07 危険をまとった男
車から乱暴に引っ張り出された。
大は左右の腕を掴まれたまま、無理矢理歩かされた。車に乗っている間、両腕は後ろ手に縛られている。視界は塞がれているが、隣から凛のくぐもった声が聞こえるのが、わずかな救いだった。
少なくとも、二人ともまだ生きている。
左右の動きが止まった。膝裏を蹴り飛ばされて、大はそのまま膝をつく形になった。コンクリートの床に足をぶつけ、激痛が走る。
覆面をむしり取られると、光が不作法に目を突き刺してきて、大は思わず顔をしかめた。
やがて光に慣れ始めて、大は周囲を確認した。
コンクリートに囲まれた、殺風景な部屋だった。壁紙も照明もなく、前方の壁が全て窓になっていて、そこから光が室内に入ってきている。窓ガラスはいくつかひび割れていた。手入れなどは長いことされていない、廃墟であるらしい事は見て取れた。
窓の外に広がる青い空は美しく、自分たちが置かれている状況を忘れてしまいそうだ。その青空と大達の間に、無機質なパイプ椅子が一つ置かれていた。
「乱暴な真似をして悪かったな」
背後から男の声がした。大達の隣を通って歩を進め、パイプ椅子に座り、大達と向かい合う姿勢を取った。
男の顔を見た時、大の記憶が刺激された。凶暴な気配を秘めた男の顔を、大はかつてどこかで見た気がした。
「……フェイタリティ……?」
脳内の古い記憶の壺からこぼれ落ちた名を、大は思わず口にした。
周囲の男たちに緊張が走った。全員ヘルメットで顔を隠しているのに、うろたえているのが感じ取れるほどだった。
目の前の男は多少の驚きと興味深さを、眉を上げて表現した。
「俺の通り名を知っているのか」
そう言われて、大の頭に後悔が押し寄せた。自分を拉致した相手の事を知っていると口にするなど、危険を呼ぶ要因でしかない。
だが今更ごまかすわけにもいかない。大は正直に、知っている理由を口にした。
「その……、昔、子供の頃に見た気がした、から」
「子供の頃?」
「ティターニアとあんたが戦っているところを、見たことがあったんだ。当時、俺は八歳で、確かあんたは、魔術師か何かと組んでた」
嘘ではなかった。大の幼い頃に、魔術師が子供を拉致し、巨大な儀式の生贄にしようと企んだ事件があった。その時に彼、フェイタリティが魔術師の用心棒として雇われていたのである。
その後、ティターニアと彼女の仲間達の手で子供達は助け出され、魔術師は獄中に送られた。フェイタリティはティターニアと一騎打ちを行い、彼女に敗れ逃げ去った、と記憶していた。
子供心に、彼の鬼神を思わせる戦闘力に恐怖を感じたのを、大はよく覚えていた。彼の機嫌を損ねたら、それこそ瞬き一つで命を奪われてもおかしくないのではないか。未だにそう感じさせる、強烈な記憶だった。
当時を思い返すように、フェイタリティは薄く笑みを浮かべた。
「なるほどな。懐かしい話だ。あの頃は俺もあいつらも若かった」
しかしすぐに表情を変えて、ちらりと凛の方に目を向ける。
「で、お前ら。この女は何故連れてきた?」
凛を捕まえている男たちは、あからさまに動揺した甲高い声で答えた。
「し、仕方ないだろう? こいつが標的から離れねえから、一緒に連れてきた方が手っ取り早いと思ったんだよ!」
「それに、標的と一緒にいたんだ。こいつもティターニアの関係者かもしれないし……」
「お前ら、馬鹿か」
分厚い刃物を突き刺すような声で、フェイタリティは言った。ひどく不機嫌になっているのは明白だった。
「適当な仕事しやがって。余計なものが増えれば不確定な要素も増える。わざわざ危険を呼び込みたいのか」
「う……」
「俺も耄碌したな。急ぎの仕事とは言え、もっと雇う相手を選ぶんだったよ」
舌打ちの音は大きく、苛立ちがこの場にいる誰にも感じ取れた。
