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05 令嬢、水無月静流

 大が問題の女性、水無月静流(みなづき しずる)を初めて見たのは、春の大学説明会に出た時だった。

 自分と同年代の少女が、陽光を反射してきらめく程に磨き上げられた車椅子に乗り、介護人の女性に協力してもらって大学構内を移動する姿は、嫌でも人目を惹いた。


 後で凛から聞いた話によると、彼女は小学生の頃にシュラン=ラガの襲撃に巻き込まれて重傷を負ったらしい。それ以来脚が動かず、車椅子生活だという事だ。しかし実家が裕福な事もあり、生活自体は不自由していないそうだった。

 

「水無月さんの父親は、大門製鉄の重役なんだってさ」

「へえ」

「ああ、あの水無月家の令嬢か」


 綾と灰堂が興味深げな声を発した。大門製鉄は明治時代から続く、葦原市を代表する大企業だ。その中でも水無月家は会社創設時から経営に関わっている一族だ。現在でも大門製鉄の大株主で、県内でも有数の資産家である。


「その水無月家の子が、ザティーグの破壊を止めた子と同じだというんだな」

「さっきも言ったけど、似てたってだけの話ですよ。本当なら車椅子に乗ってるはずなんで」


 しかしそれを他人の空似と思うには、彼女は似すぎていた。大は静流とそれほど親しいわけではないが、同じ大学に通う同期生を間違えるほど物覚えは悪くない。


「夏季休暇の間に、治療に成功したのかもね。お金なら出せるでしょうし」

「なんにせよ、今は手がかりが何もない状況だ。確認するだけしておきたい」


 灰堂は口元に手を当てて軽く考えて、


「大。綾と二人でその子を確認しに行ってくれるか」

「俺たちでいいんですか? 一応これ、『アイ』の管理官の仕事だと思いますけど」


 現代の日本では、常識の枠外から外れた力を持つものは、皆『アイ』の保護下におかれることとなる。管理官とはそういった超人の調査を始め、未熟な超人の能力が悪用・暴走しないように訓練、学習の手伝いを行うのが主な仕事だ。

 まだ静流が超人かは分からないが、ザティーグとの関連があるならば『アイ』が関わってくる問題である。門外漢の大達が不用意に関わっていいか、大にもあまり自信がない。


 灰堂は苦々しげに笑った。


「情けない話だが、今は手が足りん。それに、水無月静流が事件に居合わせた子と同一人物か、確かめられるのはお前達だけだ」

「私は構わないわ。シュラン=ラガについて何か知っているなら、私も聞いておきたい」


 綾の言葉に灰堂は頷き、


「俺が君達に仕事を依頼した事にする。彼女が何か知っていそうなら、『アイ』に連れてきてくれ。もちろん、バイト代も出すぞ」


 大としては断る理由はない。しかし大は依頼を受けながら、数ヶ月前に起きた事件を思い出していた。


(俺、この間その『バイト』を受けて、ひどい目にあったばっかりなんですけど……)


 大の心のつぶやきは、無論誰にも聞かれる事はなかった。


──・──


 大きな屋敷だった。

 門を通って敷地に入ると、広く丁寧に管理された庭が目を引く。手入れされた雄大な松の木を主役に、青々とした木々と岩で作られた庭園が作られている。庭の先には平屋建ての屋敷が、視界目いっぱいに広がっている。こんな風景、大はテレビやネットの画像でしか見た事がない。


 十年以上前、シュラン=ラガの侵略で屋敷が破壊された後、静流の両親は体の不自由な一人娘に合わせて家を建て直したのだろう。市内中心部にほど近いこの場所では、この広い土地を手に入れるだけでも相当な額のはずだ。


「金って、あるところにはあるんだなぁ……」


 屋敷の入り口に向かいながら、大は呟いた。平日の夜や週末にアルバイトで金を稼いでいる身には、こんな家を手に入れるにはどんな仕事をすればいいのか、もはや想像もつかない。


「大ちゃんが家の事なんて考えるのはまだ早いわ」


 右隣で軽く笑いながら、綾が言った。


「今はいろんな経験をして、立派な社会人になれるように頑張りなさい」


 子供を諭す親のような言葉をかけられるのは、大としても嫌な気分ではないが、もどかしかった。綾から男として見られるには、自分はまだまだ時間も経験も足りないと、否が応でも分からせられる。


