16 事件は終わり、戦いは続く
ミカヅチがエルに運ばれて現場にたどり着いた時、全ては終わっていた。
上空から、ブライトの隣でクロウが体を軽くストレッチしているのが見えた。周囲に茉莉香とソダルもいる。そしてさらに一人、予想外の相手がいるのに、ミカヅチは目を見開いた。
「ティターニア?」
つぶやきを気にせず、エルは急降下した。そのまま皆の頭上まできたところで、ミカヅチの肩に回していた腕を開いた。
「下ろすぞ」
「おっと……」
前置きのほとんどない動きだったが、ミカヅチは難なく反応して着地した。
振り向いた先で、ティターニアがじろり、とミカヅチを見つめていた。
「ティターニア……」
「ミカヅチ。大丈夫?」
大丈夫、の言い方に、ミカヅチはぞくりとした。「何やってるの」とたしなめられたように聞こえた。
「大丈夫、です」
「連絡をくれた時は、人探しにちょっと付き合うだけ、みたいな事言ってたと思うんだけど」
「そうです」
「でもシュラン=ラガが相手なら、もしかしたら暴れることもある、って分かってた」
「ごめんなさい……」
「別に謝らなくていいから。でも突っ走るのはやめて。特に、今回の相手はシュラン=ラガって分かってたんでしょ」
「はい……」
うなだれるミカヅチの姿を、エルはぎょっとした顔で眺めた。
「お前、さっきの勢いどうしたんだよ」
「そこは言わんでくれ。こっちはこっちで色々あるんだ」
ミカヅチの姿に反省の色を見たか、ティターニアは軽く微笑んだ。
「まあ、偉大なる巨神の子は、事件に巻き込まれる才能も授かるみたいだからね。それより」
ティターニアが険しい顔を向けた先に、怯えすくむソダルの姿があった。
「ソダル・ガー。あなたがまた地球に現れるなんてね」
「よ、よせ、ティターニア! この兵器は俺たちとは関係ない! 俺たちはむしろ被害者なんだ!」
ソダルは両手を前に出して、否定するように手を振った。その手首と足首には、茉莉香が持っていた拘束具がつけられていた。
ティターニアは鼻で笑った。
「へえ? 冗談にしてはなかなか面白いんじゃない? シュラン=ラガの人間が地球で被害者を語れると、本気で思ってるわけ?」
「ひぃ……ッ!」
鋭い視線で睨みつけられて、ソダルは喉奥で悲鳴を上げる。このまま見ているわけにもいかないと、ミカヅチはフォローに入った。
「ティターニア、落ち着いて落ち着いて」
シュラン=ラガはティターニアにとって宿敵である。彼らに対してはティターニアもいつもの冷静さを忘れ、熱くなってしまうのだ。
彼女の心中には帝国に対する怒りと憎悪が、消えない熾火のように燃え続けていることを、ミカヅチは知っていた。
このまま放っておいては、素手で相手の体を破壊してでも洗いざらい情報を聞き出しかねない。
「今回の騒動の原因はこいつじゃない。いや、こいつも関わってるっちゃ関わってるけど」
「じゃあまずはこいつに洗いざらい吐かせましょう」
「いやいや、だから落ち着いて!」
ギリギリと音を立てて握られた右拳を両手で抑えた。
「敵はこいつだけじゃない。このでかいロボットを従えてたやつがいてさ……」
そこまで言って、ミカヅチはその相手がいないことに気がついた。
「バルロンはどうなった?」
「さっきティターニアがふっとばしちゃったよ。そこらへんに散らばってるでしょ……」
クロウがぐるりと周囲を見回して、「あれ?」と素っ頓狂な声を出した。
「バルロンがいない!」
その声に反応して、皆が周囲に目を配る。周囲には破壊されたアスファルトの残骸や機械の破片ばかりで、バルロンの粘体はどこにも残ってなかった。
「あのスライム野郎……。あれで死んでなかったのか」
ブライトが吐きすてるように言った。
ミカヅチの脳裏に、昔見たSF映画の光景が浮かんだ。バルロンと同じように肉体を自由に変えられる兵器が、爆発で四散した後、また一つに戻り、主人公達を追跡するくだりだった。
皆が話しているうちに、バルロンの肉片がそれぞれ独自に動き、どこか物陰で一つになった。だとしたらまだどこかに潜み、逆襲を狙っているのかもしれない……。
いつ来るかわからない奇襲に対応すべく、皆が集中した。どれほどの時間が流れたか、周囲には何かが動く気配はなかった。
「……逃げたみたいね」
皆を代表してティターニアが言うと、皆がほっと息をついた。
今夜の戦いの終わりを告げる息だった。
───・───
外はいつもどおり暑かった。冷房の効いた食堂で昼食を食べながら、大は午後からどう過ごしたものかと思いを巡らせた。八月中旬の日差しは殺人的で、食事の後で外に出るのが億劫になるほどだ。
アルバイトの予定はないし、一輝や凛も遊びに行っている。綾も当然仕事中だ。
連合との戦闘から数日が経ち、大達はいつもの生活に戻っていた。
事件が起きた後、ソダル・ガーは『アイ』に拘束され、警察に引き渡された。今は『アイ』と警察が協力して事情聴取を行っているところだろう。
ソダルのやった事は異世界からのスパイ行為であり、話は国家レベルの複雑な問題となってくる。もはや大達が関われる状況ではなくなってしまった。
それに加えて、シュラン=ラガの残党、ハーヴィル連合を始めとする無数の勢力が、地球で暗闘を行っているという事実は、『アイ』に衝撃を与えた。
