12 静流の秘密
大達が『アイ』の本部ビルに到着した時、ザティーグの再度の襲来は、すでに『アイ』の知る所となっていた。
シュラン=ラガの遺物による事件とあっては、『アイ』のみならず、警察から消防、状況次第では自衛隊まで、各所が連携を取り合い、情報共有を密に行わなくてはならない。大達がついた時にも職員が状況把握に大慌てになっているのが見てとれた。
大達五人は『アイ』と提携している病院で、異常がないか簡単な検査を行った後、事情聴取を行うこととなった。
建物内にある小会議室に向かう。あるのは長テーブルと業務用の椅子、そしてホワイトボードだけの簡素な部屋だ。
五人は並んで椅子に座り、テーブル越しに向かいあう形で、担当官の灰堂が席についた。
大まかな内容について話し終えた後、灰堂は静流に尋ねた。
「それでは、ザティーグはあなたの事を、同胞と呼んだわけですね?」
「はい」
静流は緊張した面持ちでうなずいた。ザティーグと遭遇した時の変化は既にない。髪も瞳も元の艶やかな黒色に戻っている。
「私を仲間だと感じてるみたいでした。協力して味方の部隊に戻ろう、そう言って。もうシュラン=ラガが滅んでると私が言うと戸惑って、そんな事はありえない、って」
静流の隣で、エルが口を挟む。
「なんか、昔そんな話がなかったっけ。戦時中に敵地に一人で取り残されて、戦後何年も一人で生きてた人の話」
「見つかった時の事を考えたら、シュラン=ラガの侵攻から十年も水の中にいたわけだからな。世間から取り残されるのも当然といえば当然だよ」
大が相槌をうつ。椅子の背もたれに深く体を預けて、灰堂は深く息を吐いた。
「朝に話を聞いた時は、ここまで大事になるとは思わなかったんだがな」
「あの……、その件ですけど」
「何かな?」
「さっきザティーグと会った時もそうだったんですけど、彼の言葉を聞いたのは、やっぱりあたしだけだったみたいなんです」
先ほどの遭遇の際も、静流が聞いた声は大達は全く聞き取れなかった。しかし静流の体に変化があった以上、何らかの関係があると思うのは当然の事だ。同じ事が二度起こったのだ。単なる偶然や錯覚で片づける事はできなかった。
「一体、何が原因なんでしょう」
静流は灰堂に、おずおずといった感じで尋ねた。
「あたしがさっきやった検査、もう結果は出てるんでしょうか。それで何か、分かってませんか?」
「色々と推測は立てられるんだが、それを話すのは少し後にさせてもらえるかな。他にも確認をとってからの方がいいと思うんでね」
「……わかりました」
灰堂はうなずき、手元のタブレットを操作し始める。
「それで、ザティーグの中に別の人間がいる、という話だが」
「さっき話したばっかりなのに、何か分かったんですか?」
大が言うと、灰堂はああ、と答えた。
「名前を聞いた時に警察に照合を頼んでおいた。捜索願でも出てないかと思ってな。さっき連絡が入ったよ。ちょうど今朝、ザティーグが出てきた頃と同時刻に、遺体が発見されていた」
「そんな……」
静流が青ざめた顔を作る。
灰堂がタブレットの画面を大達に向けた。そこには大学の学生証が写っていた。学生証についている顔写真には、人当たりの良さそうな男の顔が写っている。
「瀬戸良樹、十九歳。明神大学の工学部生だ。路地裏で腹部を刺されて倒れているところを、近所の住人が発見したらしい。カード入れに入っていた学生証から身元が判明した」
「その人が、ザティーグに殺されたんですか?」
大が尋ねる。灰堂は軽く首を振った。
「いや。刺し傷はナイフのようだし、暴行の痕もあった。昨日の夜に、通り魔や強盗に襲われたんじゃないかと警察は見ているそうだ」
「じゃあ、昨日襲われて倒れた時に、その瀬戸さんの魂が、ザティーグに乗り移った……?」
大は確認するようにつぶやく。いまだ半信半疑であるが、先ほどのザティーグとの会話と、灰堂が話した事件の内容は、一応整合性が取れているように感じられた。
「彼の言葉を信じるなら、そうだな」
「……馬鹿馬鹿しいッ」
吐き捨てるような口調で、不二が言った。
「あまりにも常識外れです。死人の魂がロボットに乗り移り、無関係な静流様を狙うなど、漫画か何かの読みすぎです。冗談も大概にしてください」
