13.戦いの後
葦原市南部にある市立病院に幸太郎が搬送されて、一時間ほどが経った。全身に打撲が見られたものの、命に別状はないと医師から告げられて、大達はほっと胸を撫で下ろした。
怪我をした原因については、大達は口裏を合わせる事にした。降霊会の帰りに幸太郎の家に寄ってみたら、仮面をつけた幸太郎が怪物に変貌し、部屋の中で暴れた後窓から飛び降りた。駐車場でも騒ぎながら暴れた後、元に戻って倒れたとして、ミカヅチ達の事は出さないことにした。
周囲から大が落ちる所を見られている可能性はあるが、戦っていた所は周囲のコンクリート塀もあり、まずミカヅチの姿は見られてないはず、と予想しての内容だった。
一昔前ならば、こんなは無茶苦茶な話を警察にすれば、人を馬鹿にするなと怒られるところだろう。だがこんな無茶苦茶な話が大体事実で、警察が聞いても信憑性を感じるのが今という時代だった。
大からすればさしあたって、目の前の相手に対する説明の方が大変かつ緊急を要した。
「つまり……お前が最近噂になってるミカヅチ、支倉がレディ・クロウ。そんでお前らの師匠がティターニア? マジかよ。いくらなんでも設定盛りすぎだろ」
一輝が嘆くように言った。手元のアイスコーヒーをストローでかき混ぜると、氷がカラカラと爽やかな音を立てる。
病院の近くにあった喫茶店の広い店内には、大もよく知らないクラシックの曲が流れていた。客は大達以外にはおらず、店長たちからは離れたテーブル席に座ったので、そう大声を出さなければ大達の会話を盗み聞きされる心配もない。
「盛ってるつもりはないんだけど」
大はアイスカフェラテのグラスに口をあてた。知らない人がいきなり聞かされるには確かに突飛な話だが、大としては事実を言っているのだから仕方ない。
幸太郎の状態を病院で聞いた後、近くにあった喫茶店に入って、大と凛は一気に自分達の秘密を話す事になった。流石に目の前で変身してはごまかしがきかず、他言無用と念を押して秘密を共有する事で手を打ったのだ。一輝はしきりに感心したり、質問をしてみたりと忙しなく大達に話を聞いた。
「でもよ、ティターニアって確かタイタナスの神様から力をもらってるんだろ? あれ大西洋のほうにある国じゃん? なんで日本人のお前が同じ力を持ってるんだよ」
「色々あったんだよ。正直言うと、正確な理由は俺にも分からん」
いくつかこうでないかという理由は大と綾で考えてはみたものの、今のところ答えは出ないままだ。そもそも綾自身も巨神の加護を得た理由は、偶然としか説明できていないのだ。大が力を得た理由が分からなくても仕方のない事だった。
「大がティターニア大好きだからじゃないのォ? 大とティターニアの付き合いって、小学生の頃からなんでしょ? 確か若い頃のティターニアに、何度も助けられてるんだよね」
大の隣の席から、凛が茶々を入れる。一輝は更に驚き、語気も熱くなってきていった。
「なんだよそりゃあ……。そっちもなんで今まで話してくれなかったんだよ」
「話せるわけないだろ、どっちも」
単に子供の頃、ティターニアに助けられた事をからかわれて以来、人に話す気になれなかっただけだ。これ以上同じ事になっても困る為、大は話を切り替えた。
「そんな事より、問題は秋山のほうだ。あいつが怪人になった原因を調べなきゃ、他に被害が出るかもしれない。警察やアイが捜査するだろうけど、俺達にも何かできないかな」
「いいねェ、そう来なくちゃ」
凛も嬉しそうに同意した。
「一番怪しいのはあの降霊会だよね。秋山君に降ろしたっていう守護霊が悪さしたとか?」
「それもだけど、俺はあの配られた仮面が気になるんだよ。あれは昨日盗まれたラージャルの黄金仮面と同じデザインだった。偶然とは思えない」
「ラージャル? 降霊会の時から言ってたけど、それって誰なんだよ」
一輝が眉を寄せる。確かに世界史としては大して重要ではない為、大のように興味を持っていなければ、知らなくてもおかしくはない名前だ。
「中世時代のタイタナスの英雄だよ。昨日綾さんと博物館に行った時、ちょうど展示品の強奪事件に遭遇してさ」
「ああ、大学でデートって言ってたやつか。あれマジだったのか。誰だよ綾さんって」
