06 ザティーグの声
静流は優雅さすら感じる足取りで、大達の向かいにあるソファに座った。そのまま大の方を見て、軽く首をかしげる。
「ひょっとして国津くん?」
「俺の事、覚えてたの?」
意外だった。別段親交があるわけでもないので、静流は大の事を覚えていないだろうと思っていたのだ。
「凛がよく話してたからね」
「ああ、そっちからか」
「凛が魔法使いなのは知ってたけれど、国津君も超人だったんだ。だから凛と仲が良かったんだね」
確かに凛ならば、静流と友人であっても不思議ではなかった。元々活発で社交的な性格なのに加えて、「魔法で探し物や占いができる」と知られていて、大学での人気は高いのだ。
(先に凛に話してみるべきだったかな)
大の頭にそんな考えがよぎったが、今更である。恐らく後々、何故自分に声をかけなかったのか、と恨み節を聞かされる事だろう。
それを思うと少々頭が痛いが、静流は当然そんな事は知らず、話を進めた。
「でも『アイ』から話を聞きたい、って連絡があったのは驚いたんだけど、国津君が出てくるなんて、驚きが二倍だね。一体どんな話?」
「それに関しては、私が話します」
綾がやや強引に、会話に割り込んだ。
「私は『アイ』から派遣されてきました、天城と言います。こちら二人は助手としてきてもらいました、協力者の国津君と二上エル君」
冷静な口調で、綾は奪われていたペースをこちらに取り戻す。綾の口調から、静流も真面目な話になると感じたようで、襟を正して座りなおした。
大は隣のエルに視線を向けて、エルが妙な顔をしているのに気がついた。不審げな顔、というと少々語弊があるが、理由はわからないが何かがしっくりきていないような、そんな表情をしている。
大はエルに小さく話しかけた。
「エル、どうした? なにかあったか?」
「いや……」
エルの返答は歯切れが悪い。大はふと思い立った。ここにエルを連れてきた理由が、さっそく功を奏したのかもしれない。
「なにか感じるのか?」
「うん……、いや、なんかある気はするんだけど。よくわかんねえ。後で話す」
エルはそれきり口を閉じた。二人が会話を終えたのを見て、綾が改めて口を開いた。
「本日伺った件ですが、昼前に兜町で起きた、シュラン=ラガの遺物の暴走事件、ご存知ですね」
「……はい」
話の内容は想定していたものだったらしい。綾に聞かれる前に、静流はさらさらと答えていった。
「あの時、私は近くのデパートの中にいて、ロボットがティターニア達と戦うのを間近で見ていました」
「素直に話してくれるなら、こちらとしても助かります。私と大ちゃんもあの場にいて、戦いを見ていました」
(最前線でね)
大は心中で付け加えた。綾も嘘は言っていない。戦闘に参加していたのを黙っているだけだ。
「そこで、私達はあなたの姿を見ています」
「はい」
「ティターニアがザティーグと呼ばれるロボットの首を斬り落とそうとした時、あなたはそれを止めるように叫んだ」
「そうですね。確かに私はあの場にいましたし、ティターニアを止めようとしました」
綾が意外そうに眉を寄せた。静流の言葉はあまりに正直すぎた。
静流の行動は、ザティーグと何か繋がりがあるのかと勘繰られても仕方のないものだ。少しは隠すなり、誤魔化すなりしてもよさそうなものだが、彼女の顔も口調も、後ろ暗いところは一切ない。
逆に、静流の後ろで立っていたお手伝いが心配そうに声をかけた。
「静流様……」
「いいの、不二さん。大丈夫だから」
不二と呼ばれた彼女は、それ以上何も言わずに元の姿勢に戻り、大を激しく睨みつけた。
(お嬢様を犯罪者扱いでもしたら、ただではおかないからな)
そう言われている気がして、大は軽く身震いする思いだった。そんな大は置いたまま、綾はそのまま話を続けていく。
「私は大ちゃ……、国津君から、あなたが半身不随であると聞いていました。ですがあなたは歩けるようになっていますね」
「国津くんが知らないのも無理ありません。私の脚が動くようになったのは、夏休みに入ってからですから」
静流はシュラン=ラガ襲撃の際に母をなくし、自身も脊椎を損傷した。結果半身不随となり、十年以上にわたって屋内でも車椅子なしに動くことはできなかった。
お手伝いとして雇った不二も、静流の父である計雄が仕事をしている間、静流の面倒を見てもらう為に雇ったものだ。
計雄は静流のためにあらゆる手段を尽くしてきた。様々な医者にコンタクトを取り、回復に繋がりそうな先端技術を調べた。しかし、静流の体は一向に回復しなかった。