「それでよ、何で俺まで呼ばれたんだ?」


反対側から無愛想な声があがる。Tシャツとジーンズのこざっぱりとした格好で、二上エルが面倒くさそうに口を歪めていた。


「その水無月さんと俺が、一体どう関係するんだよ」

「お前はシュラン=ラガの機械が近くにあったら、気配を感じ取れるだろ。それで水無月さんを確認してほしいんだよ」


 エルはシュラン=ラガの研究によって生まれた霊的生体兵器である。数週間前に知り合った間柄だが、悪魔のように肉体を変化させるその力には侮れないものがある。それに加えて、彼らの兵器システムについての知識が、その頭脳に組み込まれているのだ。


 仮に静流がザティーグの関係者であるならば、エルがいれば何らかの気配を感じ取れるだろうと考え、大がエルを連れてくるように提案したのだった。


「バイト代は出るって灰堂さんも約束してくれたからさ。手伝ってくれ」

「まあ、俺も暇だからいいけどさ……」


 エルはまんざらでもなさそうに言った。口では文句を言いつつも、こちらに来てからずっと暇を持て余していたのは大も知っている。仕事に呼ばれ、頼りにされているというのが嬉しいのだろう。


「なら、お願いね、エルくん」


 綾も優しくエルに声をかけた。


「何か気になる事があれば何でも教えてちょうだい」

「了解。 おばさんもしっかりね」


 一瞬、空気が固まった気がした。

 硬直した空気が動き出すと、大が紫電の勢いでエルに突っかかっていた。


「お前、お前いきなり何言いだすんだ」

「何って、別におばさんはおばさんだろ」


「どう見たってお姉さんだろ」

「25過ぎたらみんなおっさんおばさんだって、ママが言ってたぜ」

「あのなあ……」


 大からすれば、綾に対して一度も考えた事のない言葉だった。綾は大にとって幼少期からの憧れの存在であり、ある種神格化すらしている節がある。仮に綾が百歳になっても、大は今と同じ反応を示すかもしれない。

 慌てる大の隣で、綾が苦笑した。


「はは……。まあ、高校生から見たらそりゃあね。10歳以上年上ならおばさんでしょ」

「綾さんまで……! そういう事言うの良くないよ! 綾さんは自分の魅力を過小評価しすぎなんだって!」

「そうね、ありがとう大ちゃん」

「俺は真剣に言ってんだからね!」


 向き合って力説する大を、綾は笑顔で軽くいなすのだった。


───・───


 大達は屋敷に入ると、家のお手伝いにリビングルームに通された。

 広く、物の整理された室内の中央にローテーブルが置かれており、両側を挟むようにして設置されたソファに、三人は腰かけた。


「静流様は支度が長引いておりますので、少々お待ちください」


 大達をここまで連れてきたお手伝いはそう言うと、部屋の奥にあるキッチンに向かった。来客用の紅茶を淹れながら、大達を監視するように目を向ける。

 歳は二十代後半といったところだろうか。ボブカットのクールな顔立ちに、飾りっ気のない眼鏡の奥に容赦のない鋭い目つきが光っているのが、遠くからでもよく分かる。


 それも仕方ない、と大は思った。綾はともかく、大とエルは学生だ。格好もラフな私服のままなので、『アイ』から派遣された人間だと言っても、あまり説得力がない。事前に連絡をしていなかったら、ドアも明けてもらえずに追い返されていたかもしれない。


 高級そうな木製のローテーブルに、輝くほどに真っ白な磁器のカップが並べられた。中にはルビーのような紅茶がかぐわしい香りを浮かべている。

 

 まずは落ち着こう。大はカップを手に取り、軽く紅茶に口をつけた。失礼のないようにと思っていたせいか、体が緊張で強張っていた。隣の綾やエルは楽にしているのだが、このあたりは経験の差と、怖いもの知らずな性格の差だろう。


 そうこうしているうちに、部屋の奥にある通路の方から、軽快な足音が聞こえてきた。

 誰だ、と思う間もなく、足音の主が姿を現した。


「どうも、お待たせしました。水無月静流です」


 そう言った彼女は、一点を除いて、確かに大の記憶にある静流の姿だった。


「あれ?」


 大の口から素っ頓狂な声が漏れた。

 静流は大の記憶にある車椅子の姿ではなく、両の足を使って立派に立ち、歩いて部屋に入ってきたのである。

次回投稿は12日(土)21時頃予定です。


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