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06 魔法使い、支倉凛

 凛が紹介した中華料理店は、昼時でそこそこの混雑を見せていた。ちょうど空いていた窓際の席に二人で座り、適当に料理を注文する。


「それにしてもさァ。でかいね、キミ」


 注文を待つ間に、凛がしみじみといった感じに口を開いた。


「身長いくつ?」

「百八十二だったかな」

「うわー、いい感じの数字じゃん。ボクにちょっとちょうだいよ」


 そういう凛の背丈も、女性の平均身長からすれば別に低いわけではない。とはいえ、大と並ぶと頭ひとつほど差がある。


「そのくらいあれば、特に問題ないだろ。バレーとかバスケでもやってんの?」

「そうじゃないんだけど、やっぱり背が高い方が見栄えがいいというか、ハッタリが効くって言うかさァ。綾さんくらい欲しいよね」

「うん……?」


 言っている事が上手く掴めなかったが、大達の前に料理が届いた為、そこで一旦話を打ち切った。


 酢豚に炒飯、ついでに付け合わせのスープ。凛がおすすめしていた品だが、なるほどおすすめするだけの事はある味だった。


「それでさ、キミと綾さんって、どこで知り合ったの?」


 炒飯に口をつけながら、合間合間に凛が尋ねた。


「元々は俺じゃなくて、俺の伯父さんが綾さんと知り合いだったんだよ」

「伯父さんが。高校の同級生とか?」

「いや、綾さんが高校生の頃、伯父さんは当時大学生だった。それから警察官になってさ」


 伯父が綾といつ、どこで知り合ったのか、大はよく知らない。何度か尋ねはしたが、いつもはぐらかされて終わっていた。


「まあ、当時はシュラン=ラガの侵攻もあったし、事件に偶然居合わせて知り合ったのかな、くらいに思ってたよ」


 異次元からの侵略者、シュラン=ラガ。十数年前に突如として現れたその帝国は、人類と数年がかりの争いを繰り広げる事になった。当時はティターニアを始めとする多くのヒーローが世間に現れ、大小様々な形で戦いを続けたのだ。


 伯父は正義感の強い男だった。自分の手で戦う事はできなくとも、誰かを助けようと動く人だった。そんな伯父の姿に綾達も共感したのかもしれない。ただの夢想でしかないが、いかにもありそうに思えた。


「当時、綾さんはタイタナスからの留学生だった。母親が日本人だから、日本の事を知りたくて留学したとか言ってたな」


 綾はそのまま日本の大学に進み、タイタナスの在日大使館で職員として働くようになった。会えなくなる時期もあったが、それでも気づくと大の近くにいてくれた。

 この世に縁や運命というものがあるならば、この縁はできる限り大切にしたい。大はそう思うのだった。


「へぇ……。綾さんの高校生の頃とか、全然想像できないわ」

「綾さんはずっと変わらない。綺麗なままだよ。なんていうか、自分の一番素敵な姿ってのが分かってるんだろうな。それで、その姿に向かって努力するのが楽しいタイプ、っていうか」

「……へぇ~?」


 今度の”へぇ”は、やけに意地悪そうな響きだった。凛のニヤニヤ笑いに、大は思わず聞き返した。


「なんだよ」

「いやいや、別に。綾さんの事を話す時、やけに楽しそうだなと思って」

「そんな、そうかな……」


 言い返す言葉が見つからず、大はコップの水に口をつけた。凛の笑いが更に大きくなり、大は頬が染まるのを感じた。


「それより、そっちはどうなんだよ。君と綾さんってどう知り合ったんだ?」

「うん、実はね。ボクって魔法使いなのさ」

「魔法使い?」


 大は顔をしかめた。

 ティターニアをはじめとする巨神の子や魔術師達、こういった超常的な能力を持つ者達を、世間では超人(メタ)と呼んでいる。ここ四半世紀で、超人は増加の一途を辿っている。既に超人を管理する為に、国が民間と協力し、専門の機関を設けていた。


「まあ、超人の中にはそんな連中もいるって聞いたことはあるけど……」


 この世の物理法則を捻じ曲げ、霊的な力を行使する魔術師の集団は、ごくわずかだが存在する事が、シュラン=ラガの侵攻から、世間に知られる事となっていた。

 その実力は個人によって様々で、ちょっと的中率の高い占いをする程度から、嵐を呼び雷を落とす者までいると聞く。今ではテレビのバラエティ番組でも、特集をやっているほどだ。

