08 急襲
水無月の屋敷を出て、大達は市内中心部にある、『アイ』の本部ビルへと向かうことになった。
水無月家の所有する乗用車に、静流と不二、大達三人を加えて、車は滑らかに通りを走っていく。大は車には詳しくないが、かなりの高級車なのだろう。移動中も気持ち悪いほどに揺れを感じない。
後部座席に体を預ける大の隣で、エルと静流が話しあっていた。
「ねえねえ、『アイ』から派遣されてきたってことは、エル君も超人なんだよね? 一体どんなことができるの?
「え? そりゃ、見せてもいいけどさぁ。ここで使うと車が吹っ飛んじまうから」
「なにそれ! すごーい!」
甲高い声で静流が笑う。超人に直接会うのは今日が初めてなのだろう。さらには自分が超人かもしれないという指摘を受け、『アイ』からの協力要請まで受けているのだ。少々気持ちが舞い上がるのも仕方がない。
二人が楽しく話すのを横目に見ながら、大は少々居心地の悪さを感じていた。静流の問題ではない。バックミラー越しに突き刺さってくる、不二の視線の為である。
エルと静流は気づいていないので、その視線は大が一身に受けている状況だった。年頃の男性が静流に不埒な真似をしないか、とでも思われているようだ。静流を心配する気持ちが、その視線から痛いほど伝わってくるようだった。
「もうじき、本部ビルまで到着します」
不二がつとめて冷静に言った。
「お嬢様、なにか心配ごとがあれば言ってください。すぐ対処しますので」
「うん、ありがとう不二さん。思いついたら言うね」
答えてから、静流は不二の表情に気が付いたようだった。
「ねえ、不二さん。あたし、何か変な事してる?」
「え? いえ、別に何も」
「そう? 不二さんがすっごい険しい顔してるから、何かみっともない事してたかなって思ったんだけど」
不二はどぎまぎした様子で、
「し、静流様はいつも通りです。ただ、左右のお二人が妙な事をしないかと思って」
「不二さん、心配しすぎだよ。大丈夫。二人ともいい人だよ。ね?」
静流ににこりと微笑まれ、大は思わずどきりとした。話していて感じたが、静流の言動は妙に純粋なところがある。
それは恐らく、育ちの良さから育まれた、静流の天性なのだろう。相手のいい面を見たがり、結果として無意識に人を和ませるタイプの人柄だった。
静流は満足そうにうなずくと、大の方を見た。
「ねえ、国津君はどうなの? なにか超人らしいとこ、見せてくれない?」
「俺?」
「うん。なんでもいいからさ。あ、車は壊さないでね」
大は助手席の綾を見やった。
「どうしようか」
「いいんじゃない? 車の中だから、派手なことはやらないようにね」
了解、と答えて、大は意識を集中させた。派手なこと──ミカヅチへの変身は、当然やるつもりはない。
大は両手を合わせて、胸の前に持っていった。次に何が起きるのか、静流の目は興味津々に輝いている。
「……よし」
イメージを固めて、大は両手を左右に開いた。
手の間に作られた空間に、白い光の玉が生まれていた。光は小さく複数の玉に分かれると、玉はそれぞれ震え、収縮し、独自の形を作っていく。
数秒と経たぬ内に、光は色を持ち、質感を得て、手のひらサイズの人形へと変わっていった。様々な衣装に身を包んだ小さなヒーローたちが、大の両手の間でポーズをとりつつ静流を見上げた。
「こんな感じかな」
わぁ、と静流が声を上げた。大が軽く意識を向けると、人形は静流の周囲を飛び回り、肩や太腿に着地し、アクロバティックな動きを見せる。
「すごい。ティターニアにグレイフェザーに、レディ・クロウも。国津君って、人形を作る超人だったの?」
「違う違う、ただの幻だよ。俺はこういう幻を人に見せることができるの」
大が指を鳴らすと、人形はあっさりと消え去り、元の光の玉へと戻った。光の玉は集結して溶け合うと、そのまま静流の眼前に和浮遊する。
大は光に意識を向けた。光の玉は再度収縮し、人の顔を形作った。
「これ、あたしの顔?」
目の前で微笑する、己と瓜二つの顔に、静流は目を瞬かせるばかりだった。
大が再度指を鳴らし、光は大気に溶けるように消え去った。
「色々できるけど、とりあえずはこんなところで」
「面白いね。超人ってみんなヒーローみたいに戦ってばっかりだと思ってたけど、国津君みたいな人もいるんだね」
「いやいや、こいつ喧嘩もめちゃくちゃ強いんだぜ」
隣でエルが茶々を入れる。
「おい、エル」
「別にいいだろ、そのくらい。本当の事なんだから」
エルは知らん顔だ。エルは当然ミカヅチのことを言っているわけだが、大としては普段の活動の事を、あまり表立って自慢したりする気にはなれない。ヒーローの正体を知っている人間を増やせば面倒が起きるのは、世の常だ。
ふぅん、と静流が興味深そうに大の全身を眺めた。
