14 魔術師対鉄巨人
ロブラーによってミカヅチ達が連れ去られた後も、ゼイタンとバルロンはクロウ達を相手に戦いを続けていた。
ゼイタンが両腕を引いて脇を締めると、肩の装甲が開いた。開口部から鋼色の銃身が姿を見せ、クロウに狙いをつけた。
「わっと!」
ゼイタンの肩部機関銃が火を吹く前に、クロウは両手を前に突き出した。一瞬で数十発の巨大な弾丸が放たれ、クロウを貫かんと飛来する。しかしクロウの前方で軌道を変え、地面に無数の弾痕を作った。
クロウの突き出した両手の前に、オーロラのような輝きが生まれてクロウを覆っていた。普段から自動で周囲に張っているものとは別に、魔力で生み出し強化した防御障壁である。魔力と集中次第で強度はどこまでも上がるこの障壁は、並みの銃火器ならばかすり傷一つ与える事はできない。
埒が明かないと、ゼイタンは機関銃の連射を止めた。右手をクロウに向け、掌が開口する。ミカヅチを襲った光弾のイメージが、クロウの脳裏に浮かんだ。
「無理無理!」
あの光弾は防げても、大砲のような衝撃まで防ぐのは厳しい。
クロウはくるりと向きを変え、すばやくブライトの背後に隠れた。
「おい、なんだよ!」
「いいから、楯になって!」
「くそっ!」
ぼやくブライトに向かって、ゼイタンの光弾が放たれた。輝く光の鎧が両腕を交差させ、光弾を受け止めた。
先ほどの機関銃の比でない爆音と衝撃が、ブライトを襲った。衝撃に後じさり、太い足がアスファルトをこすった。
「くそ、結構効くな、こいつ……!」
ブライトが苦し気に声を漏らした。ゼイタンは更に光弾を連発し、その度にブライトは苦し気に呻き声を上げた。
「頑張ってよ。その間にボクがあいつをぶっ飛ばすから!」
ブライトの背中にへばりつき、クロウは意識を集中させた。
ミカヅチの使う巨神の一撃は、まさに必殺技と呼ぶに相応しい威力だ。目の前のゼイタンや彼を連れ去ったロブラーような巨体も、決まれば一撃で破壊できる事だろう。
(でも、ボクだって負けてないさ)
世界最高峰の魔道具、『秩序の法衣』を受け継いだその実力で、確実に破壊してみせる。
術式を構成し、周囲に展開する。自然界に広がる魔力と自身の中にある魔力を組み合わせ、世界の法則を捻じ曲げる。
あと半秒で放てる、と思った瞬間、視界に黒い塊が広がった。
「!?」
恐怖と混乱が全身を貫く。隠れていたバルロンが地面を這い、一気に広がってきたのだ。
今の自分は無防備だ。反応できない。
炸裂音が鳴り響くと、黒い粘体に無数の礫が突き刺さった。
連射された弾丸の衝撃に、粘体はクロウを食う動きを邪魔され、バランスを崩した。倒れた粘体はのたうちまわりながら移動し、クロウ達から離れた。
「ちょ、キモッ!」
思わずクロウの口から本音が漏れた。
「ちょっと、あんたら! 何やってんだい!」
怒声がした方に目をやると、茉莉香が乗って来た4WDの隣に立ち、片手にごつい自動小銃を構えていた。先程の連射は、彼女の持つ銃から放たれたものだ。恐らく乗って来た車に積んでいたものだろう。
小銃は人の腕ほどもある銃身とそれを覆う金属板で構成されており、SF映画に出てくる光線銃を思わせるデザインである。強化服での使用を想定して作られた、高火力の軍用銃だった。
「うっかり殺されそうになってんじゃないよ!」
ソダルを車内に放り込み、茉莉香は再度機関銃を連射した。のたうつバルロンの体に、弾丸は的確に突き刺さる。だがバルロンは衝撃に体が弾けたり、くねらせたりはしても、ダメージはまったくないのか動きは一向に変わらない。
「鬱陶しいぞ、女」
バルロンの体のどこかから、くぐもった声がした。バルロンは粘体のまま体をくねらせ、停まっていた車の影へと姿を隠した。
「ゼイタン、女を殺してシュラン=ラガの捕虜を確保」
バルロンの声が響くとともに、ゼイタンの動きが変わった。ブライト達への射撃を止め、茉莉香へと顔を向ける。
「チッ!」
茉莉香の動きも早かった。すぐさま車に乗り込み、一気にアクセルを踏み込む。加速した車両が走りだすと、ゼイタンの放った銃弾が車の後を追って地面に弾痕を作っていった。
違法改造されているのか、車両は大きさからは予想もつかない加速度で走り出し、止まることなく車道に出た。そのまま夜道を走り抜ける車両を追いかけようと、ゼイタンが向きを変える。
「追わせないよッ!」
クロウがブライトの陰から体を出し、一気に魔術を解き放った。
「Beware my order!」
クロウの両手から光の円が空間に浮かび上がる。光円の内側で光が輝くと、白い稲光がまっすぐゼイタンに向かって飛んだ。
必殺の意志で放たれた指向性の雷撃魔術は、しかしゼイタンではなく背後のアパートの階段に突き刺さった。
クロウが魔術を構成し、放つまでのわずかな隙に、ゼイタンはその場で跳躍し、己の背丈よりも高いアパートを飛び越えていた。
