12 鋼鉄の巨獣
射線から離れていたミカヅチ達の肌を炙るような高熱を発しながら、ビーム砲が扉と塀を破壊しながら天に向って飛んでいった。
もしそのまま部屋にいたならば、何人がやられていた事かわからない。
全員駐車場に落下し、着地した。立ち上がるよりも早く、ミカヅチは頭を上げた。
ミカヅチが見上げた先、先程までミカヅチがいた部屋の入口前で、バルロンがミカヅチ達を見下ろしていた。
バルロンの前にあるはずのコンクリート塀は溶けて崩れ、夜空に黒い煙を上げていた。異臭や熱を気にも留めずに、バルロンは塀を飛び降り、音もなく着地する。ゼイタンとロブラーも続けて降りると、着地したアスファルトの地面にひびが入った。
「恐ろしいね、ヒーローというのは」
バルロンが言った。先ほどまでの慇懃無礼な言葉遣いは既に消えていた。
「ゼイタンは一応、我ら連合の最新兵器なんだ。それを生身の人間が、素手で砕くことができるとは思わなかった」
ゼイタンが不快感を覚えたように、喉奥をごう、と鳴らした。前傾姿勢を取った彼の右腕は、肩から先がちぎれ飛んでいた。
先程ミカヅチが放った巨神の一撃が与えたダメージは、機械兵器といえども多大だったのだ。
「それで、俺たちの強さがわかってもまだやる気か?」
ミカヅチは棍を引き抜き、構えた。クロウ達もそれぞれ臨戦態勢を取る。
「さっきはちょっとペースを握られちゃったけど、正面から戦って、負けるつもりはないよ」
「ええ、我々もこのまま戦うつもりはない。目的達成の為ならば、少々の騒ぎも犠牲も許容させてもらうまで」
バルロンはにぃっと口元を釣り上げ、右手を軽くかかげる。それが合図だったように、駐車場に止められていた二台の車のヘッドライトが点灯した。
(なんだ!?)
ミカヅチ達がここに来る前にはなかった車だった。茉莉香が乗る四輪駆動車も今時珍しい大型のデザインだったが、その二台はそれより二回りは大きい。ダークグレイに塗られたそれは軍用の装甲車のような物々しさで、エンジンを起動させてごうごうと音を鳴らした。
「ゼイタン、ロブラー。ロック解除。第二戦闘形態!」
二台の車がひときわ大きくエンジンを鳴らした。獣の咆哮を思わせる轟音と共に動き出し、ゼイタンとロブラーに向かって突っ込む。
二人も動き、それぞれ車に向かって突っ込んだ。ぶつかると見えた瞬間、車は蕾が花開くかの如く開き、二人をそれぞれ飲み込んだ。
車両は空中で回転しつつ、細かい部品が分割、連携し、別の形を取っていく。
ミカヅチ達が目を奪われている中、ものの数秒もかからずに、二台の車はゼイタンとロブラーを模した、五~六メートルはある、巨大な機械の獣へと姿を変えていた。
「うっそだろ……」
ミカヅチは目の前で見ているものが信じられなかった。
二体のサイボーグが車両を自分の肉体とし、見上げるほどに大きな兵器へと変化を遂げていた。鉄の体に包まれた怪鳥と、四本の腕を生やした金属の巨人。その下でバルロンは、勝利を確信したようににやりと笑った。
確かにこれは、まさに異次元の技術だった。近年の科学技術の発展は著しいが、さすがに現代の地球の科学力ではこんなものを再現する事はできない。
「ロブラー!」
バルロンの声を受けて、ロブラーが鉄の嘴で奇声を上げた。怪鳥の声を鳴らしながら広げた翼を羽ばたかせる。
ミカヅチ達の体を突風が叩きつけた。車も揺れて転がるかというような勢いに、皆が思わず顔をしかめて動きを止める。
瞬間、ロブラーは飛翔した。鳥のように羽ばたくのではなく、背から生えた噴射口から光を発し、真っすぐ突進する。
ロブラーはその巨大な足でエルの体を掴み取ると、そのまま宙へと飛び上がった。
茉莉香が普段なら口にしないような、絹を裂くような悲鳴を上げた。
「エル!」
「くそっ!」
ミカヅチは舌打ちしながら、ロブラー目掛けて跳躍した。しかしいくら巨神の加護が与える超人的身体能力をもってしても、飛翔するロブラーに手をかけるには距離がありすぎる。
それはわかっていた。
空中のロブラー目掛けて、ミカヅチは手に持った白銀の棍を鞭へと変えて振った。
