04 事情聴取をうけて
甲高いサイレンの音が、葦原市の中心部に鳴り響く。
消防車の出動で、火災は既に消し止められていた。警官が周辺の交通整理をする中、救急車が怪我人を次から次へと運んでいく。
ザティーグの暴走は市内に大きな衝撃を与えていた。異次元からの侵略者、シュラン=ラガの兵器が久方ぶりに現れた事で、人々はかつての惨劇と恐怖を思い出していた。
ほんの数分だと言うのに、周辺に与えた被害は相当なものだ。当時を覚えているものは、たとえ液晶画面越しでもその姿を見ただけで、背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。
警察に消防が混乱を回復し、町を建て直、普段の生活を取り戻すために全力を尽くしている。その隣で、もう一つの組織が仕事を行っていた。
被害があった通りの近くにあるドーナツ店。そこで大と綾は、灰堂武流と向かい合って席についていた。
「今入った情報によると、ザティーグによる被害者は軽傷者が七名。重傷者が一名。死者はゼロだそうだ」
スマートフォンを胸ポケットに入れながら、灰堂は言った。パターンオーダーのグレースーツをきっちりと隙なく着こなした姿は、テレビの討論番組に出る時にもお馴染みの姿だ。その紳士然とした姿からは理性と真摯さ、そして意志の強さがにじみ出ている。超人管理機関『アイ』の管理官でありながら、広報担当の顔として扱われるのも納得の姿だ。
「君達が奴を止めに入った事で、被害は最小限に抑えられた、と言いたいところだな」
「一応、努力はしました……」
「わかってる。さっき話した怪我人も、お前が動く前に怪我した人達だしな。お前は頑張ったよ。ただ、奴を破壊していればベストだったな」
大は何も言い返せず、小さくなるばかりだ。ザティーグに内臓されている兵器の数々を思えば、死者が出なかっただけでも良かったのかもしれない。だがもっと上手くやれたのでは、という気持ちがどうしても残るのだ。
例えばミカヅチの代わりに、目の前にいる灰堂武流こと、グレイフェザーがあの場にいたならば、もっと違った結果が出たのだろうか。
考えてもしょうがない、とは思うが、考えてしまうのは仕方ない。偉大な先輩の存在は、時に悩みの種となるものだ。
「それで、あのザティーグだけど」
大の隣で綾が口を開いた。
「あれはどこから出てきたのか分かったの? あんなものが市のど真ん中に、一体だけでいきなり現れるなんておかしいでしょう?」
「目撃者の証言によると、葦原城の堀の中から飛び出てきたそうだ」
「堀から?」
綾も大も顔に疑問符を浮かべた。
「昔のシュラン=ラガ侵攻時に堀の底に沈んで、そのまま機能を停止していたものが、何かが原因で目を覚ましたんじゃないかと考えられている」
「確かに、ありえなくはないですね」
シュラン=ラガの侵略時に地球に送り込まれた兵器の数々が、未だにすべて処理されずに眠っているのは、大達もよく知っている。それは時たま不発弾の如く現れ、大なり小なり、事件を巻き起こすのだ。
ザティーグが現れた原因としては、納得のいくところだと言えるだろう。
綾はなんとなく納得がいかないような顔をして、
「シュラン=ラガとか、連合が送り込んできたって可能性はないの?」
「堀の中に奴を呼び出したポータルの痕跡がないか、一応調査する予定だ」
「十年近く泥の中に埋もれてたにしては、妙に綺麗だった気もするけれど」
「そこまではわからん。調査の結果次第だな。その間にこちらは、逃げた奴の行方をつかみたい」
「そうね。ザティーグをどうにかしないと、大変な事になるわ」
皆が頷く。目的も分からない兵器が町の周辺をうろついているのだ。どうにかしない事には皆夜も眠れまい。
「そこで君たちにも協力してもらいたいんだ。二人とも、奴と戦った際に、何か気付いた事はないか? 手がかりになりそうなら何でもいい」
「そうは言っても……。あいつ何も喋ったりはしなかったし、変わった事って言うと……」
大は先程のことに頭を巡らせた。
「そういえば、あいつ何か変に人間臭かったというか、ロボットっぽくない動きをしてましたね」
「人間臭い?」
「そうなんです。なんか戸惑ってるというか、いきなり町中に放り出されて、ビビってたようなところがあって。俺たちが出たら、そういうところも消えちゃいましたけど」
「ほう。それは妙だな」
灰堂が興味深げに目を光らせた。
「確かにザティーグは自律型の兵器だが、命令に従って行動するだけで、自我が存在するわけではないはずだが」
「人が外で操ってるのかな、って感じでしたね」
「どこかの悪趣味な奴が、無線操縦できるように改造したか?」
戦車も破壊できる装備を積んだロボットとなれば、犯罪者の使う道具としては最悪の部類だと言えるだろう。もしこれをどこかの企業や組織が確保し、悪用しようとしているとすれば、考えるだけで恐ろしい。
「どうにかしないと」
「そうだな」
話し合う二人の横から、綾が会話に加わった。
「他にも気になる人がいるわ」
「他に? 誰だ?」
「私達がザティーグを破壊しようとした時、それを止めようとした人がいたの」
「どういう事だ?」
綾が灰堂に説明する。ザティーグの首をティターニアが切り落とそうとした時、彼女は突然現れて、剣を落とすのを止めさせようとした。
大もその人の事は覚えていた。暴れまわっていた殺人機械を前にして、何とか破壊を止めようとするその姿は、大に鮮烈な印象を与えていた。
うむ、と灰堂が考え込むように、顎に手を当てる。
「なるほど。今回の事件の関係者、という可能性は十分にありえるな」
「どうにかして彼女を探し出せば、何か情報が掴めるかもしれない」
「それなら俺、どこにいるか多分わかるよ」
大の言葉に、綾と灰堂が疑問符を浮かべた。
「大ちゃん、何か知ってるの?」
「うん。顔だけなら心当たりがあるんだけど……」
「顔だけ? どういう事なの?」
「うん……。あの人、普通に歩いてたろ? 俺が知ってる人は本当なら、車椅子を使ってるはずだからね」
「一体何者なの?」
「実は、俺の大学の同期なんだ」
思ってもみなかった答えに虚をつかれ、灰堂と綾は共に言葉を失うのだった。
次回は10日(木)21時頃予定です。
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