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11 ザティーグの内に潜む声

 ミカヅチはラザベルの方に顔を向けた。幸いラザベルのあたりまでは雷撃が放たれていなかったようで、ラザベルの周囲には破壊の痕跡もない。

 ラザベルは上半身を起こした状態で、一息ついていた。見た感じぐったりとしていて、受けたダメージの大きさが感じられる。


「ラザベル! 生きてるか!」


 ミカヅチが声をかけると、ラザベルは億劫そうに手を上げた。


「おう、なんとか……大丈夫」

「よし、俺は奴を追うから、お前は休んでろ!」

「え? ちょ、ちょっと、俺も……」


 未練そうに言うラザベルを残して、ミカヅチは走った。静流達はティターニアとともにいるはずだ。同じ巨神の加護を受けているもの同士、ティターニアがどこにいるかはすぐに感じ取れる。

 風のように走り、角を曲がり、橋まで回り道をせずに川を飛び越える。目的の場所へはすぐにたどり着いた。

 すぐ先にあった土手の緑地で、ティターニアは静流達をかばうようにして構え、ザティーグと対峙していた。


 ミカヅチはザティーグを挟んで、ティターニアの反対側に立った。このまま攻撃できるかとも思ったが、ザティーグの妙な気配に、手を出すのがためらわれた。

 どうやらティターニアも同じ気持ちだったらしい。油断は全くしていないが、軽く疑問の表情を見せている。


 ザティーグは攻撃をしかけるわけでもなく、退却の用意をするわけでもなく、どこか放心しているように佇んでいた。


「……て……」


 不意に、ザティーグの口元から、奇妙な音が漏れた。


「……けて……たす……けて……」


 その場にいた皆が、驚きに目を見開いた。ザティーグは今確かに、意味のわかる言葉を吐いた。そしてその声は、青年の悲痛な声だった。


「あなたは……?」


 ティターニアが尋ねた。


「おれ……俺は、瀬戸(せと)良樹(よしき)……。明神大学の、一年……」


 大学の名前はミカヅチも聞いた事がある。隣町にある大学の名前だった。


「今朝、気づいたら、この体の中に、いた……」

「どういうこと?」

「昨夜、木花通りを歩いてた。そしたら、通り魔に襲われて……。動けなくて、辛くて、苦しくて……。そしたら、変なやつが、現れたんだ。願いを叶えてやる、って……」


「何者なの、それは」

「やつは、メノウって名乗ってた。俺は、死にたくないって願った。そしたら、気が付いたら、こいつの中に、いたんだ……」


 声は怯えていた。先程までの激しい戦いを繰り広げてきた怪物とは思えない、冷静さなどまるで感じない声だった。


「この体の機能が、修復して、やっと、話せるようになったんだ」

「なぜあなたは暴れたの?」

「俺が、暴れたんじゃない。俺の中にいる、別のやつが、やった。俺と別のやつが、この体のどこかにいて、そいつがすぐに、主導権を奪うんだ。今、やっと取り戻せたけど、すぐにやつが戻ってくる。頼むよ、俺を、おれを、たすけ……」


「大丈夫!」


 静流が不安を吹き飛ばすような、大きな声で叫んだ。


「大丈夫だよ! あたしたちがついてる! 絶対助けるから! だから、頑張って!」


「ああ……。おね、おねがい……」

「……機能不良、修正。同胞を確認」


 突然、ザティーグの声の調子が変わった。無感情で冷徹、先程までの怯えはみじんもない。

 これが本来のザティーグなのだ。今まで戦ってきた相手だ。ミカヅチは直感した。


 びくん、と静流の体が痙攣するように震えた。


「ううっ……!」

 頭を抱え、くずおれる静流に、不二は慌てて駆け寄った。


「静流様!」

「頭が……痛い……。彼が、話しかけてくる……!」


 静流の顔が苦しげに歪む。心配そうに支える不二が、引きつった声を上げた。

 静流の細められた双眸に、いくつもの幾何学的なラインが入っていた。吸い込まれるような純粋で美しい黒瞳は変色し、鮮やかなエメラルドグリーンのきらめきを放っていた。


「おう……」


 突然の変化に、ミカヅチも思わずうめき声を上げた。


「現状を把握、周辺に我々以外の味方はなし。本隊との通信状況は途絶。状況報告の為、協力し帰還すべし……。彼が、そう、言ってます」


 静流は両手で頭を抱えながら、吐き出さずにはいられないといった感じで、ぶつぶつと呟き始めた。

 ザティーグは動かない。静流の変貌を見守るように、じっと顔を向けていた。


「だめ、無理よ。シュラン=ラガは十年も前に滅んだの。もう戻るところなんてどこにも……」

「静流様!」


「違う、あたしは兵器じゃない。あたしはあなたの同胞なんかじゃ……!」

「そうです、落ち着いてください。あなたは水無月家の令嬢、私の大切な方です!」


 混乱し、意味不明な事を口走る静流を、不二はぎゅっと抱きしめる。その姿に焦れたように、ザティーグが静流へと向かって歩を進めた。


「やめなさい!」

「待て!」


 ティターニアとミカヅチは、同時にザティーグに向かって走った。静流に起きた異変の原因は、どう見てもザティーグだ。どうにかして無力化しなくては、静流が危ない。


 前後から二つの棍が打ち込まれる直前、ザティーグの体は真上に飛び上がった。


「逃がすか!」


 追撃をかけようとミカヅチも跳躍する。しかし、二人の距離は縮まることはなかった。

 ザティーグは背中から蝙蝠を思わせる薄い膜のような翼を展開すると、背中から光を吐き出し、更に空高く飛翔していった。


 ミカヅチが着地した時には、ザティーグはすでに彼方へと飛び去り、姿を消していた。


「くそ……! また逃げられた!」


 苛立ちにミカヅチの語気が荒くなる。ザティーグが現れる度に、被害は増すばかりだ。

 ティターニアがミカヅチの肩に、ふわりと触れた。


「今は逃げた相手の事を考えるより、先にやることがあるわ」


 ティターニアが軽く顎をしゃくる。その先で、静流は不二に支えられたまま、荒い息を繰り返していた。長髪の極彩色の輝きは静まり、元の黒髪に戻り始めている。どうやらザティーグが離れた事で、体の異変も止まったようだった。


「どうやら、静流さんとザティーグに繋がりがあるのは、間違いないみたいね」

「うん……。早く『アイ』に連れていこう。何か分かるかも」


 遠くからサイレンのけたたましい音が聞こえて、ミカヅチ達は顔を向けた。誰かが通報したのか、先程ザティーグと争った場所に、救急車が駆けつけようとしている。サイレンのした方向には、火を吹いた車の黒い煙が空へとたなびいていた。


「あ」


 ふと気がついて、ミカヅチは軽く言葉を漏らした。ティターニアがミカヅチに目を向ける。


「どうしたの?」

「あそこにエルを置いたままだったの、忘れてた」


 人々がラザベルを見て、大騒ぎになっていなければいいのだが。

次回投稿は22日(火)21時頃予定です。


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