09 シェイプシフター
シュラン=ラガが作り上げた霊的兵器、ラザベルは気合を込めて吼えた。ザティーグの股間に腕を伸ばし、一気に頭上まで持ち上げる。
「ウラァ!」
そのまま勢いをつけて、思い切り投げ飛ばした。
投げ飛ばした先で、静流の車とザティーグが激突し、凄まじい音を立てた。ドアが凹んで窓ガラスが砕ける。上から破壊されていた車が横からも一撃を食らい、もはや完全にスクラップだ。
「ざまぁみろ、この野郎! シュラン=ラガ最強の兵器てのは俺の事だ!」
元の端正な顔からは想像もできない凶悪な姿と口調で、ラザベルが凄んだ。普段のエルも大概性格が短気で荒っぽい少年だが、ラザベルへと変わると肉体が強大になるのに合わせて、気性も激しくなるらしい。
ザティーグは何も言わず立ち上がった。感情とは無縁の冷たい動きで、両手を突き出す。手首に固定されていたリングが解放され、一気に巨大化しながら高速で回転を始める。
「エル、よけろ!」
大が叫ぶと同時に、エルは横っ飛びに跳んだ。巨体があった空間を、鋼鉄の環が雷光の如く通り抜ける。そばにいた大達の肌を、風と静電気がぞわりと撫でる。車が衝突したような轟音と共に、後方にあった建物のコンクリート壁に鉄環が突き刺さり、蜘蛛の巣状の破壊痕を残した。
「うわ、やっべ……」
ラザベルの声が震える。その顔からは分からないが、普段ならば表情が青ざめている事は口調で分かった。
「結構やるみたいじゃん、こいつ……」
「エル! 時間を稼いでくれ!」
大は静流の肩を抱き、ザティーグから離れた。ラザベルに加勢したいところだが、静流の前でミカヅチの姿は取り辛い。一旦安全な場所に運んでから助けに行く事に決めた。
「だから今の俺はラザベルだって!」
「どっちでもいいから頼む!」
「ったく、大変な事言いやがる……!」
エル──ラザベルが愚痴りながら、ザティーグに向かって突進した。
取っ組み合う二人を視界の端にとらえつつ、大は静流をかばうようにしながら走る。作っていた霧の幻は既に消していた。
「綾さん、どっちに」
逃げよう、と振り向くと、そこにいたのは綾ではなかった。不二が険しい表情で、静流の肩から大の手を引きはがした。
「静流様は私が」
不二がひったくるような勢いで、静流を脇に抱える。目付きが怖い。仕事意識が高いのか、個人的な感情かはわからないが、大としても文句を言うつもりはなかった。静流をこのまま不二に任せて、ある程度ザティーグから離れたところで、綾と共にエルを助けに行くことができる。
四人は歩道を走り出し、直近の角を曲がったところで、すぐに止まった。
曲がった先の裏道は、少し行ったところに交差点があり、その先には市内を流れる広い川がある。そしてその川を渡す小さな橋があった。
しかしその交差点の入口で、数人の男達が壁となって立ちふさがっていた。
「なんだ、あいつら……」
男達はそのまま道路をふさぐようにして、こちらに近づいてくる。彼らの表情は先ほどの男達と同様に虚ろだ。
何か怪しい、そう感じて、大と綾は静流たちの前に出た。今の状況、いざとなったら殴り飛ばしてでも先に進むしかない。
「きゃ!」
「あなた達、一体何をッ!」
背後からの悲鳴に、大は振り向いた。先ほど横断歩道で立ち塞がっていた男達が、静流たちを掴み、二人を引きはがそうとしていた。
「くそっ、やめろ!」
大は駆け寄り、静流を拘束しようとする一人につかみかかった。腕を引っ張りあげようとつかんだが、男の腕はびくともしない。
異常な怪力だった。ゴムタイヤを掴んだような感触と、岩の塊を引っ張ろうとしたような固く強い抵抗に、大は顔をしかめる。
何者だ、と考えたところで、大は気が付いた。
大の目の前にいる男達と、橋を塞いでいる男達。彼らの顔の造形は、双子と言っていいくらいにほとんど同じなのだ。それに彼らの首筋には、百足を思わせる機械が張り付いている。
(まさか、ザティーグの……?)
彼らの奇妙さと、それに合わせて現れたザティーグから、二つを結び付けて考えるのは当然のことだった。彼らはザティーグの配下、操り人形なのだろうか。
戸惑う大の腕を、別の男が掴む。さらに三人が大に襲いかかった。
無表情の男達に四方からしがみつかれて、大はバランスを崩し倒れた。男達と共にアスファルトに倒れこみ、そのまま男達が上にのしかかってくる。男達の手足が大を強く締め上げた。
大の視界の端で、綾もおなじように男達にもみくちゃにされているのが見えた。
「綾さん!」
「大ちゃん……!」
もう我慢していられる状態ではない。二人は同時に叫んだ。
「巨神!」
「巨神よ!」
閃光と共に、男達が一気に吹き飛ばされた。ある者は路地に転がり、ある者は壁にぶつかり、倒れ伏していく。
そしてその閃光が消えたところに、二人の戦士が背中あわせに立ち、周囲を睨みつけていた。
「まさか……巨神の子!?」
「うっそお!?」
静流と不二は自分たちの状況も忘れて、驚愕の目をミカヅチ達に向けた。
「偉大なる巨神の名にかけて、外道は全員ぶっとばす!」
赤い戦装束に身を包んだ姿で、ミカヅチは半ばヤケになりつつ言い放った。この秘密を静流に見せる気はなかったのに、命の危機に変身せざるを得なかった。この後説明や秘密を守ってもらえるように説得するのは、おそらく骨が折れる事だろう。
気を取り直して、ミカヅチは拳を握りしめた。相手が洗脳され、道具として扱われている人間ならば、なんとかできるだけ傷つけずに無力化したい。
「ミカヅチ」
ティターニアに声をかけられて、ミカヅチは視線を向けた。ティターニアの目線の先には、先程のしかかってきた男の一人が倒れている。
しかし、その男は何かがおかしかった。数度にわたって体が痙攣したかと思うと、その姿が突然大きく変化した。
彼──否、それの、人の肌や服だったものが色を失い、赤茶けた泥へと姿を変える。見る間に人の形をした軟泥へと姿を変え、崩れ去った。
「これは!?」
「ザティーグの装備のひとつよ」
ティターニアの手には、男たちの首にとりついている、あの百足のような機械があった。すでに握りつぶされて、おり、無惨な形となっている。
「シェイプシフト・ワーム。とりついた無機物を利用して、人間に擬態する兵器なの」
ティターニアに変身した瞬間、近くにいた一体の首筋からワームを引きちぎっていたのだ。見事な早業だった。
「じゃあこいつら全員、人間じゃないってわけだ」
そうとわかれば話が早い。ワーム達ももう擬態をとる必要がないと判断したか、人の姿をとるのをやめ、軟泥のような質感に体を変えていく。まさに変異種とでも言うべき姿だった。
次回投稿は19日(土)21時頃予定です。
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