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15 天雷

 クロウを載せたブライトが角を曲がり、大通りに出て、やがてゼイタンの姿が再び見えた。


 ゼイタンは動きを止め、屈むような姿勢をとっていた。その数メートルほど先の分離帯近くで、茉莉香の車が横転していた。

 車の後方が一部爆ぜているところから見て、ゼイタンの射撃が当たってハンドル操作を誤り、分離帯にぶつかったようだった。


 茉莉香とソダルが腹ばいになり、壊れたドアの隙間から出てこようとしていた。ゼイタンは二人に両手を突き出し、いつでも射殺できるように構えている。


 もう時間はない。

 クロウはブライトの背中から両手を伸ばし、目標に向かって一気に溜め込んだ魔力を解放した。


「Beware my order!」


 次の瞬間、ゼイタンの足元のアスファルトが泥のように溶け、ゼイタンに絡みついた。

 不意打ちの拘束に、ゼイタンはうろたえるように動いた。両腕でアスファルトを引きちぎろうとするが、クロウの魔力を受けたアスファルトは逆に腕にへばりつき、動きを制限していく。

 先程のバルロンの動きから思いついた拘束術だった。


「ブライト、止まって!」


 指示した後、クロウは更に追撃の魔術を開始した。


「ふっ……!」


 クロウが集中し、呼気とともに放った魔力が、天地と溶け合い命令を伝えていく。周囲に光の線が無数に走り、常人には読み解けない文字列を形作り、消えていく。

 不意に、空が音を立てて動いた。星のきらめく夜空に雲が集まり、月と星々を覆い隠していく。

 代わりに雲の合間から、白くきらめく光と雷音が生まれ始めた。


「みんなーッ! 目をつむって、耳を閉じて!」


 危険回避の呼びかけに、茉莉香達が反応して動いたのを目で追い、クロウは一気に必殺の魔術を解き放った。


「Beware my order!」


 天雷が落ちた。

 目を突き刺す閃光と耳を砕く轟音が、あたり一面を支配した。

 クロウが産んだ黒雲から落ちた巨大な稲妻が、ゼイタンの巨体を貫いた。


「うおおっ!」


 ブライトが両手で顔を塞ぎながら叫ぶ。天雷は一瞬だったが、その衝撃から皆が立ち直るまで、数秒はかかった。

 やがて、皆が落ち着いて安堵の息をついた時には、ゼイタンは動きを止めていた。


 雷の威力で、頭部は溶け崩れていた。両膝をつき、両手はだらりと下げたその姿は、首刈りの処刑を受けた罪人の骸を思わせた。


「いぃ……よっしゃァ! どうだこのガラクタァーッ!」


 興奮して絶叫するクロウを担いだまま、ブライトは呆然と破壊されたゼイタンを眺めていた。


「お……お前、こんなとんでもない事できたのか……」

「リーダーの凄さがわかった? もっと褒めていいよ、もっと!」


 思いっきり魔術を使った快感に、クロウは興奮気味で輝く鎧の頭部をぺしぺしと叩くのだった。


 クロウ達はブライトから降りて、茉莉香の下に近寄った。雷の高熱で、周囲のアスファルトはところどころ赤熱化しており、ゼイタンの周囲をぐるりと回って移動することになった。