「なんか意外。国津君って大学で見た時はおとなしい感じだったし、凛に振り回されてるイメージだったのに。そんな一面があったんだ」
「少なくとも、凛に振り回されてるってのは間違いないよ」
そうこう言っている間にも車は進み、赤信号で止まった。進行方向の先には、ビルの隙間から『アイ』の本部ビルの姿が見えている。
信号が青に変わり、車が動き出そうとして──すぐに止まった。
何事か、と前に目を向けると、理由はすぐに分かった。目の前の横断歩道で歩行者が数人、向こう側に渡ろうともせずに、大達の乗る車を塞ぐように立ち止まっていた。
ぼうっとしているどころではなく、彼らは皆手をつなぎ、虚ろな表情で大達を見ている。
「非常識な……!」
不二が怒りをあらわにした。他の車の運転手もそれは同様で、中にはクラクションを鳴らすものもいる。
何かのパフォーマンスだろうか。大がそう考えていると、隣で静流が弾かれたように顔を上げた。
「来てる……」
「お嬢様?」
バックミラー越しに、不二が心配そうな顔を見せる。
「何かありましたか?」
「来てるの……彼が、近くに来てる」
「彼って、ザティーグの事?」
綾がさらに尋ねる。静流は首肯した。
「どこか近くで、私達を見ています」
車内に緊張が走った。大達は皆、窓の外を注意しながら目を配る。ザティーグのあの異形が町中を歩いていれば、当然大騒ぎになるはずだ。
しかし、左右にある広い歩道はいつもの休日と言った雰囲気で、様々な人々がのんびりと歩いている。
「いないみたい──」
だぞ、と言い切る前に、衝撃と破砕音が車内を襲った。座席から体が浮くほどの縦揺れに、各々が近くのものにしがみつく。車のボンネットが砕け、その余波でフロントガラスに無数のヒビが入り、視界が真っ白に染まった。
「きゃあ!」
甲高い悲鳴が静流の口から上がった。混乱が湧きおこる車内で、綾が鋭く指示を出す。
「大ちゃん! 外から見えないように!」
「了解!」
大は意識を集中させ、イメージを一気に外に広げた。
車の周辺を白いもやが漂い始めたと思うと、それはすぐさま乳白色の霧の壁となって、周囲を飲み込んでいく。
車を中心として、半径数メートルほどに限定された濃霧だ。これで相手はどこを狙うか、狙いを定める事が難しくなるはずである。
「外に出て!」
綾が叫ぶと同時に、ドアを蹴り飛ばすような勢いで外に出た。大達も後に続いて、ドアを開いた。
「こっちに!」
大は静流の手を掴み、外に出た。全員そのまま車道を突っ切り、左側の歩道に駆け寄る。
背後でさらに破砕音がした。大が振り向くと、白い霧に包まれた車の屋根を踏みつぶし、しゃがんだ姿勢のザティーグが、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
ザティーグがどこから襲ってきたのか、大は理解した。ザティーグは大達の頭上、恐らくビルの屋上に陣取っていたのだ。そこから車が止まった時を狙い、腕のリングを飛ばしてまず車を動けなくさせた。
大に視界を塞がれたのは、ザティーグからすれば想定外だっただろう。しかしそれも狙撃をするつもりでないなら関係のない事だ。
赤銅色の顔に輝く複数の瞳が、目標を見定めるようにきらめいた。
「ザティーグ……!」
綾の双眸が吊り上がる。
ザティーグは静流を視界に捉えると、軽く跳んで地面に降り立った。重い金属音を鳴らしながら、目標に向かって力強く歩を進めて行く。
「こいつが噂のロボットか!?」
エルは軽く指を鳴らしながら、大達の前に仁王立ちとなった。大より頭一つは小さい姿なのに、その様は貫禄たっぷりだ。
「おい、エル!」
「ここは俺に任せとけよ!」
言うが早いか、エルの全身から炎が湧き上がった。いきなりの事に、静流が慌てて駆け寄ろうとするのを、大は必死に止めた。
「ちょっと、エルくんが!」
「大丈夫だ、あいつは何ともないよ!」
大の言葉通り、炎に包まれたエルは気にせずそのまま走り、ザティーグへとぶつかっていく。
「オラァ!」
炎塊の突撃を、ザティーグが受け止めた。正面衝突の衝撃に、ザティーグの巨体がわずかに後退する。
やがて炎が消え去ると、エルの姿は禍々しくも雄々しい、異形の巨体へと変化していた。
「えぇ!?」
「あれがエルの力、ラザベルの悪魔だ」
眼を白黒させる静流に、大が説明する。
知り合って日は浅いが、あの姿をとったエルほど頼もしい者はそうはいない。
自らの産み出した兵器同士が戦う事など、シュラン=ラガの者は誰も予想しなかった事だろう。
では、その力は果たしてどちらが上なのか。今それが証明されようとしていた。
次回投稿は17日(木)21時頃予定です。
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