14.仮面の謎
騒ぎもいったん落ち着いて、大達は再度席につき、今後について話し合う事にした。
一輝は大の向かいの席で、大の隣に座った綾をちらちらと見ている。大との関係について、ティターニアとの関係について、聞きたい事が色々とあるのだろう。ついでに綾の美しさに見惚れているのもあるかもしれないが。
綾とティターニアについて、大としては当分はノーコメントを貫くつもりだった。綾本人が言うつもりでない限り、どんなにばればれでも言うつもりはない。嘘をつくのも難しいし、そもそも上手く取り繕う自信もなかった。
「それで、大ちゃん達が会ったっていう怪物だけど。凛、絵を見せてくれる?」
「はい」
凛は紙ナプキンを机の中央に広げた。投影魔術によって描かれた獣人の姿は、生々しい筋肉の曲線や角ばった髑髏のような仮面、風になびく長髪と細かいところまでリアルに描かれていて、今にも飛び出てきそうな見事さだった。
「凛ってマジで魔法使いだったんだな……」
初めて凛の術を目の当たりにした一輝が、感嘆の声を漏らした。
綾は絵を手に取るとしげしげと眺め、妙なものを見つけたように顔をしかめた。
「まるでジャグー・バンみたいね、これ」
「ジャグー・バン? なんですそれ?」
「タイタナスの伝説にある怪人の事だよ」
大が答えた。
一般にはジャグーと呼ばれる怪物である。体毛が薄く、骨に皮が張り付いたような顔をした、巨大な大猿によく例えられている。好んで人を食うと言われ、若き日のラージャルが退治したという伝説に登場した一体は、特にジャグー・バンと呼ばれていた。ラージャルがジャグー・バンを退治したと伝わる場所は、タイタナスの観光地の一つとしても有名だ。
「ちょっと待てよ。ジャグーって伝説の怪物なんだろ? そんでラージャルって歴史上の人物なんだろ? なんでジャグーを退治したなんて伝説があるんだ?」
一輝が口を挟む。
「そこはまあ、三蔵法師は実在するけど、孫悟空も猪八戒もいない、みたいなもんで。あくまでフィクションというか。ラージャルって昔から人気がある英雄だから、結構無茶苦茶な逸話とか伝説があるんだよ。十三の時に素手で熊を殴り殺したとか、軍神と契約してたとか、自分のお気に入りの配下もその軍神と契約させて、結果怪物の軍団を率いてたとか」
「眉唾だなァ」
凛がうさんくさそうに半眼になった。
「ともかく、最近の葦原市において、ラージャルに関係したものや人物について、何か妙な動きが起きている事は事実だわ」
話を戻す綾に、全員が同意した。
「その秋山君だけど。彼がジャグー・バンに変身したっていうのは本当なの?」
「ボクらは秋山君が変身する瞬間を始まりから見たわけじゃないけどね。少なくともボク達が部屋に入った時、秋山君が降霊会で配られてた仮面を被ってみたら、怪物に変身したみたいに見えた」
「仮面を割れば変身も解けたしな。仮面が引き金なのは間違いないと思う」
凛の説明に大が補足する。綾はうなずき、
「仮面を被れば怪物に変身するのが事実として、どうしてそんなものを降霊会の人が配っていたの?」
「あの巫女さんが元凶なんじゃないスか? 守護霊を降ろして人を助けるなんてのは真っ赤な嘘で、人を操って怪物に変えるとか。あの仮面がそのスイッチか何かで、被ると洗脳されちゃうとかさ」
一輝の仮定はそれなりに筋が通っている。幸太郎を怪物に変えた犯人として、一番怪しいのは那々美だ。だが大には、どこか納得いかないものがあった。
「……そんな事、あの人がするかな」
大が那々美と出会った時間は、正味三十分とかかってないだろう。会話も大して行ったわけではない。だが大は、那々美が自分の行いが真に人の為になると信じてやっているように感じられた。
思わず漏れた言葉に反応して、綾たち三人の視線が大に集中する。
「意外ィ。大ってああいう子信じちゃうタイプだったんだ」
「なんだよその言い方……」
「まあまあ。大ちゃんがそう考えるならそれもいいと思うわ。それで、大ちゃんはどうしたいの?」
綾に取りなされ、大は黙考した。自分達は警察とは違う。犯罪が起きたからと言って無理にかかわったり、解決しようとする義務はない。
だが、何かできる事をしたかった。そうしたいと思うからだ。