それが、夏の初めに転換した。画期的な外科手術により、静流はついに歩くことができるようになったのである。
「半身不随の治療……?」
大は驚き混じりに呟いた。医学的知識などせいぜい漫画やドラマで見聞きした程度のものだが、破壊された神経の修復が非常に困難なことくらいは、大にもわかる。
「毎日リハビリを続けて、やっと歩けるようになってきて。それで今朝初めて、車椅子を使わずに街を歩こうと思ったんです」
「私もお嬢様を手助けする為、同行しました」
と、不二が言った。
「では、あの時ザティーグと会ったのは偶然だったんですね?」
「はい。欲しいものがあったわけではないんですが、町を色々歩いて見て回ろうと思って。そうしたら、いきなり声が聞こえました」
「声?」
大達は一様に、困惑の表情になった。大が言葉の意味を図りかねていると、エルが耳元に口を寄せて囁いた。
「なあ、この姉ちゃん大丈夫か?」
「おい、失礼だぞ」
さすがに言いすぎな内容に大は顔をしかめ、小さく叱責する。
「でもなぁ。言ってる事がワケわかんねーよ」
「これから話してくれるさ」
エルはいまいち納得できないようだったが、とりあえず黙る事を選んだようだ。静流はそのまま話を進めて行く。
「確かに、皆さんは理解できないかもしれません。一緒にいた不二さんもそうでしたから。でも、私は確かに聞いたんです。ざてぃーぐ、でしたっけ。あのロボットの中には、確かに人の意志というか、心があって、突然の状況に怯えていました」
「その……、正直、私にはよく理解できません」
「そうですよね。すみません。あたしもそう感じとれた、ってだけですから。説明は難しいです」
静流は素直に答えた。
「その、ザティーグの中にいる人、ですか。その人は何か言っていましたか?」
「すごく怯えてるみたいでした。どうなってるんだ、とか、助けて、とか。突然耳元に届いてきたんです。不二さんにも確認したら、そんな声は聞いていないと言われて。最初は幻聴かとも思ったんですけど、どんどん声が大きくなって、そしたらいきなり、外からどかん、って大きな音がしたんです」
ミカヅチ達とザティーグとの戦いの音だ。
「いきなり大騒ぎになって驚きました。不二さんが逃げようと手を引いてくれたんですけど、その間も声は聞こえてきたんです」
「静流さん」
大は話に割り込んだ。
「俺もあの場にいたけど、そんな声は聞かなかったよ。多分綾さんも。でしょ?」
「ええ」
綾がうなずく。
「ザティーグとミカヅチ達が戦ってるところを見てたけど、そもそもあいつは一度も喋ってなかった。超音波みたいなのは出してたけど。ほんとにそれはザティーグが話した声だったの?」
「そう思う気持ちはわかるけど、あたしは本当に聞いたの。ザティーグの中から、誰かがあたしに話しかけてるって感じた。それも二つの声が」
「ふたつ?」
「ヒーローがあのロボットと戦ってる最中に、最初の声は助けて、やめてって叫んでた。それとは別に、ヒーローと戦うのを主導してる声というか、イメージのようなものを感じたの」
静流の言葉はどういう事を意味するのか。大は考えた。
ザティーグはシュラン=ラガが作った兵器だ。それは間違いない。自立行動する為のAIは積まれているが、心や自我などは存在しないはずだ。
仮に静流の話が勘違いなどではないとしたら、ザティーグの中に誰かの魂がとりついている、という事だろうか。
馬鹿馬鹿しい、とは一笑できなかった。現に神や悪魔や魔法使いが、大の周囲にいるのだ。今更不思議が一つ増えても誰も驚きはしない。
おそらく綾も同じ考えだろう。綾は軽く考えた後、口を開いた。
「あなたはいわゆる超人として、何かに目覚めたのかもしれません。それがザティーグの中にあるという、誰かの意識を読み取ったのかも」
「私が、超人?」
「はい。本来ザティーグはただの兵器です。ですが仮に、今日現れたザティーグの中に、誰かが乗り移っているというのが本当ならば、あなたは今回の事件を解決する重要な鍵になります」
「はい」
「これから『アイ』の本部ビルまでご同行をおねがいできますか。あなたの力について、調べさせてほしいのです」
そう言われるのを予測していたのだろう。静流は真剣な面持ちでうなずいた。
次回は12日(日)21時頃予定です。
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