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14 決着をつける為に

 計雄の話が終わり、室内は沈黙に包まれた。誰もが話す事を考える中で、まず大が口を開いた。


「その、……静流さんが歩けるようになったのは、そのメノウってやつが、治療したから、って事ですよね。でも静流さんはさっき、手術を受けて治療した、って」

「そうだよ、パパ。あたし、お医者様に手術を受けたはずじゃ」


 静流も疑問を口にする。計雄は黙って首を振った。


「目が覚めた時、お前も不二くんもそう言っていた。メノウが記憶まで書き換えたのだと思ったよ。本当の事など言えるはずもないし、お前たちに話を合わせていた」

「そんな……」


「それにね。私はお前がまたこうして歩けるようになって、本当に嬉しかった。メノウが何を考えていたのかなど、お前が幸せになれるなら、それで十分だと思った。そう思おうとしていたんだ……」


 家族の為、大切な人のために間違いを犯す事は、誰でもありうる事だ。大もそれをとやかく言うつもりはなかった。問題は、それによって何が起きているかだ。


 大は口を開いた。


「つまり、静流さんはメノウによってザティーグの機械を埋め込まれた。それが静流さんの体に影響を与えてて、しかも別のザティーグが埋め込んだ機械を感知して仲間だと思ってる、って事ですよね」

「そうだな」


 灰堂がうなずいた。


「しかも、襲ってきているやつの中には、これもメノウの手によって人間の魂だか、意識だかが移植されているというわけだ。こんな事、科学者でも魔術師でもやれるとは思えない。一体、そのメノウとは何者なんだ」

「……わかりやすい言葉があるわ」


 ずっと話を聞いていた、綾が呟いた。

 灰堂が綾に顔を向ける。


「それはなんだ?」


「神、よ」


 灰堂は言葉を詰まらせた。


「願いの神、欲望の神、とでも言うべきなのかしら。人の願望を形にする、ただそれだけの存在」

「……またずいぶんと、大きな話になってきたな」

「でも、そう考えるしかないでしょう? 並の超人にこんな事、できるとは思えないわ」


 人の願いを叶える。一言で表すのは簡単だが、メノウのやっている事はまさに人知を超えた行いだ。

 大や綾も、巨神の加護を受け、超人的な力を会得している。だが、それでもできる事とできない事ははっきりとしている。

 メノウのやった事を聞けば、それは超人すら遥かに超えた、まさに神話の神々の行いだ。

 綾がそう言いたくなるのも無理はなかった。


「メノウが本物の神様かどうかは置いといて、どうにかしてザティーグの問題を解決しないといけませんよ」


 大は言った。答えの出ない問題を考えて停滞するより先に、答えの出せる問題を片付ける。目の前の彼らから学んだ事だ。


「このままだと静流さんがまた狙われますし、ザティーグの中の瀬戸って人もどうにかしないと」

「ああ。それにザティーグをこのまま放置しておくと、連合も動くかもしれんな。魂の入った機械人形なんて、奴らからしてもレアものだろう」


 灰堂も同意する。シュラン=ラガが残したラザベルの悪魔を巡って、バルロン達連合との争いが起きたのは記憶に新しいところだ。

 隣で綾が腕を組み、軽く悩み顔を作りながら、


「とは言っても、相手がどこにいるのか分からないんじゃ、動きようがないわ。なんとか奴を突き止める方法を見つけないと」


 少しの間、室内に沈黙が流れる。静寂を破ったのは、エルの軽い声だった。


「なあ、どこにいるか分からねーんなら、相手に来てもらえばいいじゃん」

「相手に?」


 大が尋ねると、エルはああ、と応えた。


「向こうは静流さんを狙ってきてんだろ? じゃあ奴が静流さんを襲うところを待ち構えてりゃいいわけで」


 なんで気付かないんだよ、とエルは不思議そうな顔だったが、皆の表情を見て、自分の言葉がどれだけ浅はかだったか気が付いたようだった。


「エル……。お前なあ、それだけは言わないようにしてたのに」

「一般人に囮を引き受けてくれ、と頼むのはさすがにな」

「二人を引き合わせたら何が起こるか分からないもの。できればそれはやりたくないわ」

「静流様にそのような危ない事はさせられません」


 四方からの集中攻撃に、エルは小さくなりながら、いじけたような顔を見せた。


「いやそんな、そこまで言う事ねーじゃん……」

「私、やりますよ」


 力強い言葉に、皆の視線がエルから静流に移った。静流は皆の視線を受けながら、意志の強い瞳を輝かせていた。


「静流!? お前、何を言ってるんだ!」

「やるしかないでしょ、パパ。ザティーグをどうにかしなきゃ、あたしに安全な場所はないんだから。それに瀬戸さんも助けてあげたいし、やるならできるだけ早くやらないと」


 娘の覚悟を決めた表情に、父親は困惑しきりだ。


「いや、しかしだな」

「パパ、大丈夫だよ。別にあたしは殺されに行くんじゃない。ヒーロー達の活躍を間近で見せてもらうだけ。でしょ?」


 そう言って笑う静流を見ると、大達はただ頷くだけだった。

 どうも彼女には、人をその気にさせる力があるらしい。


───・───


 太陽が沈みはじめ、空が夜を出迎えようとしだした頃。ミカヅチ達は市内外れの採石場に立っていた。

 風も大地も熱を含んでいたが、アスファルトとコンクリートに囲まれた町中よりはまだましだ。もっとも、ミカヅチ達巨神の子は、真夏の日差しを浴び続ける程度で汗はかかないが。