 茉莉香は強化服のマスクを解除し、クロウの顔を眺めた。


「今の時代に魔法使いなんて冗談だと思ってたけど、訂正するよ」

「いやいや、実際ボクみたいな事ができるのは、ほんの少しの一流だけだからね」


 にっと笑うクロウに、茉莉香は思わず苦笑した。


「それで、このでかいのはなんとかなったけど、バルロンは?」


 茉莉香が尋ねた。


「あたしらが逃げた後、あんたらが倒したのかい?」

「ううん。どっかに隠れたままだよ」

 クロウは腕を組んだ。そのうち隙を見せて襲ってくると思っていたのだが、結局姿を見せないままだ。


「こりゃ、ボクがこいつを倒しちゃったから、怖くて逃げちゃったかな?」


 目の前にある巨大な戦果に気を良くして、クロウはにやりと笑った。

 その視界に黒い影が広がった。


「クロウ!」


 ブライトの声と気づくより前に、クロウは後方に引っ張られた。

 影が遠ざかり、周囲がプリズムのような光の空間に一瞬で移り変わった。クロウはブライトの光の鎧の中に入り、一輝の両腕に抱きしめられていた。


「ちょ、ちょっとォ」

「ごちゃごちゃ言うのは後だ!」


 騒ぐ二人の目鼻の先で、先程の黒い影がべたりと張り付いていく。あっという間に、光の鎧は全身を黒い粘つくものに拘束された。

 プリズムの壁にへばりついた粘体が蠢いた。ちょうどクロウ達の目の前で、粘体は人の顔を形作った。


「バルロン……!」

「先程の雷は驚いたよ。逃げるのがあと少し遅れていたら、私もやられていたかもしれない」


 バルロンはゼイタンの体に張り付いて、共に茉莉香を追跡していたのだった。そして雷が落ちる前に地面のアスファルトに流れて、姿を擬態しつつ移動していた。

 バルロンの粘体が体を締め上げる。トラックの正面衝突も受け止めるブライトの強靭な鎧が、粘体の締め付けできしんだ。


「ぐ……ッ!」


 ブライトは仰向けに転がされた。四肢を伸ばされ、起き上がるどころかもがくことも敵わない。


「バルロン!」


 茉莉香が銃を構える。引き金を引こうとして、茉莉香の指は固まった。バルロンが粘体の一部を鞭のように伸ばし、茉莉香の手を固定していた。

 茉莉香の手を包んだ粘体に、バルロンの顔が浮かんだ。


「お前の持つ武器で、私を倒せると思うのか? この二人を絞め殺すまで、そこでじっとしていろ」


 光の鎧がぎりぎりと音を立て始めた。

 クロウの頭上で、一輝が息を荒くしていた。抱きしめる腕にもじっとりと脂汗がにじみ、顔も苦しげに歯を食いしばっていた。


「一輝……!」

「まだ、大丈夫だ……!」


 ブライトアームの光の鎧は、一輝が生み出した力場である。一輝の集中力と精神力がその力の根源であり、鎧がダメージを負えば精神は疲労していく。バルロンの絶え間ない圧力により、一輝は急速に疲労していた。


「このやろォ!」


 クロウは魔術の構成を開始した。バルロンを倒すだけの呪文をこの状況で唱えれば、その余波でブライトの鎧は崩壊し、自分たちもダメージを負いかねない。しかしこのまま手をこまねいていれば、やられるのは自分達だ。


(ボクがリーダーなんだから、みんなを守らないと……!)


 全員助ける、そう決意した時だった。

 からみつく黒い粘体の隙間から見える黒い夜空に、白銀の光がちらりと見えた。

 それは一気に急降下し、正体を見せてくる。肢体をぴっちりと包む青い衣。その上から羽織られた、青い戦装束が裾をはためかせる。


 手足は白銀の籠手と足甲に覆われていた。その白銀の右手は今にも矢を放たんばかりに引き絞られ、溜め込まれた力の奔流がきらめく。

 クロウも幾度となく見た姿だ。この地で最も偉大な英雄の一人の姿だった。


「ティターニア!」

「はぁーッ!」


 気合一閃、落下してきたティターニアはバルロンの粘体めがけて、巨神の一撃を叩き込んだ。

 あらゆるものを破壊する巨神の力を受け、バルロンの粘つく体が波打った。内側から爆弾がいくつも爆ぜたように、粘体が高速で震えて四方八方に弾け跳んだ。


 巨神の一撃の反動で軽く浮いた体を、ティターニアはくるりと回転させて着地した。少し運動したような素振りで軽く息を吐くティターニアを、その場にいた皆、呆気にとられた顔で見つめていた。


「はぁ……」


 クロウの口から感嘆の声が漏れた。

 バルロンを一瞬で吹き飛ばした巨神の一撃は、しかしクロウ達にはほとんどダメージを与えていなかった。強大な破壊のエネルギーを、対象とする物体にのみ撃ち込むその技量。自らの力をコントロールする術を完璧に身に着けたからこそできる事だった。


「ミカヅチが憧れるのもわかるぜ……」


 ブライトが呆然と呟き、クロウもうんうん、とうなずいた。


「ふたりとも、大丈夫?」


 ティターニアが声をかけた。


「大丈夫っす!」

「ボクも。ナイスタイミングだったよ、ティターニア!」


「ミカヅチから電話をもらってたおかげね。気になって駆けつけてみたら、雷が落ちてくるのが見えて驚いたわ」

「あはは……。でも、被害はできるだけ最小限に押さえてますから!」


 立ち上がろうとしたところで、クロウは自分を抱きしめる両腕に気がついた。


「ちょ、ちょっとォ。さっさと離れてよ」

「ん? ああ、悪い。忘れてた。急いでたから」


 あっさりと言われて、両手が離れた。クロウは複雑な表情を作りながら、光の鎧から抜け出した。


「ボクの周りの男って、ボクの事を意識しなさすぎじゃないかな……」


 複雑な気持ちで口に出したぼやきを、聞いた者はいなかった。

次回更新は30日21時頃予定です。

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