07 鉄の中の生命
「待ってください。それは困ります」
静流の返答に先んじて、不二が声を張り上げた。
「あの恐ろしい化け物と、お嬢様を関わらせるつもりですか? そのような事はさせられません」
「いえ、危険にさらそうというわけではありません。ただザティーグの声が聞こえたとはどういう事なのか、調べさせてもらいたくて」
「私は水無月様より、お嬢様の安全を任せられています。水無月様の許可なくして、そのような事はさせられません」
不二はぴしゃりと言い放つ。まさに取り付く島もなかった。
「そもそも、先ほどのあなた方の話は仮定が多すぎます。私にはあなた達が推測に推測を重ね、自分達の求める結論を出そうとしているようにしか見えません」
「確かにそうかもしれませんけど、むしろ協力した方が静流さんには安全かもしれませんよ」
大が綾をフォローすると、不二の視線が大に向けられた。
「どういう意味です?」
「『アイ』に協力することで、『アイ』の保護を受けられる、ってことです。水無月さんの家が護衛を用意するくらい簡単だとは思いますけど、超人やシュラン=ラガ相手となったら『アイ』が専門ですから。それに、もし綾さんの推測が正しかったら、静流さんをザティーグが狙う事も考えられるでしょ?」
「む……」
不二が言葉を詰まらせる。どうやら大の言葉にも少しは理があると思ってくれたようだ。
「ここは『アイ』に任せてもらえませんか。『アイ』での調査が不安なら、不二さんも一緒に来てもらえばいいでしょ」
「しかし……」
「あたしはいいよ」
ずっと黙っていた、静流が言った。
「お嬢様」
「国津君のいう事ももっともだし、ここは『アイ』の皆さんの力を借りようよ。あたしも何が起きているのか知りたいし」
「危険かもしれません」
「大丈夫。『アイ』なら、今日みたいにヒーローとの連絡もつけやすいよ。それに」
静流は不二の顔を見つめ、にこりと笑った。
「あたしのヒーローの不二さんがついてきてくれるなら、どこでも安心だよ。ね?」
「……はい」
不二はやれやれといった感じで微笑むのだった。
───・───
葦原市北部に広がる山間部。そこにはなだらかな山々が波のように連なり、鮮やかな緑が広がっている。
木々の枝が重なり濃い影を作る中、青年は赤銅色の体を縮め、大きな杉の木の根元に腰かけていた。
二メートル近い金属の巨体が自然の中で佇む姿は、ひどく違和感を覚える光景だった。
青年は両手を広げ、顔の前にかざしてみた。傷一つない、滑らかで光沢のある手だ。ザティーグの体が戦いで負った傷は、全身の修復用ナノマシンにより既に回復している。
しかし、彼の心は疲れ果てていた。
ミカヅチとティターニア、二人のヒーローとの戦いは、少年に体の怪我以上に大きな恐怖を植え付けていた。
彼らを見た瞬間、少年の意識は別の何かに組み伏せられ、支配された。
自分の目の前で、自分の体が周囲のものを破壊し、怪物として倒されようとする恐怖。鉄の箱に押し込められ、嵐の中に放り出された気分だった。自分は一切手出しもできず、ただ暴走が終わるのを待つしかない。これほど恐ろしいものがあるだろうか。
泣きたかった。叫びたかった。しかし、声を出す事はできなかった。
(発声器官は修復中。所要時間の予想は20分)
頭の中で冷たい声がした。この体の主の声だ。どうやら自分が考えた事に対応して、ご丁寧に返答してくれたらしい。
(くそっ!)
鉄の拳を地面にたたきつけると、ハンマーを振り下ろしたような音がした。
目覚めた時は混乱し、分かっていなかった。しかし今はもう完全に理解できている。この体は、何かとてつもない兵器であり、今、自分の意識というか魂というか、そういったものが、この鋼鉄の塊に取り付いているのだ。
死にたくない、そう願った結果がこれなのか。あまりにもむごい仕打ちだ。
(どうすればいいんだ……)
ここに逃げ込んでから、何度も繰り返した問を思い浮かべた。
うかつに人前に姿はさらせない。あれだけの事件を起こしてしまったのだ。再び表に出れば、自分は危険な怪物として扱われるだろう。むしろ、既に捜索が行われているに違いない。
例えそうでないとしても、この体の中に潜む、冷徹で強固な意志が、青年の意識を絡めとり、暴走を始めるかもしれない。そう考えただけでも恐ろしかった。
(死にたくないよ……)
そう考えたところで、少年は自嘲した。
死にたくないだなんて、まだそんな事を考えている。今の自分は、果たして生きていると言えるのだろうか?
せめて、誰かに青年の状況を伝えたかった。頭の中の「彼」が言うには、発声器官はもうじき修復を終えるらしい。それが済めば、『アイ』の誰かに話を聞いてもらえるように行動しよう。
(そういえば……)
頭にひらめくものがあった。今朝、ヒーローたちに倒されようとした時、それを止めてくれた人がいた。青年と同年代の女性だった。彼女ならば、ひょっとしたら助けてくれるかもしれない。
(対象の女性を記憶データから検索)
不意に、『彼』の声がした。
(これまでのデータから考察、対象を同胞と推測)
青年は戦慄した。今、『彼』が言った言葉は、一体どういう意味なのか?
心中震え上がる青年の聴覚が、今度は実際の声をとらえた。
「なあ、ほんとにこっちか?」
「マジだよ。こっちに飛んでくのを見たんだ」
若者二人の軽薄な声だった。ガサガサと乱暴に雑草や枝葉をかきわける音も聞こえる。山の中に入り、あたりを探し回るような歩き方をしていた。
「シュラン=ラガのロボットだろ? 見つけてネットにあげりゃ、絶対バズるぜ」
「でもさ、そいつめちゃくちゃ危ないんだろ? 『アイ』に連絡した方がよくねえか?」
「見つけてからでいいだろ」
声の調子だけでも、二人が気楽な気持ちで歩き回っているのがわかった。SNSへの投稿で、一躍有名になろうとでも思っているらしい。
青年はこれほど怯え、苦しんでいるのに、彼らはそんな気持ちを慮ろうともせず、それどころか晒し者にしようとしている。そう思うと無性に腹が立った。
(ここで発見されるのは、後の行動に影響が出ると判断。対象を無力化の後、同胞の捜索にかかる)
また声が聞こえた時、青年の体の自由は、またしても奪われていた。
金属の巨体が滑らかに音も立てず立ち上がる。そのままザティーグは、声のした方向に向かって走り出した。
体がダイナミックに躍動する。風を切り、高速で飛ぶように走る。それなのに、動いている体の感覚がまるでない。まるで夢でも見ているかのようだ。
果たして、この悪夢に終わりはあるのか。
高感度のカメラアイはあっさりと二人の姿を捉えた。ひときわ高く跳躍し、ザティーグは二人の目の前に着地した。
絶望する青年の目の前で、二人の表情が驚愕に固まる。一瞬の後、悲鳴が上がった。
ごう、と風が強く吹き、木々を不気味に鳴らした。
次回投稿は15日(火)21時頃予定です。
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