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16 きっと大丈夫


 ザティーグが動いた。両腕のリングを展開し、頭部の角が雷を弾き始める。全身の装備を全て展開し、一気にミカヅチを駆逐するつもりだ。

 大気をつんざき、リングが放たれた。ミカヅチはリングを棍で弾きながら、前に突進する。放たれたリングは一旦戻り、再度発射しなければ威力を失う。その間は大きな隙だ。

 ため込む雷を放つ前に、何とか一撃を放ち動きを止める。


 距離を半分ほど縮めた時、ザティーグの口が開いた。細かく刻まれたスリットから、音波兵器の絶叫が放たれる。

 激しい超音波が耳をつんざき、全身を震わせた。衝撃に数瞬、ミカヅチは体を止めた。


(まずい)


 ダメージはほとんどない。しかし、相手に雷を溜める隙を与えてしまった。ザティーグの頭部に雷球が生み出され、大気に無数の放電が起きる。

 次の一手をどうするか、ミカヅチは本能に任せて行動を決めた。

 

 円を描くように右に向かって走るミカヅチの影に向かって、ザティーグの雷球が放たれた。無数の蛇となって絡みつき、閃光が影を飲み込んでいくのを、その場にいた者達は確かに見た。


「ああ!」


 両手で顔をかばいながら、不二が思わず悲鳴のような声を上げる。その隣で、静流も体を縮こませながらも、轟音に負けない気合を込めて叫んだ。


「メインユニット! 胸のユニットを壊して!!」


 必ず自分の声を聞き、彼を助けてくれるはずだと、そう信じて必死に叫ぶ声を、ミカヅチは宙を舞いながら聞いた。

 一瞬だけ産み出した幻を雷の囮にして、ミカヅチ本人は一瞬早く跳躍したのだ。


 落下しながら、両手の棍を鋭い剣へと変えていく。

 ザティーグが気付き、頭上に目を向けた。迎撃しようとリングを向ける。


 二つの影がぶつかり合い、激しい金属音が鳴り響いた。

 動きが止まり、やがて動き出した。

 赤銅色の巨体がくずおれて、胸に白銀の剣を突き刺したまま、大の字に倒れた。


 完全に動きを止めたザティーグをしっかりと確認して、ミカヅチは長く、太い安堵の息をついた。力が抜けて、思わずへたり込む。危険な相手を止められて、いまさら全身から冷や汗が流れた。


 周囲に目をやると、ラザベルとティターニアの戦いも完了したようだった。元の姿に戻ったエルと、ティターニアがこちらに駆け寄ってくる。


「ミカヅチ」


 背後から声をかけられて、ミカヅチは振り向いた。灰堂、計雄、不二、そして静流が、皆一様に安堵の空気を漂わせてミカヅチを見下ろしていた。


「よくやった」


 灰堂が言った。口調は普段と変わらないが、暖かい声だった。


「このくらい、大した事ないですよ」


 少々痩せ我慢をしているな、と感じながら、ミカヅチは立ち上がった。朝から何度も戦い、戦闘中に幻も出したので、体力的にも精神的にも疲労を感じる。しかし期待に応えられたが嬉しくて、疲れの中に心地よさがあった。

 灰堂はミカヅチに軽く微笑みかけ、ザティーグを見下ろした。


「ひとまず、問題が一つは解決した。もう一つは、果たしてどうかな」


 びくん、とザティーグが動いた。緊張が走り、皆が後ずさる。ティターニアとミカヅチは棍を握り、臨戦態勢に入った。灰堂ですらいつでも動けるように、軽く身を縮める。


「大丈夫」


 ただ一人、静流がザティーグの脇に屈んで、鉄の腕を両手で握っていた。


「この体の中にはもう、一人しかいないよ」


 静流がそう言った時、ザティーグの顔が動いた。

 状況を確認するように左右に動き、やがて静流に顔を向けた。


「きみ……君、だね。俺を、呼んでくれたのは」

「うん。私は水無月静流。安心して、もう大丈夫だから」


 静流の言葉には、やはり人を安心させる何かがあった。

 瀬戸は安堵の感情を全身で示すように、赤銅色の巨体から力を抜いて、地面に寝そべるのだった。


───・───


 比良坂大学の食堂は、貧乏学生やゼミで休暇もない生徒、教師達などの利用客をもてなす為、長期休暇中も営業中である。平日ほどではないが、今日も室内のテーブルはまばらに埋まっている。