白銀の鞭がしなり、ロブラーの足首に絡みつく。よし、と思った時には、ミカヅチの体はロブラーに引っ張られ、宙に舞い上がっていた。
「わわっ!」
手を離さないように、慌てて鞭を両手で握る。ロブラーはロケットを思わせる加速で上昇した。みるみるうちに町の建物が小さくなっていく。
数秒と経たずに、日常生活では見ることのない光景が足元に広がった。
「やべえ……!」
ミカヅチは思わず口走りながら、必死に鞭を手繰り寄せた。
飛んでいるヘリコプターの脚を掴んでいるような気分だ。しかもこちらの方が速度、機動性ともに高い。
高度自体にはまだ危機感はないが、更に高度を挙げられて落とされでもしたら、巨神の加護でも耐えきれないかもしれない。果たしてこの体は何百メートルの高さからの墜落まで耐えきれるのだろうか。
ミカヅチは顔を上げて、エルの方を見た。エルはロブラーの太く長い足の指で握られて、全身を拘束されていた。なんとか逃げ出そうともがいているが、追加装備によって巨大化したロブラーの鋼鉄の体は、ラザベルの悪魔の力をもってしても容易く制することはできないようだった。
「エル、大丈夫か!?」
風切り音に負けないように声を張ると、エルが驚いたようにミカヅチの方を見た。
「大丈夫だよ! お前こそ、助けにきたつもりなのか?」
「当たり前だろ!」
「そっからどうするんだよ!」
「これから考える!」
まずはロブラーの体にとりつかなくては話にならない。
ミカヅチが鞭を手繰り寄せ始めた時、ロブラーは飛行の軌道を変更した。
斜めに上昇していたのが、弧を描きながら降下軌道に入る。上昇に使っていた力を前進だけに使う事で、速度がどんどん高まっていった。
風圧でミカヅチの体は後方に引っ張られ、ロブラーに空中で引きずられる形になった。
水上スキーを体験してみたら、こんな気分になるのかもしれない、とふと思った。もっとも水上スキーより速度は出ているし、安定性を失っている今の状況は、水上スキーでいえば波に叩きつけられているようなものだろう。
暴風が絶えず当たり続け、目を開けるのもきつい。しかめっ面でなんとか前を見ていたミカヅチの目に、前方にあるものが飛び込んできた。
ロブラーはいつの間にか郊外から市の中心部に近づいてきていた。住宅地から離れ、高層ビルもちらほらと目立ってきている。
その中の一つ、最近建てられた高層マンションめがけて、ロブラーは突進していた。
「やべぇ!」
再度ミカヅチは口走った。ロブラーが自分を落とす為、何を考えているのかが分かったのだ。
マンションの目の前まで来たところで、ロブラーは急上昇し、マンションにぶつかるすれすれを昇り龍のように飛び上がった。
当然、ロブラーに鞭をかけているミカヅチは、振り子のように体を振られて、マンションに叩きつけられる事となる。
「くそ……っ!」
集中し、ミカヅチは手足を曲げて体を縮めた。激突の瞬間を恐れず、目を凝らす。
ミカヅチの体が振り子となってマンションに振られる。そのままマンションに激突する瞬間、ミカヅチは一気に壁を蹴りつけた。
強靭な脚力が、コンクリートの壁にひびを作った。そのまま休む間もなく足を動かし、ミカヅチはロブラーに引っ張られながら、壁を登っていく。
「どわあぁーっ!」
興奮に思わず声を上げて、ミカヅチは足を動かし続けた。砕けた破片が周囲に飛び散る。マンションそのものを蹴り砕いている気分だ。
ロブラーはすぐさま最上階へとたどり着き、そのまま上空へと飛び上がった。ミカヅチも一瞬遅れて最上階の縁に来た瞬間、最後の一蹴りに力を込めて跳躍した。
ロブラーの上昇力と、ミカヅチの脚力が合わさって、ほんの数瞬、二人の距離が縮まった。
ミカヅチの伸ばした手が、ロブラーの足首に引っかかった。人の胴体ほどもある鋼鉄の足首に、ミカヅチは無我夢中で手足を絡めて捕まった。
「すげえ……」
ミカヅチの足元で、掴まれたままのエルが呆然と呟いた。
次回更新は27日21時頃予定です。
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