11 苦戦、逆転
バルロンに全身を絡め取られ、エルは苦しげにもがいた。巨神の子とも殴り合えるエルの怪力だが、バルロンの溶けた肉体はエルを締め上げ、動きを拘束していく。
「エル!」
茉莉香の悲鳴が耳に届く。ミカヅチはゼイタンの剣をかわし、左から来た剣を棍を交差させて防いだ。
必殺の攻撃を仕掛けてくるその動きに対して、眼前にあるゼイタンの顔は動かない。機械化された彼に、果たして心があるのだろうか。
戦闘兵器を名乗るだけあって、実力は高い。一対一でも負けるつもりはないが、すぐに倒してエルを助けにいく自信はなかった。
クロウ達の側は三対一、誰かがエルを助けに行きたいところだが、ロブラーは上手く三人を牽制し、バルロンの邪魔をさせないようにしている。
エルを助ける為にどうするか、鍔迫り合いをしながらミカヅチは考えを巡らせる。
思い浮かんだ案を、ミカヅチはすぐさま実行に移した。
ミカヅチはゼイタンの剣をかわし、一旦距離を取った。ゼイタンは白兵戦ではらちがあかないと見たか、右手を突き出して砲口を開く。
ゼイタンが砲を放つ溜めの瞬間、ミカヅチは左手の棍を盾に変えながら、右手に持った棍を斧に変えて放り投げた。
放たれたビーム砲を、盾で防ぐ。斧を投げる為にしっかり構えていられなかった為、衝撃で体が浮いて背後の壁にぶつかった。
「ぐ……!」
肺から苦痛の息が漏れる。防ぎきれずあらぬ方向に斧が飛んだのを見て、ゼイタンは追撃のビーム砲を放とうと構えた。
ミカヅチの口元に笑みが浮かんだ。
その間に、投げた斧はまっすぐロブラーの背中に突き刺さった。
「ギャ!」
怪鳥の鳴き声で、ロブラーがバランスを崩して倒れた。しかし浅かったか、着地してすぐさま斧を引き抜こうとした。
その隙が、ゼイタンの砲を受ける危険を冒しても欲しかった時間だった。
「クロウ! エルを狙え!」
言葉一つで、クロウはミカヅチの考えを理解して構えた。
「Beware my order!」
魔法の呪文と共に、エルの周囲で風が逆巻きはじめた。風は一瞬で強く吹き荒れ、冷気の竜巻となってエルとバルロンを襲う。
「ち……っ!」
忌々しげに舌打ちし、バルロンはエルから離れた。粘体のまま飛び上がるようにして竜巻の範囲から離れ、元の人型を取ろうとするが、動きがぎこちない。
竜巻は既に消え去り、わずかに残った氷の破片の中心で、エルがバルロンめがけて炎を吹き出した。
「おっと!」
バルロンは体をくねらせて炎をかわした。粘体のまま二転三転して炎を避け、ゼイタンの隣で元の姿を取った。
「チッ! 鬱陶しい!」
エルが大きな声で毒づいた。そのままクロウの方を見て、苛立ちを吐き出すように言った。
「俺まで凍えさせる気かよ! ヘボ魔法使い!」
「るっさいな! 液体キャラは凍らせるのがお約束だろ!」
クロウの言葉どおり、バルロンは凍結されるのを嫌がっているようだった。殴る蹴るの相手には非常に強いが、超低温、または超高温では適切な肉体の粘度を保てなくなるらしい。
「二人共、そんな事言ってる場合じゃないよ! さっさと逃げる!」
茉莉香が鋭く言うと、出入り口へと向かって走った。
「ブライト、ソダルを頼む!」
「了解!」
ブライトは倒れていたソダルを無造作に掴み、肩に担いだ。全員出入り口に走っていく中、バルロンは軽く鼻を鳴らした。
「ゼイタン、奴らを止めろ!」
轟、とゼイタンが声を出して走った。ミカヅチは皆が走って部屋から出ていく中、出入り口の前でゼイタンに対峙して拳を構えた。
「こっからは通行止めだ!」
ゼイタンが先程と同様に剣を伸ばし、右腕で横薙ぎに斬りかかる。瞬間、ミカヅチは一気に迫り、ゼイタンの右肘めがけて拳を打ち込んだ。
閃光が走った。放たれた巨神の一撃がゼイタンの腕に力の塊を送り込まれていく。溜め込まれた偉大なる巨神の力が、機械の肉体を粉砕していく様がミリ秒単位で感じられた。
鉄槌を振り下ろしても凹みすらしない鋼鉄の腕は内側から爆発し、ゼイタンは体ごと後方に吹き飛ばされた。
「なに!?」
想定していなかった展開に、バルロンが驚きに顔を歪めた。
「じゃあな、この部屋で遊んどけよ!」
ミカヅチは言い放ち、廊下へと走った。すぐに前を行くクロウ達に追いつき、ブライトの後をついて走る。
ゼイタンの装備を見ても分かる通り、バルロン達三人は戦闘用に改造された兵器だ。こんな場所で戦うよりも、ポータルから元いた場所に帰り、『アイ』に助けを呼ぶ方が先決だった。
ブライトに担がれたまま、ソダルは顔を上げてミカヅチを見た。
「なぜ……、なぜ、俺を助けた?」
「ほっといて死なれたら、寝覚めが悪いだろ」
ミカヅチはぶっきらぼうに言った。
ミカヅチが小学生の頃、ティターニア達と戦っていた時のソダルは、もっと粗暴な男だった。それが今は、まるで別人のようにおとなしかった。
