05 新生活と新たな友人
今この瞬間が、おそらく俺の人生のピークだ。
スニーカーを脱いで部屋に上がった時、大はそう思った。
綾が家に来てから数日後、大は綾の住んでいるアパートに来ていた。
情けない話だが、女性の住む部屋に入るなど大にとっては初体験である。綾の性格が出ている、あまり飾り気のない部屋だが、それでも部屋に入った途端、空気からして違うように思えた。
目の前のリビングにはローテーブルとソファが並べられていて、隣にはきれいに片付いたダイニングとキッチンがある。奧の壁には左右の端に扉があり、ここのどちらかが大の寝室になるのだろう。
どこか異国の香辛料の匂いがした。住んでいた親戚もタイタナス人だったのだろう。二人がどんな生活をしていたのか、少し興味が湧いた。
「思ってたのと違ったらごめんね。お金の問題もあるし、あんまり大きな部屋は取れなかったから」
「全然、何も気にしてないよ! むしろ予想よりずっといい!」
大学生の一人暮らしとなれば、ワンルームタイプの安い部屋が基本、くらいに考えていたのだ。大からしてみれば、この状況は極上のスイートルームにすら見える。落胆など欠片もない。
「荷物は後で送ってもらう予定で良かったよね」
「うん。何日か着替えを持って来てるから、宅配便が来るまでは大丈夫だと思う」
大は肩からかけているスポーツバッグを軽く叩いた。
「大ちゃんの部屋は右の方ね。今日のところは何もないけど、後で布団くらいは買いに行きましょうか」
「いいの? ありがとう」
ひとまず部屋に入って荷物をおろし、大は一息ついた。六畳一間の寝室は綺麗さっぱりと片付いており、以前に使っていた人の痕跡もない。
これから当分、ここが自分の城になる。そんな事を考えて、大はおかしくなった。少し前からして実家暮らしの予定だったのに、完全に浮かれている。
事実、綾からルームシェアを提案されて以降、大は興奮しっぱなしだった。どんな生活が待っているかと夢想し、過激な妄想に苦笑する事も度々だった。
しかし、むしろ大変なのは今日からなのだ。綾からしてみれば、大との同居はただの気まぐれだろう。大の素行次第ですぐに放り出される事になってもおかしくない。
だらしない姿、みっともない姿は見せられない。これからの生活は緊張に満ちたものになるはずだ。
(頑張ろう)
心中で決心しつつ大が居間に戻った時、玄関のドアチャイムが鳴った。綾が駆け寄って扉を開ける。
底抜けに明るい声が、室内まで届いた。
「ちィーす、綾さん元気?」
「凛。もう着いたの?」
「今日暇だったからね。綾さんにお願いされるなんて久しぶりだし」
凛と呼ばれた女は、綾と共にそのまま部屋に入ってきた。
現れたのは、大と同年代らしい少女だった。背は綾より小さく、160そこそこといったところか。赤みがかった濃茶のショートヘアはどうやら地毛らしい。小顔にはくりくりとした目がきらめいている。
ハーフパンツにパーカーを羽織ったカジュアルな格好も相まって、一見すれば少年と見間違える者もいることだろう。
凛は大の姿に気付いて、綾に尋ねた。
「綾さん、この人が、話に聞いたあの人?」
「ええ。国津大ちゃん。大ちゃん、この子は支倉凛。私の友達の知り合いで、前から付き合いがあるの」
凛は興味と好奇心に輝く目で大を眺めた。
「えっと……よろしく、支倉さん」
「カタいなァ、凛でいいよ、凛で。四月から同期なんだし」
「同期? 比良坂大なのか?」
「そ。ボクは理学部」
「俺もだ」
「そうなの? それじゃラッキーだったね。講義で困った時はよろしく」
凛は気軽に言った。二人の様子を見ながら、綾が口を開いた。
「ふたりとも同じ大学に行くんだから、知り合いは多い方がいいと思ってね。会いに来ないかって、私が誘ったの」
「綾さんが男とルームシェアするって言うから、一体どんな奴なんだろって思ってさァ。ま、ちょっとキョドってるとこあるけど、悪い奴じゃなさそうだし、仲良くやろうよ」
「割とずけずけ言うんだな、君」
「ごめん、気をつけてるつもりなんだけどさ」
あはは、と軽く笑い飛ばされて、大はつられて苦笑した。
「じゃあ、三人でお昼でも食べに行く? 私が車を出すから」
「いいの?」
「いいですねェ! どこに行きます? ボクは中華がいいなァ」
大と凛が言い合いながら外に出ようとした時、綾のスマートフォンが鳴った。
取り出して画面を見た綾が、一瞬険しい表情を作った。
「ごめんなさい。ちょっと急ぎの用事が入っちゃって。ちょっとお昼は行けそうにないの」
「えー?」
「そんな」
同時に残念がる二人に、綾は申し訳無さそうに言った。
「また今度奢るわ。大ちゃんはお昼どうする? どこか食べに行く?」
「そうだね、どうしようかな……」
一応財布の中に、それなりに生活費は入っている。ただ周辺の地理にはあまり明るくないし、かと言って来たばかりの部屋のキッチンを使うのも、少々気が引けた。
「この辺でどこかいい店があるかな」
「ああ、じゃあボクがいいとこ紹介するよ」
大の隣で凛が言った。
「このままお別れってのも寂しいし。せっかくだから一緒にお昼食べようよ」
「いいのか?」
「水臭いなァ。どうせこれから四年間、一緒に大学生活を送る中じゃない」
そう言われると、特に断る理由もなかった。大としても友人が増えるのはありがたい。
「じゃあ、そうしようか。どっかいいとこ教えてくれよ」
「了解了解」
「お願いね、凛」
ほんの一瞬、凛が綾に軽く目配せをしたように、大には見えた。少し気にはなったが、先に部屋を出る凛と空腹に急かされて、大は疑問を忘れるのだった。
次回は19日(土)21時頃予定です。
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