 とはいえ、実際に見るのは大も初めてだった。


「でさ、ボクのお師匠様が綾さんと顔なじみで。その縁で色々相談に乗ってもらったりしてたわけ」

「綾さんに魔法使いの知り合いがいたなんて、知らなかったな」


 綾も交友関係は広いし、そういった知り合いがいてもおかしくはない。実際に、大も面識のある超人の知り合いが何人かいる。

 何の意図もない呟きだったのだが、凛は不思議そうな顔をして大を見つめた。


「いや、だって綾さんだよ? そういう仲間が大勢いて当然でしょ?」

「そうか?」

「だってさァ……」


 と、そこで凛は何かに気づいたようだった。語りたい口を引き絞り、何か悩んでいるような顔をする。


「んー……?」

「どうした?」

「……いいや。なんでもない。忘れて」

「なんだよ、気になるな」

「いいから、ほら、ご飯食べちゃお」


 食事のピッチを上げる凛を不審に思いながら、大も結局食事に精を出すのだった。


 食事を終えて、二人は外に出た。

 話をしてみると、凛とは意外と気の合う相手だった。互い予定もないし、このまま分かれると言うおもつまらないので、どこか遊びに行くかという事になった。


「とりあえず駅前に行く? この辺大したとこないし」

「いいよ。任せる」


 二人は通りを歩きだした。昼時という事もあって、店が面している歩行者天国は人でいっぱいだ。すいすいと人混みを縫うように進んでいく。

 通りを歩きながら、大は先程の件を考えていた。


 綾に超人の知り合いがいる、これは大も知っている事だ。その中には、大も面識のある相手が何人かいる。

 今の時代、超人が知り合いにいる、という事は、有名人が知り合いにいる、という程度の意味合いでしかない。テレビのバラエティ番組を見ていれば、超人がその力を披露する事もある。


 しかし、凛の言った言葉のニュアンスは、綾に特別な何かがあるから超人に知り合いが多い、と言っているようだった。


 特別な何か、それはつまり、綾も超人という事だろうか。

 大も綾と長い付き合いだが、綾が超人だという話は聞いたことがなかった。それなのに、凛が綾の『特別な何か』を知っているという事が、大としては少々悔しいものがあった。


「こっち行こう、こっち」


 凛の声に、大は我に返った。凛が左手の角を指差す。どうやら人通りの多さに辟易したらしい。

 そのまま凛に従って左に曲がる。このまま進めば市内を東西に貫く大通りに出るが、その間はあまり人目を惹く建物もなく、一気に人が減っていた。


 不意に、大の頭の奥にしびれるような感覚があった。軽い耳鳴りと共に、しびれは体の右前面へと移っていく。


(何だ?)


 歩を進める毎に、その感覚は強くなっていく。まるでそのしびれが、前方に何かがある、と伝えているようだった。

 大は前方を見た。ちょうど突き当りの丁字路から、白いバンが曲がってこちらへと来ようとしているのが見えた。


 しびれはあのバンを指している。そう感じられた。だが何を伝えようとしているのかがわからない。

 違和感が強くなり、大は足を止めた。


「どうかした?」


 凛が数歩前で足を止め、こちらを振り向く。

 その瞬間だった。通り過ぎようとしていたバンが急停止し、突然扉が開けられた。


 車内からフルフェイスのヘルメットを被った者達が飛び出した。

 二人が凛の体を掴み、一人が布で頭を覆う。背後から完全に不意打ちを食らった凛は、布越しにくぐもった声を出すばかりだった。


「凛!」


 大が叫ぶ時には、他の二人が迫ってきていた。凛と同じように掴みかかろうとしてきた男を左に動いてかわし、凛を掴む男たちを蹴り飛ばそうと走ったところで、大は左腕を別の男に掴まれた。


「くそっ!」

 

 なおも動こうとすると、先程かわした男が迫っていた。右のボディブローが決まり、激痛に声が漏れる。

 拉致? 誘拐? 助けを求めようと声を上げる直前、視界が塞がれた。凛と同じように、顔に袋を被せられたのだと気付く。

 大の体は乱暴に引っ張られ、動きを取れないように全身を固められた。鼻腔が異臭を捕らえた時、エンジン音が振動と共に聞こえた。


 二人でどこかへと連れ去られる中、大はあの時感じたしびれは、身に近づく危険を知らせようとしていたのだと感じていた。


次回は20日(日)21時頃予定です。


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