02 鉄の体の底から
大達の前で、ザティーグは天を仰ぎ、吼えた。泣き声の代わりに発せられた超高音が耳をつんざき、周囲を震わせる。
「痛っ!」
「くぅっ……!」
大と綾は思わず耳を塞いだ。音の爆発は耳どころか腹の底まで震わせてきて、立っているだけで吐き気がこみ上げてくる。内臓を直接殴られている気分だ。
周囲の人間も動きを止めていた。子供や老人の中には、倒れ伏し泣き叫ぶ者もいるのが見えた。
ザティーグの頭部に設置された、音響兵器の効果だった。
その効果は路上の歩行者だけでなく車内にまで届いた。運転手が前後不覚に陥り、蛇行運転や衝突があちこちで起き始めた。
通りは完全に大惨事となっていた。人の嘆き、叫ぶ声が、時折自動車の破壊音と混ざりながらこだまする。
惨事の中心にいるザティーグは、その場から全く動かず、首を左右に振って周囲を眺めていた。
「……あいつ、なんか変だな?」
既にザティーグの音響兵器は停止していた。
シュラン=ラガの作った兵器であるはずなのに、ザティーグの動きはどこか違っていた。その動きは周囲を観察しているというよりも、目の前の惨状に戸惑い、うろたえているように見えた。どこか『人間くさい動き』なのだ。
よく見ると、ザティーグの全身は濡れていた。水の痕跡をたどると、その先にある、葦原城の堀から出てきたらしい。
10年前、シュラン=ラガが送り込んだ際に堀に落ち、そのまま機能停止して放置されていたものが、何らかの原因で動き出したのだろうか。
それとも、誰かが水中にあるザティーグを見つけて、操作しているのかもしれない。それならば彼の兵器らしくない動きも分かる。
だとすれば、その目的は一体何なのか。考える大の肩が軽くたたかれた。
顔を向けると、綾が真剣な表情で頷いた。
「考えてることは想像つくけど、今はこの状況をどうにかする方が先よ」
「そうだね!」
二人は逃げ惑う人々の流れにのってザティーグから離れつつ、途中で建物の陰にはいった。路地裏で人がいないのを確認し、大は綾に手を伸ばした。
「綾さん、手握って」
「ええ」
綾がしっかりと握るのを見て、大は意識を集中させた。大と大が触れているものに対して、幻の膜を張っていく。
ものの一秒と経たずに、大と綾は姿をかき消す幻に覆われた。これで周囲を気にすることなく、戦いの準備を整える事ができる。
軽く呼吸を整え、全身にエネルギーの流れが行き渡っていくのをイメージし、二人は叫んだ。
「巨神!」
「巨神よ!」
二人の体を光が包んだ。偉大なる巨神の加護が二人の体を包み、世を正す為の力を与える。
二つの光球は宙を舞った。天高く舞い上がり、ザティーグの前に流星の如く落下する。
そして光が消えた後に現れたのは、二人の戦士。首から下を青の衣に隙間なく包まれ、目元を赤い仮面で隠した女と、同じく赤い衣と青い仮面を着けた男。どちらも上に軍服を思わせる戦装束をまとい、手足に白銀の武具を身に着けていた。
「偉大なる巨神の娘、ティターニア」
「偉大なる巨神の子、ミカヅチ!」
海を渡った異国の神の力を授かった戦士の、勇ましき姿だった。
───・───
青年は感動と恐怖を同時に味わっていた。
目の前に現れたのはまさにティターニアとミカヅチ、その人だ。葦原市に現れたヒーローを間近で実際に見る事ができるなど、そうそう経験できる事ではない。青年のような若者にとってはまさに夢の出来事である。
しかし、彼らがなぜ出てきたのか。それは自分が町中で暴れているからだ、というのも分かっていた。
暴れたくて暴れたわけではない、ただ混乱していただけなんだ。そう言いたくても、この機械の体では会話ができないらしい。先程叫んだ時に、声の代わりに放たれた音が兵器となって、周辺を破壊したばかりだ。
青年は焦った。このままでは二人は確実に襲いかかってくる。なんとかして二人に、自分の事を伝えなくてはいけない。
(待って、お願いだから、待ってくれよ!)
青年は両手を前に突き出し、二人を落ち着かせようと努めた。こちらに戦う意思はない、と言葉以外で伝えるのがこれほど難しいとは、青年は考えたこともなかった。
それでも、なんとか二人は異変に気付いてくれたようだった。何か妙だと感じ取ってくれたようで、仕掛けて来ずに様子を伺っている。
ありがたい。次はどうしよう、と青年は必死に頭を働かせた。いっその事バンザイの格好で、降参の意思を示すのが一番だろうか。
(このまま何も言えず、勘違いされたまま殺されるなんて絶対イヤだ)
そう思った時、頭の隅で何かが鳴ったような気がした。
(周囲索敵完了。前方に巨神の子と思われる超人二名を確認)
そんな声が聞こえた気がした。声というよりは、そう言った意味の思考といったほうが近いかもしれない。
(なんだ?)
(二名はこちらに対し戦闘態勢。防衛迎撃の為に全装備のロックを解除)
(なんなんだよ、お前は!)
外から割り込んで来たその思考の羅列は、次第に形を取り、大きく強くなって、青年の自我を締め付けていく。先程まで違和感なく動いていた機械の体が、まるで麻酔をかけられたようにじわじわと感覚を失っていく。
(作戦目的、巨神の子の殲滅)
絶望的な響きの声を最後に、青年は完全に体の主導権を奪われた。
次回は6日21時頃予定です。
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