりも速く、ミカヅチは右の拳を思い切り打ち込んでいだ。


「がっ!」


 蹴りの比ではない勢いで、鉄の巨体が飛んだ。

 文字通り吹き飛び、十メートルほど先で木の幹に直撃した。衝撃で幹が大きく揺れる。

 枝葉の揺れが収まり、森に静寂が戻った時、フェイタリティは幹を背にして倒れていた。


「はぁ……」


 張り詰めていたものを吐き出すように、ミカヅチは大きく息を吐いた。

 左手がしびれていた。手甲に鋭い刀傷が、斜めに大きく入っている。先程右拳を打ち込みながら、フェイタリティの刃を受けた時の傷だ。防ぐのに失敗していたらどんな傷を負っていたことか、想像したくなかった。


 倒れたフェイタリティに目をやる。強化服はミカヅチの一撃によって、胸部装甲が完全に破壊されていた。


(こんなすごいものなのか)


 そう思った。竜人達相手に戦った時は無我夢中で、全身に満ちる力に圧倒されるばかりだった。自分が巨神(タイタン)の子である、と自覚して戦ったのは、今回が初めてだ。

 全身から湧き起こる力、体中を貫く自信。今なら何でもやれる気がした。もっと戦いを続けていたならば、この力に圧倒されて、相手を殺していたかもしれない。

 もしも相手がフェイタリティではなく、クロウと共に、自分たちを捕まえた男たちと戦っていたら。そう思うとぞっとした。


 相手の装備は完全に使用不能、と思いたいが、強化服がどの程度まで使用に耐えられるかわからない。ミカヅチは警戒を緩めず、距離を保ちながら注意を向けた。


「……なんだよ、意外としっかりしてるじゃないか」


 フェイタリティが呟いた。首筋に手をやると、空気が抜けるような音と共にマスクの前面が開き、持ち上がった。


 フェイタリティの素顔が見えた。蹴りを受けた際に口を切ったのか、少し血が流れていた。


「不用意に近寄って来たなら、足首を切り落としてやろうと思ったんだが……」

「もうやめてくれよ。これ以上戦いたくない」

「『お前を殺してしまうから』とでも言うつもりか? お優しいね、巨神の子は。だがな、俺はまだまだ遊び足りないんだよ……!」


 なおも動こうとするフェイタリティの体が止まった。起き上がろうとする手足に、白光を放つ触手が絡みついていた。


「なっ……?」


 とっさに引きちぎろうと体を動かすが、光は軟体動物のように体をくねらせつつ、さらに巻き付いていく。

 光はついに体中に幾重にも絡みついた。そのまま役目を終えたとばかりに光が消え、灰色の拘束具と化して完全に動きを掌握した。


「これは……!」

「そこまでにしてよ、おじさん」


 ミカヅチは声のした方向に顔を向けた。レディ・クロウは雑草を避けるように宙に浮きながら前進し、ミカヅチとフェイタリティとクロウ自身で、ちょうど正三角形の頂点を取る位置まで来て止まった。


「ボクの魔術が生み出した鎖さ。いくら有名なフェイタリティだからって、そう簡単には切れないよ」


「クロウ、他の連中は? 大丈夫か?」

「あのねェ、ボクってこれでも超一流の魔術師だよ? あんなボンクラ連中じゃ、ボクに傷一つつけられないっての。全員縛って寝かせてあるよ」


 確かに言うだけはあって、クロウの体にも衣装にも、傷どころか埃すらついていない。一体どんな戦い方をしたのか、少しだけ興味があったが、今話している暇はなかった。


「さて、問題はこっちだね」


 ミカヅチとクロウはフェイタリティに向き直った。


「あんたの依頼人は誰? 一体何の目的でコイツをさらおうとしたの?」


 コイツ、とミカヅチを指さしながら、クロウがすごむ。だがフェイタリティはかすかに鼻で笑うだけだった。


「お前ら相手に話す気にならんな」

「へェ? 言うまでぶっ飛ばしてやってもいいよ?」

「お前にできるのか? もうこの状況から、俺には何もできないと思うか?」


 既に状況は決したと言ってもよかった。しかしそれでもなお、フェイタリティの言動は変わらず、自信に満ちていた。


「どうせ退屈続きの人生だ。遊び相手のいるうちに、もっと遊びたいもんだね」

「いいえ、もう終わりよ」


 凛とした声に、その場にいる皆が反応した。

 規則正しい足音を立てて、こちらに近づいて来る姿は、その場にいる皆が知る、伝説の戦士の姿だった。


「ティターニア!」

「ティターニア……!」


 ミカヅチとフェイタリティ、二人が異口同音にその名を呼んだ。 


次回は25日(金)21時頃予定です。


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