13 悪魔と怪鳥の空中戦
ロブラーはまた弧を描き、市内を縦横無尽に移動していた。宙返り軌道に入り、時には横に一回転し、高速で飛び回る。邪魔なミカヅチを落とそうと足を振り回すが、しっかりと捕まった今の状況ならばさほど怖くはない。
ミカヅチは鞭を反対側の足首から外し、手斧へと形を変えた。落ちないように気をつけながら、体をかがめてエルに近づいた。
「今からこいつの足を切り落とす。エル、この高さから落ちても大丈夫か?」
「心配すんな! 大丈夫だから、気にしないでさっさとやってくれよ!」
「よし……!」
ロブラーの足は人間の指のように五本に開き、指が極端に長い形をしていた。そのうちの一本、親指に相当する指の付け根めがけて、ミカヅチは手斧を一気に振り下ろした。
白銀の刃が装甲の隙間に突き刺さった。ラバー状の保護材は容易く切り裂かれ、中の配線らしいものが切断されて、パチパチと音を立てて点滅する。
エルを掴むロブラーの指が一本、がくんと音を立てて緩んだ。
「よし、これなら……」
エルがもぞもぞと動き、ついに緩んだ指を引っぺがした。ミカヅチも別の指をさらに一本、付け根を斬りつける。
エルは更に指を押しのけて、ついに上半身が自由となった。
さらにもう一発、と斧を振り上げた時、突然ロブラーの動きに変化があった。
ロブラーが翼を大きく開き、空中で静止した。そのまま体を丸めるようにして、足を前方に突き出した形にとった。
ミカヅチは背筋に冷たいものが走るのを感じた。ミカヅチの頭上で、ロブラーが月の光を覆い隠しながら、二人に向けて鋼鉄の嘴を広げた。
とっさに判断して、ミカヅチは斧を楯へと変えて両手で構えた。
次の瞬間、ロブラーの口から閃光が放たれた。ゼイタンが放ったものと同じ、エネルギーの砲弾がミカヅチの盾を直撃した。
ミカヅチの反応は絶妙だったと言っていい。ロブラーの足を一本犠牲にする事をいとわない攻撃を見事に防いだ。
しかし、ロブラーの放ったエネルギー砲の衝撃は二本の足だけでは吸収しきれず、ミカヅチの体は宙に舞った。
「ミカヅチ!」
エルが自分の名を初めて呼んだな、とそんな考えがミカヅチの脳裏によぎった。
次の瞬間、重力がミカヅチの体を支配した。ミカヅチは地面めがけて、一気に落下していった。
「くううっ!」
急速に地面が近づくのを見ながら、ミカヅチは頭を必死に働かせる。今の高度はどのくらいだろう。二百メートル、三百メートル? 地面に叩きつけられるまであと何秒かかるか。こんな高さから落ちた経験はないが、巨神の加護を受けた肉体にどれほどのダメージがくるのか?
ミカヅチは手足を大きく広げ、大の字を取った。空気抵抗で少しでも速度が落ちないかと考えたのだ。しかしジャケットは風に煽られてバタバタと音をたてるが、落下の速度が落ちた感覚はほとんどない。
棍を鞭に変化させて、近くの建物にひっかけるか。考えている内にも電灯に照らされたアスファルトが近づいてくる。
激突まであとわずかという時、不意に、脇に何かが絡みつくと、落下速度が一気に落ちた。まっすぐ地面に向かって落ちていた軌道が変わり、ミカヅチの体に前進のベクトルが生まれた。
そのまま落下速度はどんどん低下し、ついにはミカヅチの体は地面すれすれで、振り子のように飛び上がった。
「大丈夫か!」
背後から聞き慣れた声がした。エルはコウモリのような翼を広げ、ミカヅチの体を抱えながら飛翔していた。
「エル! お前、飛べたのか」
「落ちる心配はすんな、って言ったろ!」
エルは翼を一度大きく羽ばたかせた。それだけで二人の体はロブラーに劣らぬ加速で急上昇し、市内のビルよりも高く飛び上がった。
鳥でも昆虫でも、空中を移動するには翼の強い羽ばたきと、風の流れを受ける事が必要となる。しかしエルは翼の動きよりも速く、風の流れなども気にせずに空を移動していた。ソダルが言っていた通り、ラザベルの悪魔が持つ霊的な力というのが、周囲の物理法則に影響を与えて超常的な力を発生させているのかもしれない。
エルが直角に動きを変えた。先ほどまでいた場所を黒い影が通りすぎ、暴風が吹き荒れた。
ミカヅチは影の方に目をやった。突撃が外れたロブラーは急旋回し、ブーメランのように弧を描いて再度ミカヅチ達に襲いかかろうとしていた。
武器であるエネルギー砲はミカヅチが楯で防げると分かっている以上、突進から爪で引き裂くのがベストと判断したようだった。
「どうするよ。とりあえず下に降りて隠れるか?」
ロブラーから距離を取るように空を飛びつつ、エルは尋ねた。
ミカヅチは首を振った。
「駄目だ。町に降りたら奴も降りて来る。そしたら被害が大きくなる」