「そこはいいから、食いつくなよ。今大事なのは仮面の方なんだから」
食い気味にのってくる一輝を抑えて、大は博物館であった事件について説明した。
「ラージャルの配下を自称する超人が、ラージャルゆかりの品を強奪した。それとは別に死者の霊を呼べる女が霊を降ろしたら、その霊がラージャルについて警告してきた。ついでにラージャルの仮面にそっくりな仮面を配ってる奴がいて、それを被ると怪物に変わるおまけつきだ。偶然で片付けられないと思うのは俺だけか?」
うーん、と凛と一輝が悩む仕草を見せた。
「確かに何かありそうなんだけど、証拠は何もないんだよね」
「とりあえず探してみよう。さっきの秋山が変身した姿、絵にできるか? ティターニアに見せてみよう。ラージャルと関係してるなら何か分かるかも」
「いいよ。分かった」
凛はテーブルに置かれていた紙ナプキンを手に取り、小声で呪文を唱えながらコップの水を垂らしていく。以前にも見た事がある、凛の脳内の記憶を紙に書き写す自動筆記の一種だ。
垂れた水が自在に動き、次第に色を持ちだしてナプキンの上に絵が描かれているのを眺めていると、一輝が思い出したように大に話しかけた。
「ところでよ。お前がそのミカヅチだってんなら、ティターニアの正体も知ってるんだろ? 誰なのか教えてくれねえ?」
「駄目だ。絶対に駄目。こればっかりは許せない」
「いーじゃねーか。友達だろ? お前らの正体だって知ってるんだし、もうヒーロー仲間みたいなもんじゃねえか」
「そういう訳にはいかないよ。ティターニア本人に教える気がないのに、俺が勝手に話す事はできない」
「そう言わずにさ、ほらちょっとだけでいいから」
しつこく食い下がる一輝を大がたしなめていると、不意に店のドアベルが軽やかな音を立てた。開いた扉からパンツルックのスーツに身を包んだ長身の女性が入ってくると、焦った顔で店内を見回す。そして目的の相手を見つけると、風を巻くような勢いの歩き方で、真っすぐ大達の席まで進んできた。
「大ちゃん!」
「綾さん?」
なんでここに、という前に、綾は大の手を取り、大の頬に自身の右手を当てて一気にまくしたてる。
「また勝手に戦ったって? 怪我はない? 私の知らないところであんまり無茶はしないで。今回は病院送りになった人がいるって言うじゃない。凛も関わってるの? 何があったの? 今回の相手は誰? またドマ達? まさかラージャル本人が来たなんて言わないでしょう?」
「いや、綾さん。俺は大丈夫だから落ち着いて。ていうか何でここが分かったのさ」
大の体に怪我がないか手早く触れて確認する綾に半ば為すがままになりながら、大は尋ねた。確かに獣人と戦った事は綾にも連絡していたが、詳細は帰ってから話そうとしていたのだ。当然、この店の事も話してはいない。
「ボクが教えたんだよ」
絵を描き終えて、凛が注文していたプリンをスプーンですくった。味わうその口元に浮かぶにやにやとした笑みは、味わっている甘味だけからきたものではないようだった。
「凛……何やってんだよ」
「だって綾さんから連絡来たんだもン。隠しといたらボクがやばいと思って」
「あのなあ」
「おい、大。その人誰だ」
またしても置いて行かれている一輝が、困惑と驚きの目を綾に向ける。綾はやっと気が付いたようで、少し咳払いをした後、一輝に笑いかけた。
「ごめんなさい。変なところを見せてしまって。大ちゃんのお友達? 天城といいます。大ちゃんとは子供の頃からの付き合いで、今はまあ保護者のようなものというか」
「そう、あれだよ。保護者みたいなもん。そう」
説明しにくい関係を綾と大はあいまいな言葉で説明するが、一輝はほとんど聞いていないようだった。目の前に現れた綾に見惚れて硬直する。
数秒してやっと何かに気付いたように一輝は動き、テーブルに前のめりになりながら輝く目で大を見た。
「なあ、この人なんだな? この人なんだろ? ティターニアの正体って。でなきゃ大がこんな美人と知り合いのはずねえし。だろ? そうなんだろ?」
「……ノーコメントで」
大は何とかそれだけ答えた。
苦しい回答だった。