地震のような揺れとともに車道に着地する。ゼイタンは巨体からは想像できない機敏な動きで、茉莉香の乗った車を追いかけていった。
「うそ、ボクらを置いていくの?」
クロウは呆れるような声で言った。目的の為とはいえ、ここまで鮮やかに戦いの相手を変えるとは思わなかったのだ。
「俺たちよりあのソダルて奴の方が大事なんだろ」
「追いかけるよ、ブライト!」
「当然!」
ブライトは巨大な光の体で走り、クロウはその隣を飛行して茉莉香とゼイタンを追った。ゼイタンの巨体は薄い電灯だけでも十分に目立つので、追いかけるのは難しくない。加えて移動する度に破壊音や対向車のクラクションが鳴り、目標の位置を知らせてくれた。
「バルロンの野郎、俺たちを邪魔しなかったな!」
力強いストライドで飛び跳ねるように走りながら、ブライトがクロウに声をかけた。
「あいつ、俺たちをほっとくと思うか?」
「そんなわけないだろォ? あの糸目、絶対性格悪くてねちっこいよ。どっかに隠れてボクらを追ってるさ!」
バルロンの移動速度がどの程度かにもよるが、肉体を泥のように変化させるバルロンの能力ならば、どんな隙間にでも隠れる事ができる。ゼイタンを追いかけるこちらの隙を突いて、奇襲を仕掛けてくることは予想できることだ。
やがてゼイタンと茉莉香の姿が、二人の目にもはっきりと見えてきた。
彼女たちの通った跡には、突然の奇妙なカーチェイスに巻き込まれ、急停止した車が何台も停まっている。みな歩道や道路脇で急停止しているが、幸いなことに、どれも人身事故にはなっていないようだった。
自動車の隙間を縫って、二人は駆け抜けていった。
ゼイタンは大股で走りながら、肩の機関銃を連射した。茉莉香はジグザグに車を動かし、時には交差点を曲がって建物を盾にして機関銃をかわしていった。
車内のソダルの確保が目的の為、ゼイタンが直撃をためらっているのも茉莉香に幸いした。加えてクロウとブライトにも、追いつく余裕を与えてくれていた。
「改めて見ると、冗談みたいにでけーな!」
ブライトが驚嘆の声を上げた。六メートル近い鉄の巨人が見慣れた町並みを走っている姿は、超人と触れ合う生活を送っているクロウ達から見ても非現実で、非常識だった。
茉莉香の車より前から、白い光が現れた。前方の角を曲がり、バイクがこちらに向かってきたのだ。
ゼイタンの姿にバイクは慌てて首を振ったが、ゼイタンはその長い腕でバイクを掴み、後方に思い切り放り投げた。
後方に目もくれない雑な投擲だったにも関わらず、バイクは地面と水平に回転し、クロウめがけて迫った。
「危ねえっ!」
ブライトが横っ飛びにクロウの前に出て、バイクに体当たりをした。
すさまじい金属音がして、バイクが対向車線に転がった。クロウは飛行に急ブレーキをかけ、ブライトの背中に両の手足を使って着地した。
「ありがと!」
「礼はいい、上だ!」
ブライトの言葉を受け、クロウは顔を上げた。バイクから放り出された運転手が、縦に回転しながら宙を舞っていた。
「わあああああっ!」
運転手の絶叫が街中に響く。放り投げられた体は重力に負け、落下を始めようとしていた。
「Beware my order!」
クロウの声で、風が巻き起こった。運転手の落下地点で風は吹き上がり、運転手の落下の勢いが急速に落ちた。
やがて風が弱まり、運転手が着地した。
「よっしッ!」
目論見どおりに力を使えた事に、クロウはガッツポーズをとった。
前に向き直ると、ゼイタンと茉莉香との距離はまた広がっていた。邪魔なクロウ達の足止めの為にバイクを投げた、ゼイタンの動きは見事と言ってよかった。
ただそれだけに、クロウのハートに燃える火に油を注ぐ結果となった。
「あいつらァ……!」
怒気を隠さずに、クロウは呻くようにつぶやいた。そのままブライトに背後から抱き着き、光の鎧の肩によじ登る。
「もっぺんいくよ、ブライト! そのままボクを担いで行って!」
「あぁ? なんでだよ。飛べばいいだろ」
「飛びながらだと集中するのが大変なんだよ! あいつに特大の魔術を食らわせてやるから、ボクをあいつの近くまで連れてって!」
声の調子からに気圧されて、ブライトはうなずいた。
「しっかり捕まってろよ!」
言うが早いか、ブライトが疾走を始めた。ゼイタンほどの大きさではないが、三メートルを超えるブライトが走る姿は見るものの目を奪う激しさだ。
「もうあったまきた! ボクらの町で、これ以上好き勝手やらせるもんか!」
黒く艶やかなフードの奥で険しい顔を作りつつ、クロウは必殺の魔術の構成を始めた。
次回更新は29日21時頃予定です。
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