「私も冗談で済ませたいと思っています。ですが不二さん、今、ザティーグが彼女を狙っているのは事実で、そのザティーグが面識などあるはずもない、瀬戸良樹という名前を名乗ったのも事実です」
灰堂に冷静に言い返されて、不二は押し黙った。
「何が起きてもおかしくない。今はそういう時代なんです。それに」
灰堂はタブレットを戻すと、操作して資料をめくり始めた。
「ここ数週間、その瀬戸君が言ったのと同様に、願いを叶える謎の少年の姿が目撃されている」
「本当ですか!?}
大は驚きの声を上げた。
「とは言っても、これまでは大した事件が起きているわけじゃない。新しい自転車が欲しいと願った少年が、雑誌の懸賞に当たっただとか、彼女が欲しいと願ったら翌日に美人と知り合いになれたとか、その程度だ。ただし、この少年に願いを叶えてもらった者は皆、願ったものに関連する事故が起きている」
「というと?」
「当たった自転車に乗っていたらいきなり自動車事故に巻き込まれた。彼女と付き合いだしたら、彼女と付き合っていた別の男と乱闘騒ぎになり、大怪我した。まあ色々だな」
「そして今回は、死にたくないと願ったから、死なない体を手に入れた……」
大がためらいがちに、続きを口にした。
「少年の名前がメノウという名であること。どんな形にしろ、願いを叶える事。この二つは当てはまっているな」
灰堂は目を細めて、やれやれと口にした。
「まったく、この間の異世界冷戦の話題で、うちも緊張が高まってるんだ。本来ならこういう都市伝説に人員を割いている場合じゃないんだが、こうも大事になるとそうも言ってられん」
「ザティーグと瀬戸さんの問題は、そのメノウってやつが原因だとして、静流さんがザティーグの声を聞けたのも、そいつが原因なんでしょうか?」
大は静流の方に顔を向けた。
「どうかな? そういう怪しいやつにあった覚えがある?」
「全然記憶にないよ。ここ最近は自宅にいるか、リハビリしてるかのどっちかだったし。ほとんど顔見知りとしか会ってない。不二さんはどう?」
話題を振られた不二も、困惑気味に首を振るばかりだった。
「静流様が出歩く際にはたいていご一緒していますが、そういった人に出会った記憶はありません。私のプライベートでも同様です」
答えの出ない疑問に、皆が黙る。そこで灰堂が口を開いた。
「正直に言うと、水無月君の件については、ある程度見当がついている」
皆の視線が灰堂に向いた。
「できれば呼んでいる人が来てからにしようかと思っていたんだが、先に話してしまうとしよう。水無月君」
「はい」
「いくつか確認したいんだが、君はシュラン=ラガの侵攻の際に負った怪我で、脊椎を損傷して、十年以上半身不随だったと聞いてる。間違いないね」
「そうです。歩けるようになったのは、夏休みに入ってからで」
「歩けるようになった理由は? どうやって治療した?」
「外科手術です。損傷した部分に機械のチップを組み込むことで、神経伝達を修復したんだって、そう聞いてます」
「よし。そこまでは、君の体を病院で検査してもらった際に、医者から聞いた通りだ」
灰堂は言った。しかしその表情は言葉とは裏腹に、話を聞く程険しさを増していた。
「だが、検査の結果、それだけではない事も分かっている。医師に確認をとったところ、該当する箇所を中心に、君の体に異変が起きている事を確認した」
顔の前で両手を組み、患者に病名を伝える医者のような口調で、灰堂は話を続けていった。
「異変?」
「そうだ。医師によると、脊椎の損傷した箇所に埋め込まれたという機械から出ている金属部品が、神経と骨格を浸蝕し始めているという事だ」
「な……」
静流は思わず絶句していた。隣の不二も寝耳に水と言った感じで、驚きに顔が固まっている。
「ほ、本当ですか?」
「そうだ。水無月君、もう一度確認するが、君は一体どこの病院で手術を受けた? 君はザティーグの思考を、本当に感じ取ることができたんだな?」
「あ、あなたは一体、何を考えているんですか!?」
困惑の表情で、静流が言った。しかし恐らくは、灰堂が言わんとしている事を、静流も薄々気付いているようだった。
次回投稿は24日(木)21時頃予定です。
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