「犯人を探したい。幸太郎を怪物に変えた奴を突き止める。たとえ無理でも、無意味でも、自分にできる限りの事をしたい」
「うん。それでいいと思う」
大の言葉に、綾は嬉しそうに頷いた。
──────
次に開催される降霊会の日時と場所を探し出すのは、さほど難しくはなかった。ネット上には小さいながらも公式サイトが存在していて、会の日時が記載されていたのだ。それに加えてSNSでも降霊会の参加者が紹介していたり、既に那々美の知名度はかなり上がっているらしい。大達はあっさりと降霊会の会場へと向かう事ができた。
前回来た時と同じく、那々美たちは降霊会の会場として市の施設を借りたらしい。こじんまりとしたビルの出入り口に、何人もの人が入っていくのが見えた。
「ねェ、それでどうするつもりなのさ?」
ビルへと渡る横断歩道の信号が変わるのを待っていた大の隣で、凛が心配そうに尋ねた。その隣で一輝も目を向けている。
綾は今回は仕事があり、参加はできなかった。大としてもこのまま綾がついてこられるのはどことなく気恥ずかしさがあり、少し安心しているところもあった。二人きりで行動するならともかく、凛達が一緒にいると、まるで保護者同伴のような雰囲気になってしまう。
「日高那々美に、今回の事件について何か知ってる事がないか聞いてみる」
「それは分かってるってば。昨日そういう話になったんだから。話を聞くのはいいとしてさ、大ってこないだ、那々美さんを気絶させちゃったじゃん? 多分出入り禁止になってるんじゃない? 無理に入ったら警察呼ばれたりするかもよ」
「他の人にばれないように会う。断られたらしょうがないけど、何とか頼んでみる」
「うーん……」
簡潔に語る大に、凛も降参とばかりに嘆息した。
「分かった。もうしょうがない。最悪でも警察は呼ばれないようにしてね」
「おいおい、それでいいのか?」
一輝が声を上げるが凛はあきらめた顔で、
「こりゃァ駄目だよ。完全に変なスイッチ入ってる。とりあえずやらせるしかないよ。ボク達がフォローしよう」
「そんなんでいいのかよ……」
信号が変わって、大は歩を進めた。横断歩道を渡りきると、会場のあるビルまでは二十メートルもない。
行こうと心を決めたところで、背後から一輝の声がした。
「国津、バレないようにっていうけど、具体的にどうやるんだよ」
「ああ、見てれば分かるよ」
大は応えながら、ポケットからイヤホン型の通信機を取り出した。ヒーロー同士で連携を取る為に『アイ』から配られた小型通信機だ。以前に市内全域に広がる事件が起きた際に、大と凛も解決に協力し、その際にもらったものだった。
凛も心得たもので、大が何か言う前に同じ通信機を取りつけていた。
「外で何かあったら連絡するから。そん時は急いで出てきてよね。捕まるのだけは絶対避けてよ。あくまで人に会いに行くだけ。犯罪に繋がる行為はNGだからね」
了解、と大は答えて、ちょうどおあつらえ向きな建物と建物の間に身を隠し、意識を集中させた。できるだけ力を使う瞬間を人に見られたくない。
一秒と経たずに、力が発動する感覚が体に走った。一瞬陽炎のように視界が歪むと元に戻る。果たして思った通りの事がができているかは、目の前の一輝の顔を見れば一目瞭然だった。
「おい、消えたぞ? どうなってんだ一体?」
「俺がここにいないって幻を見せてるんだよ」
大が巨神の加護を得て以来、同時に手に入れた力だった。
通常巨神の加護は肉体の内側に働くもので、肉体の外に働くのは戦装束や武具を与える程度だ。大はそれに加えて、周囲に自分が望む形で幻影を生み出す事ができるのだ。綾はこの力を、巨神の力が拡張されたものではないかと考察していたが、真実は定かではない。どんな理由にしても、色々な形で使えて便利なものだ。
「それじゃ、ちょっと行ってくるから」
「あくまでも丁寧に、てーねーにお願いしてよ。警察沙汰なんてボクは嫌だからね!」
「俺だっていやだよ」
苦笑しながら、大は歩き始めた。人や車を意識して、いつもより周囲に注意して進む。周囲に大の姿が見えていないという事は、大を気にせず突っ込んでくる可能性もあるという事だ。建物に入る前に交通事故にでもなるのは勘弁だ。
建物の周囲にいる人はだいぶまばらになっていたが、ぶつからないようにできるだけ端の方を進んでいった。