 その片隅で、甲高い声が上がった。


「じゃあ、それでそのザティーグをやっつけちゃったの? それで事件はおしまい?」


 支倉凛は食事の手を止めて、ぱっちりとした瞳を更に大きく広げた。その向かいで、大はうなずく。


「それで、瀬戸さんはなんとか主導権を取り戻した、ってわけ。今は『アイ』で色々調べてもらってるはずだよ」

「ずるくない? そんな大事件があったってのに、ボクを呼ばないなんてさァ」

「いや、だってさ。その日は遊びに出てるって聞いてたから……」


 むくれる凛の視線を受けて、大は思わず語気が弱くなるのだった。


 あの大立ち回りから、三日が経っていた。

 瀬戸は現在『アイ』の本部で保護されている。元の体に戻る事は当然できない。これから彼がどうするつもりかは知らないが、機械の体を受け入れて生きていくことになる。不安は大きい事だろう。


 『アイ』の保護を受けるという点では、静流も一緒だった。

 彼女の体に埋め込まれたザティーグのユニットは、静流の神経組織と深く癒着している。既に五感の異常な発達が見られているそうだった。

 ユニットを外科手術で取り外す事は困難だ。彼女に再び歩く自由を与えたものが、他にどんな影響を与えるか、今後注意深く観察、調査が行われることになるだろう。


「静流も大変だね。足が動くようになったのはいいけど、変なもの埋め込まれちゃってさ。結局メノウってやつの居場所はわからないまま?」

「捜査中だってさ。俺たちもそのうち会う事があったりしてな」


 仮にメノウと言う存在が、綾の言う通り超常的な存在だとするならば、果たしてメノウを止めることができるだろうか。願いを叶える神は今どこにいて、何を考えているのか。それが分かる者は、おそらくこの世にはいまい。


「怖いよね。これから」

「怖い?」


 大は思わず聞き返した。凛から怖いという言葉が出てくるとは、ひどく珍しかった。


「いきなり自分の体に変な事が起きたり、別物になったり。しかもこれから何が起きるかわからないってさ。ボクなら不安だよ」

「そうだな。何か協力ができるか、今度話してみようか」


 考えてみれば、自分たちは幸運な部類だ。大はそう思った。突然超人へと目覚め、それまでと人生が一変したのは静流達と同じだと言える。しかし大には綾が、凛には師匠が、それぞれ導いてくれる先達がいた。

 それに比べて、静流と瀬戸はあまりに特異な状況に置かれていた。


 彼女達がこれから、己に降りかかる困難を乗り越えられるのか、それはわからない。しかし──


「なんか、変に軽くない? のんきって言うか」


 凛が大を見つめて言った。


「静流達の事、あんまり心配してないの?」

「いや、心配はしてるよ、たださ……」


 大は『アイ』本部に送られる時の、静流と瀬戸を思い出していた。瀬戸の後ろ姿は、肩を落とし、これから先を思って疲れ切っているように見えた。しかしその隣で、静流は瀬戸の赤銅色の腕と自分の腕を組んで、ずっと励ましていた。


 ──大丈夫だよ。あたしが一緒にいるから。困ったことがあったら何でも言って。あたし達、きっと仲良くやっていけるよ──


「静流がついてたら、きっと大丈夫だろうなって、そう思っただけだよ」


 二人は互いに協力しあい、励ましあい、自分を受け入れていくのだろう。二人にとって、己の事を最も理解できる者は、お互いに一人しかいないのだから。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。

区切りのいいところまでは投稿しましたので、一旦完結とします。


次回の投稿はどうするか、現在考えているところです。

本作の続きを書く場合は、完結を解除して続きに投稿しますので、その時はまた読んでいただけると嬉しいです。

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