10 二人がかりで
静流を掴んでいた変異種の一体が、空いていた右腕を大きく振った。腕は鞭のようにしなやかに伸び、鋭い先端がミカヅチの喉元目掛けて飛ぶ。
ミカヅチは体を回転させてかわしつつ、裏拳で腕を弾く。吹き飛んだ腕に目もくれず、ミカヅチは一気に間合いを詰め、右ストレートを放つ。
変異種は反応し、とっさに身を硬化させた。ワームから流し込まれた特殊な液体は、素材とした土と混ざり合い、時にゴムのように柔らかく、硬化させると鉄のような強度と硬度を発揮する。
しかし、巨神の加護を受けたミカヅチの剛力の前では儚い抵抗だった。
ミカヅチ雷光のようなストレートは、あっさりと変異種の顔面を貫く。隣の変異種が袈裟斬りに放った一撃を、左の手甲で防ぐ。同時に右手で右腰の棍を引き抜く。逆手で握った棍を一気に振り抜き、変異種の首を叩き折る。鮮やかな抜き打ちが首筋のワームを見事に砕いた。
更に静流を掴んでいたもう一体の胴体に、横蹴りを叩き込む。体をくの字に曲げて転がった変異種には目もくれず、ミカヅチは静流を抱き寄せた。
「大丈夫か?」
「うん……。って、ずるい! ヒーローやってたなんてどうして教えてくれなかったの!?」
「言えるわけないだろ、そんなの!」
なんだか調子が狂うな、とミカヅチは軽く顔をしかめた。静流はどうやら謎の連中に狙われているという事実より、知り合いの秘密に対する好奇心の方が強いらしい。儚さすら感じられる見た目以上にタフな女だった。
近寄る変異種から静流をかばいつつ、ミカヅチは足刀を放った。ちょうど顎にあたる部分を貫き、ワームとともに首が吹き飛ぶ。
背後で衝撃音が続けて鳴った。振り返るとティターニアがその剛腕で変異種を叩きのめし、不二を助け出すところだった。
ミカヅチとティターニアはともに助ける相手を抱えつつ駆け寄った。
「さすがティターニア」
「当然でしょ」
ティターニアは答えながら、腰から引き抜いた棍を投げつける。目も向けずに放たれた棍は空中で斧へと姿を変え、襲おうとしていた変異種の首を真っ二つに斬り裂いた。
「偉大なる巨神が二人いて、この程度の相手に手こずるわけないわ。それより、ザティーグを止めないと」
「わかった。俺が援護に行くから、ティターニアは二人を安全なところに」
直後、ミカヅチの視界の隅で、巨大な影が飛んだ。
先程までミカヅチ達がいた通りで、影は宙を舞って転がり、その先にあった電柱に激突する。
「ラザベル!」
ミカヅチは静流をティターニアに渡しつつ、慌てて駆け寄った。
影──ラザベルは地面にうつ伏せになった状態から、飛び上がるように立ち上がった。
「野郎……。結構やるじゃん」
ラザベルの息が荒くなっていた。シュラン=ラガが作り上げたラザベルの悪魔、その驚異的な身体能力を持ってしても、ザティーグを一対一で相手するのは手に余るらしい。
「無理するな。俺だってティターニアと二人でなきゃ奴を止められなかったんだ」
「そんなん、あいつに言ってくれよ」
あごをしゃくる先に、ザティーグがいた。冷徹な足音を立てて近づきながら、両手のリングを稼働させる。感情のない動きに、ミカヅチは背に冷たいものを感じながら、棍を構えた。
「ラザベル、二人で止めるぞ」
「バカ言うな。俺はまだやれるぞ」
「お前がやれても、これ以上被害を広げるわけにいかないだろ」
なおも言い返そうとするラザベルに、ザティーグの環が襲いかかった。
「シッ!」
軽く息を吐きながら、ミカヅチはラザベルの前に立つ。二人を貫かんと迫る必殺の鉄環を、ミカヅチは棍を交差させて迎え撃った。
激突した鉄環と棍が、耳障りな音を立てる。衝撃が腕をしびれさせるが、環はその運動エネルギーをすべて吐き出して止まった。
「お前、あれを止められるのか…」
ラザベルが呆れたような顔でミカヅチを見た。
「あれをよけるの、めちゃくちゃ大変だったんだぞ」
「話は後だ、このままいくぞ! ついてこい!」
言うが早いか、ミカヅチはザティーグに向かって突進した。放たれるリングを、棍を盾に変えて防ぎながら前進する。ラザベルもミカヅチの背後に隠れるようにして続いた。このまま一気に近づき、接近戦に持ち込む。