 ミカヅチは所在なさげに腕を組んで、相手が来るのを待っていた。左右にはティターニアとラザベルが立ち、同じく戦いの時を待っている。


「むう……」


 ミカヅチの口から、溜息半分の唸り声が漏れた。


「ん……、なんか、手持ち無沙汰だね」

「ミカヅチ、落ち着きなさい。その話、もう三度目よ」


 ティターニアが苦笑交じりにたしなめた。


 静流を囮にしてザティーグを止める、この作戦を立案してから数時間かけて準備を行い、周辺に被害が出ない採石場を決戦の地と定めたのだ。

 しかしながら、普段は事件に突発的に巻き込まれたり、こちらから攻めにいく立場だったミカヅチにとって、いつ来るかわからない相手を待ち続けるのは、想像以上に苦痛だった。


「そのうち来るわ」

「そりゃ、そのうち来るのは分かってるけどさ、できれば早く来てほしいよ。このまま我慢するのも疲れた」

「俺も、さっさと帰らないとママに怒られそうだな」


 ミカヅチの隣で、ラザベルも口を開く。

 いかに生体兵器として強大な力を持っていても、まだまだ学生だ。しかし、悪魔、魔獣を思わせる凶悪な面構えで門限を心配するラザベルの姿は、見ていて妙におかしかった。


「水無月さん、ほんとに来るのか?」


 ラザベルが静流に声をかけた。ミカヅチ達の背後には、ここまで乗ってきたトレーラーが置かれている。その脇に静流と計雄に不二、そして灰堂が彼らを見守るように立っていた。


「多分。もうだいぶ近くまで来てるよ」


 静流は緊張した様子もないようだった。


「あたしがザティーグに対して念じると、向こうもかすかに声を返してくるの。こっちに近づいてきてるのが分かるよ」

「了解。んじゃ、油断しないで待つか」


 とラザベルが返す。こちらは少々気負いが感じられた。ザティーグが来た場合、実際に戦う頭数に入っているのだから当然と言えるだろう。相手の実力も、前回の戦いで思い知ったはずだ。


「なあ、君。本当に大丈夫なのかね?」


 計雄が灰堂に、心配そうに声をかけた。灰堂はちらりと計雄の方を見て、


「短い時間でしたが、考えられるだけの手は打ちました。後は彼ら次第です」

「しかし……。数が少ないんじゃないのかね。もっとこう、一流どころのヒーローを何人か呼んでくるとか」

「ティターニア以上のヒーローなど、そうそう見つけられませんよ」


「それは……、そうかもしれんが」

「それに、援護する面子は周囲に待機させています。こちらが数を集めているのが分かると、ザティーグが来ない可能性がありますからね」


 ミカヅチ達がザティーグを止める為の作戦を練る際に、計雄も同席していた。当然その事も理解しているはずなのだが、実際にやるとなると不安が拭えないらしい。


「いや、だが……これで娘が守れるのかどうか……」

「彼らは今までも、様々な困難に直面し、解決しています。ザティーグとも今日だけで二度戦って、お嬢さんを守った実績があります。単に倒すだけなら十分にやりきれますよ。それに」


 灰堂はちらりと静流の方を見て、


「もしお嬢さんに危険が迫るようなら、私も出ます」


 計雄は言い返せず、口を閉ざした。日本で最も有名なヒーローの一人にここまで言われてしまっては、さすがに反論などできない。


「できれば水無月さんにこそ、ここから離れてほしいのですが……」

「娘を放置して、私だけ自宅で風呂にでも入っていろというのかね。できるわけなかろう。私が一緒についていなくては」


 鼻息荒く計雄が言った。


「大丈夫だよ、パパ」


 隣で静流が笑いかける。娘の穏やかな声と表情に、計雄も意気をそがれてしまったようで、静流に複雑そうな表情を顔を向けた。


「みんな、すっごいヒーローなんだから。きっとあたし達を守ってくれるよ」

「静流」

「あたし達は信じて待ってれば大丈夫。ね」


 そう言うと、静流はミカヅチ達に軽く手を振るのだった。


「頑張ってね!」


 一人だけ空気の違う静流の言動に、ミカヅチは苦笑した。


「なんか調子狂うなあ……」


 育ちの良さが育んだ気性というのだろうか。鷹揚で人を和ませる稀有な才能を持っているのは間違いない。

 ティターニアもミカヅチと同じような苦笑いを見せながら、ミカヅチに声をかけた。


「慕われてるみたいで良かったじゃない」

「もうちょっと緊張感をもってくれないと、こっちもやりづらいよ」

「まあね」


 不意に、ミカヅチとティターニアは同時に空を見上げた。第六感が刺激され、危険が迫っていると告げられたのだ。


「来た」


 その一言で、求めていた緊張感に周囲が包まれた。

 濃い紫色の空に、赤黒い塊が光条を発しながらこちらへと迫ってくるのが見えた。

次回更新は27日(日)21時頃予定です。


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