「そんな事言っても、向こうはこっちの都合なんて聞いてくれねえよ!」
そうこう言っているうちにも、更にロブラーが突進した。エルは大きく翼を羽ばたかせ、急旋回してロブラーの突進をかわす。
「くそっ、手が出せないからって好き勝手やりやがって!」
エルが悔しげにうなった。小柄で小回りがきくぶん相手の攻撃をかわすことはできる。しかしロブラーの速度と装甲が相手では、エルの炎では対抗できないのだ。
弧を描きこちらに迫るロブラーの動きを見ながら、ミカヅチは口を開いた。
「考えがある。とりあえず人があんまりいない場所に飛んでくれ」
「何やる気なんだよ」」
「いいから!」
エルは小声でぼやきながらも、ミカヅチの言う通りに飛んだ。ミカヅチ達が元々いたアパートの方に向かって真っすぐ移動すると、下の照明の数がどんどん少なくなっていくのがわかった。
夜を滑るように飛ぶエルの動きを見て、ロブラーも追跡を開始した。弧を描く動きをやめ、エルを直線で追跡する。全長五メートルを超える巨体だが、背中と脚部から生えた高出力のバーニアにより、ロブラーはじりじりとエルとの距離を詰めていった。
「よし、もう少しだ……!」
「そんで、こっからどうするんだよ!」
「まずは上昇だ!」
ミカヅチの言葉を受けて、エルは上空に飛びあがった。ロブラーもエルの動きを見て、軌道を修正する。
ロブラーがこちらにくるまで、あと三十秒とかからないだろう。あとはタイミングの問題だ。
ミカヅチはエルに、作戦を説明した。
「いいか、タイミングを合わせろよ!」
「くっそ、死んでも知らねえぞ!」
そうこう言っている間にも、ロブラーは二人にどんどん迫ってくる。
激突まで残り数秒、というところで、エルは振り向いて火炎を吐いた。
上昇中で速度も低下していたロブラーは炎をかわす事ができなかった。炎の塊が燃え立つ牙となり、ロブラーの全身を飲み込んだ。
炎がロブラーの肌を舐め回す。しかし、それも一瞬の事だった。
上昇の速度は衰えることなく、無傷のロブラーが炎の壁を突き破って姿を現した。
言葉を解せるならば、ロブラーは「無駄なあがきだ」と嘲笑したかもしれない。だが、それはミカヅチ達も承知の上だった。
炎を吹き飛ばしたロブラーが見たのは、エルの手から離れ、白銀の棍を構えるミカヅチの姿だった。
上昇飛行する事で相手の速度を落とし、炎を目くらましにする事で、直前までこちらの動きを気付かせずにいることができた。後はこちらがタイミングを合わせ、必殺の一撃を放つのみ。
ロブラーはミカヅチを屠らんと、速度を落とさず突進する。その速度は常人ならばまともに反応する事もできず、その鋼鉄の体は人の体を豆腐のように破壊するだろう。
しかし偉大なる巨神の加護を受けたミカヅチにとっては、対抗できない相手ではなかった。
「せいぃーッ!!」
ミカヅチは全身を捻り、回転をつけて一気に棍を振り下ろした。
ロブラーの額に棍が叩きつけられた瞬間、棍を通して巨神の力が白い光となって放たれる。
巨神の一撃が産みだす莫大なエネルギーがロブラーの額を割り、首を砕き、装甲を割る。全身に送り込まれた力が鋼鉄の肉体を隅々まで破壊していく。
回転しながら落下するミカヅチの体を、エルがキャッチした。
二人の背後で、ロブラーは無数の砕片となり、月光を受けながら落下していった。
「よし……!」
エルの太い腕の中で、ミカヅチは軽くガッツポーズを取った。自信はあったものの、タイミングを間違えれば大怪我していたところだ。
「早く、みんなの所に戻ろう。向こうはどうなってるか確認しないと……」
いけない、と言おうとしたところで、ミカヅチはエルの腕が震えていることに気が付いた。
顔を上げると、エルが悪魔の顔のまま、しかし感激に目を輝かせていた。
「すげえ! すげえんだな、巨神の子って!」
「え? ああ、うん……」
「お前のこと、変に出しゃばるウザい奴だと思ってたけど、悪かった! 許すよ!」
「それ、褒めてるのか?」
きゃあきゃあと騒ぐエルに、ミカヅチは苦笑を返した。悪魔の姿でいられると忘れてしまうが、エルの内面は中学生男子そのものなのだ。意外と単純なところもあり、驚きの光景を目の当たりにすれば、素直に感動してしまうらしい。
最初に顔を合わせたタイミングが最悪だったせいでどうもキツく当たられていたが、これで少しは打ち解けられるだろうか。
だが今は、そればかりを考えている訳にはいかなかった。
クロウ達はまだ、残っているバルロン達と戦っているのだ。
次回更新は28日21時頃予定です。
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