反撃の手段がないのもそうだが、今の状況で無駄に抵抗しても、バルロン達に追いつかれるだけとはわかっているらしい。だがそれだけではない。やはり彼の顔には、かつて見た全身から溢れる激情が欠けていた。
熱も夢も失った男の姿に、心のどこかで哀れみを感じたのだろうか。
どちらにしても答えは出ないし、出す必要もない。ミカヅチは考えるのを止めて、最初に思った事を口に出した。
「あんたがろくでもないやつなのは知ってるけど、俺たちは好き嫌いで助ける相手を決める気はないんだ」
「……」
ソダルは押し黙った。心の奥では、甘い考えだと笑っているのかもしれない。こちらにも、昔を思えば、色々と言いたい事はある。
しかし、それでも今やる事は変わらない。
「あたしは違うけどね」
隣で茉莉香が言った。
「あんたの知ってる事を全部、警察と『アイ』の前で話してもらうよ。そうすりゃみんなも、エルを助ける為に本腰を入れるだろうからね」
角をいくつも曲がり、階段を上る。やがて、ミカヅチ達は立ち止まった。
最初にこの隠れ家に来た際に飛ばされた部屋、転送室にたどり着いた。
部屋の中央では、あのボロボロのアパートの一室と同様に、転送用の結界回路が描かれており、薄いピンク色の光を発していた。
「よし、こっからだね……」
茉莉香が軽く息を吐き、ブライトの肩からソダルを片手で引っ張り上げた。
「さあ、こっから逃げる為だ。さっさとあたし達を元いた所に転送しな」
「そ、それは無理だ。転送用のコードキーは部屋に置いたままだ」
「なんだって!?」
「だが問題はない。ラザベルの悪魔に頼め!」
「あん?」
茉莉香が眉を寄せた。
「エルに何をさせようってんだ?」
「ラザベルの悪魔は元々シュラン=ラガの技術を組み込まれている。本来帝国人しか使えぬ技術も、奴なら使用可能だ」
「……だってさ、エル?」
皆の視線がエルに向いた。
なるほど、とクロウがうなずいた。
「最初にアパートからこの部屋に飛ばされたのも、エルが無意識に結界回路を操作してたから、ってことだね」
「いけるかい、エル?」
再度茉莉香が尋ねる。エルは悪魔の顔のまま、考え事をするように首をかしげた。
「……多分。なんとなく、どうすればいいか感じられてきた」
そう言うと、エルの首元が薄く光り始めた。アパートの時と同じく、結界回路と同じ紋様の痣が光を帯びていく。
シュラン=ラガが生み出した霊的生体兵器。ソダルの言った事を、エルは今証明しようとしていた。
「みんな、回路の真ん中に行け!」
エルの命令に皆が従った。全員が回路の中心に移動し、最後にエルが動くと、光は更に強さを増していく。
「元の場所に、俺たちは帰る……転送する!」
瞬間、光が一気に部屋中を包んだ。
光が収まったと見えた時、ミカヅチ達の目は全く別の光景を移していた。
元来たアパートの何もない一室には、淡い光を放つ結界回路以外は何もない。
「とりあえず、戻ってきた……か」
ブライトが光の鎧を消し、ヘルメットの奥で安堵の息を吐いた。
「一時はどうなるかと思った」
「休んでる暇はないよ! 奴らがいつ追ってくるかわからない」
茉莉香は掴んだままにしていた、ソダルの襟元を軽く締めあげる。
「こいつを『アイ』に連れて行くまでが仕事だからね」
「ぐ……、きさ、貴様、捕虜の虐待は禁止されていると知らんのか」
「シュラン=ラガと条約を結んだ国があった記憶はないんだけどね。ま、さっきの奴らに捕まるよりはマシなんじゃない?」
ミカヅチは回路から降りて、これからどうすべきかを考えた。茉莉香達と魔法陣の事、ソダルの事、それとこのアパートから続くシュラン=ラガの隠れ家の事。『アイ』に説明しなければいけない事がいっぱいだ。
(灰堂さんに怒られそうだな……)
勢い任せに無茶をやりすぎだ。険しい表情でそう語る灰堂の顔が目に浮かぶようだった。今から気が重い。
外に出ていくクロウ達を追って、ミカヅチも歩を進めていく。
不意に、部屋の光が強くなったような気がして、ミカヅチは目を細めた。
(……?)
ぞっとして、ミカヅチは振り向いた。結界回路の光が再び強まり、脈動を繰り返していた。
「もう来たのか……!?」
ミカヅチの声に皆も振り向いた。茉莉香が驚き、エルの方を見る。
「エル、あんたじゃないんだね?」
「違う。俺じゃない。奴らだ!」
「みんな、逃げろ!」
ミカヅチの声と同時に、皆が出口に向かって走った。
全員外に出ると同時に、扉から離れるように塀を飛び越えて宙を舞う。
閃光が一層強くなった瞬間、光の帯と爆発が、扉から外に向かって放たれた。
次回更新は26日21時頃予定です。
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