「厄介ごとは増える一方だな」
事件のあらましを説明する時に、ため息混じりに呟いた灰堂の姿が、大には妙に印象的だった。
星という枠を超えた、異世界レベルでの冷戦。シュラン=ラガが地球に残した爪痕とその影響は、十年近く経ってもその深さと大きさを訴えてくるのだった。
あれ以来バルロンの姿は発見されていない。おそらくどこかで身を潜めているか、本国に逃げ帰ったのだと考えられた。
事件の結果は悪いことばかりでもなかった。茉莉香とエルはシュラン=ラガに追われている事が証明され、身柄を保護される事となった。茉莉香達は沖縄の家を離れ、葦原市に家を構える事になるらしい。
「あたし達はどこででも生きていけるさ。あんまり心配はしてないよ」
さらりと言う茉莉香の姿は、全てを飲み込み子を守る、頼もしい母親の姿だった。
大は食事を終えて、トレーを返却口に返した。ガラス張りのドアを押して開けると、熱気がむわっと体中にまとわりついてくる。
大学は夏季休暇の期間だが、食堂を使う生徒や、ゼミを受講している学生やサークル活動をしている生徒もいる。構内を歩く学生がちらほらと目についた。
とりあえず家に帰ろうか、と思った時だった。
「おい、大」
口調の割にかわいらしい声が背後から聞こえて、大は振り返った。
美しい少女が手に持った棒アイスを舐めながら、道の真ん中で仁王立ちしていた。背丈は大より頭一つは小さい。化粧っ気のないこざっぱりとした格好で、肩にかかる程の長さの黒髪に、浅黒い肌がエキゾチックな魅力をかもしだしていた。
大は少し考えるように眉を寄せた。こんな少女と知り合いではないし、ましてや名前を呼び捨てにされるようないわれはない。服装や佇まいから見ても、同じ大学生には見えなかった。せいぜい中学生くらいだろう。
「会いたかったよ、大。久しぶり」
困惑する大の事などお構いなしに、少女はまっすぐ近寄ってきた。大は思わずうろたえながら、疑問を口にした。
「悪いけど、俺は君みたいな子は知らないぞ」
「何言ってるんだよ。一晩過ごした仲だろ」
「はぁ?」
思わず声が裏返った。周囲に人がいなかった事が救いだった。特に凛などがいればうるさい事になる。
「わけのわからない事言わないでくれ」
「なんだよ、俺だよ俺。ちょっと変装したくらいで気付かないのか?」
「変装……?」
大はまじまじと少女を見た。何度見ても、彼女はと会った記憶はない。しかし、その雰囲気はどこかで見たことがあるような気がした。
答えが出てこないもどかしさに顔をしかめる大を、少女は面白そうに笑った。
「ヒントだ」
そう言うと、少女は口先を尖らせた。軽く息を吹くと、口から空気の代わりに火の筋が吐き出された。
その仕草に、大ははっと思い当たった。雰囲気は既視感があっても、女の姿だったからわからなかったのだ。
「エル!?」
「そうだよ」
「お前……、その、女、だったのか……?」
「違う。こないだは男だったけど、今日は女なのさ」
「なに?」
言葉の意味を測りかねる大に、エルは言った。
「この間、ママが言ってた事を覚えてるか? 俺は元々別の力を持ってた。悪魔の姿を取れるようになったのはつい最近だって」
「ああ、そうか……元は別の能力を持っていたんだっけか」
アパートに移動中、茉莉香が車内で話していた事だ。シュラン=ラガの襲撃以前、エルは別の能力を持っていた。男にも女にも姿を変えられるという能力である。
確かに言われてみればエルの面影がある。しかし目の前にいる少女の佇まいや雰囲気は、完璧に別人だ。実は姉弟だとでも言われた方が納得がいく。
「そういうことか……。なら、まあ……納得か」
困惑する気持ちを落ち着かせるように、大は言った。
「俺は別に男のままでもよかったんだけどさ。ママが安全の為に、女になっとけって言うから」
「なるほど。それで、なんで大学に来たんだ?」
「お前らがここの学生だって教えてもらったからな。俺、こっちの学校に転校することになったけど、夏休みが終わるまでヒマなんだよ。遊びたいけど知り合いはお前らだけ」
エルは上目遣いで大を見た。
「だからさ、どっか遊びに行こうぜ」
「俺と?」
「うん。お前となら、仲良くやっていけそうだからさ。いいだろ?」
「そりゃ、まあ俺も暇だけど……。でもお前、女の姿を見せるのは恥ずかしいとか言ってなかったか?」
先日の車内での会話では、エルは自分の能力を知られるのも嫌がっていたはずだ。
指摘されて、エルは少し目を反らしながら、かすかに呟いた。
「……お前になら、見せてもいいかなって思ったんだ」
「ん? なんだって?」
「なんでもない。いいから、町中を案内してくれよ」
言うが早いかエルは大の腕に手を絡ませ、小悪魔のように微笑むのだった。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
考えていたところまでは投稿いたしましたので、一旦完結とします。
書きたいものはありますが、次回どうするかは今のところ未定です。
本作の続きを書く場合は、完結を解除して続けて投稿しますので、その時は読んでいただけると幸いです。