「あなた、ティターニアに会いたいの?」
恐る恐ると言った感じで、凛が口を開いた。
「でも、なんで今さら? ティターニアが姿を消して、もう八年くらい経つでしょ? ボクらを捕まえておびき寄せるにしたって、そんなの無理だよ」
「そうだな。普通に考えればそうだ。だが、そうじゃないことを、そこの小僧は知っている。そうだろう」
フェイタリティが冷たい目で大を見下ろす。ただそれだけで、大の背中に冷たいものが走る気がした。
「この間ニュースにもなっていたな。人を竜に変える事件、そこでお前はティターニアに助けられた」
「……」
「黙っていても無駄だ。映像が残っている。そして、お前が超人だという事も分かっている」
大の心臓が高鳴った。返答できずにいる大を見て、フェイタリティが軽く鼻で笑った。
「汗の匂いが強くなった。動揺しているな」
「それは……」
「映像じゃ、お前は巨神の子を思わせる姿をしていた。どうなんだ? お前はティターニアと何か関わりがあるのか? お前も巨神の子なのか?」
どう答えればいいのか、大にはわからなかった。あの時の力が何であるのか、大も知りたいほどだ。だがここで「わからない」と答えて、彼が満足するとは思えない。
耳元に風が吹いた。少し考えて、大は口を開いた。
「あんたの目的は、一体何なんだ。ティターニアに復讐したいのか?」
「復讐? どうかな。俺もあいつに何度かしてやられた事がある。恨みがないと言えば嘘になるな。だがどちらかと言うと、また会いたいというところだな」
「会いたい?」
「ああ。あの頃は楽しかったからな」
フェイタリティの声は、本当に当時を懐かしんでいるようだった。
「次々生まれる超人ども。シュラン=ラガの侵攻で世界中が大混乱。毎日が混沌としていた。そんな中で、あいつらは生真面目に正義や平和を求めてた。そんなあいつらと戦うのは楽しかったよ」
一転して、はあ、とフェイタリティが溜息をついた。
「だが、シュラン=ラガとの戦いも終わった。ティターニアは消えた。あいつの仲間は正体を明かし、表舞台に立った。超人を管理する組織の中で、小役人に甘んじる奴も出た。祭りは終わった」
「……」
「祭りが終わってからずっと、俺は退屈なんだ。それが今回仕事を始めた理由さ。またティターニアや、ティターニアと同じ巨神の子に会えるなら、そう思った。そういう意味じゃ、俺はお前に期待してるんだよ」
「……じゃあ、あんたの願いは叶う、かもね」
大の言葉の意味を探るように、フェイタリティは目を細めた。その時だった。
「おい、あれ……!」
「嘘だろ……!?」
周囲にいた男たちが声を上げた。つられてフェイタリティも背後を振り向く。
そこには一人、青き衣と紅の仮面を身に着けた、女戦士が立っていた。両手を上げて構えをとると、白銀の手甲が陽光を受けてきらめく。
この場にいる誰もが知る、偉大なる巨神の娘の姿だった。
「ティターニア!?」
フェイタリティも反射的に立ち上がり、構えを取る。それと同時に、凛が裂帛の気合を込めて、鋭い声を発した。
「BEWARE!」
途端に、大達の周囲に烈風が吹き荒れた。突如として小型のハリケーンが生まれたようなその勢いに、覆面の男たちは皆吹き飛ばされ、転がった。
「ぬう!」
フェイタリティだけは軽くステップを踏み、その場で風の勢いを凌ぐ。風が収まり、室内が元に戻った時、既に大と凛、二人の姿はそこになかった。
「ったく、鈍ったもんだな、俺も……!」
声に自虐と、わずかに興奮の色をにじませながら、フェイタリティは言った。
ティターニアの姿も、既に幻となって消え失せていた。
次回は21日(月)21時頃予定です。
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