二人の意図を読んだか、ザティーグが戦法を変えた。リングを戻すと胸部の装甲が開き、内部の金属が赤熱する。
「おっと!」
ミカヅチはその場に足を止めて構えた。瞬間、ザティーグの胸部から光弾が放たれた。機関銃のような勢いで連射される光弾が、盾ごしに衝撃を伝えてくる。
ともすれば体が弾き飛ばされてそうな衝撃を耐えながら、ミカヅチは叫んだ。
「ラザベル、飛べ!」
「よし!」
掛け声とともに、ラザベルの巨体が飛翔した。ザティーグも反応したが、使用する武器を停止させるために反応が遅れる。
その間にラザベルはミカヅチとザティーグを一気に飛び越え、ザティーグの背後に着地した。
「ふっ!」
ラザベルはその大きな手でザティーグの頭を掴み、足を払う。そのまま勢いをつけて、地面に向かって一気に叩きつけた。激突の衝撃で硬いアスファルトが砕け、ザティーグの頭が突き刺さる。
さらにラザベルは素早く立ち上がり、ザティーグの両足首を掴んだ。体をひねり、一本背負いの形で引っこ抜く。逆方向に舞ったザティーグの体が、勢いよく叩きつけられた。
もう一発、とラザベルが動く前に、ザティーグの腕が伸びた。
「!?」
放たれたリングの直撃をどてっ腹にくらい、ラザベルの巨体が高速で吹っ飛ぶ。
二十メートル以上は飛ばされて、ラザベルの体は飛んだ先にあった街路樹をなぎ倒した。
「ラザベル!」
ミカヅチは叫んでいた。地面に倒れ伏したラザベルは、苦悶の表情で呻いた。ラザベルの強固な肉体と、全身から放たれる霊的エネルギーの力場は、並の攻撃では傷一つ負うことはない。
しかし、車両も貫くザティーグの鉄環を至近距離から受けては、流石に大きなダメージを負ったようだった。
ラザベルの動きが止まったのを見て、ザティーグはミカヅチに顔を向けた。
ザティーグの体も、ラザベルと同等以上の頑丈を誇っている。ミカヅチが朝に戦ったときもそうだったが、あの鋼鉄の体は、巨神の加護を持ってしても容易に破壊できないほど強固だ。しかも全身が武器庫とでも言うべき、数々の装備を備えている。
それに加えて、ザティーグはロボットであるが故に、生理的な反射がない。
例えば生命体ならば痛みを感じた時、至近距離で突然轟音が鳴った時、肉体はそれを避けようと反応する。しかし機械の体であるザティーグにとっては、自らの体の損壊を気にせずに攻撃を行おうとするのだ。
その為に相手の攻撃に対する反応が早く、こちらがどれだけ追い込んでも、いつ反撃にくるかわからない。非常に厄介な相手だった。
どうにかして、巨神の一撃を打ち込むか。ミカヅチは一瞬考えた。ミカヅチの体を流れる全エネルギーを集中させる必殺の一撃は、当たればおそらくザティーグの装甲も貫くだろう。
(いや……そうもいかないか)
静流の言葉が、ミカヅチの脳裏をよぎった。静流の言ったとおり、ザティーグの中に誰かの魂、意識があるとするならば、ザティーグを破壊するのは、その誰かを殺すことになるのではないか。
しかし、ロボットの中にある魂を、誰がどうやって証明するというのか?
(どうすれば、こいつを止められる? どう止めるのが一番いいんだ?)
ミカヅチが次の一手を逡巡している間に、ザティーグは動いた。
ザティーグの頭部の角が展開し、光を放ち始める。ためこまれたエネルギーが行き場を求め、放電を始める。
「ヤバッ!」
すぐさま後方に跳ぶ。ザティーグの角から放たれた雷が、周囲をなぎ倒した。
近くにあった車を貫き、溶かす。雷の舌に撫でられたアスファルトが赤熱化する。近くの車両が雷に炙られ、爆発した。ガソリンが雷の高熱に引火したのだ。
指向性の雷撃は破壊の壁となって、触れたものすべてを破壊した。
雷と爆発の衝撃に、ミカヅチは思わず両腕で顔を覆う。ようやく衝撃が収まった時、ミカヅチが顔を上げると、ザティーグの姿はそこになかった。
「逃げた……?」
一瞬そう思ったが、すぐに考えを改めた。
敵の狙いは静流かもしれない。綾が話していた事を、ミカヅチは思い出していた。
次回投稿は20日21時ごろ予定です。
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