10 強襲、改造生命体
先程ミカヅチ達が出てきた入り口から細身の男が姿を見せ、さらに二人の巨漢が、細身の男を護衛するように現れた。
細身の男は濃紺色のボトムと、詰め襟のコートを身に着けていた。黒手袋に黒い靴を履いて、素肌が見えるのは首から上だけだ。
素肌を晒している顔からは、年齢が読み取れなかった。黒髪を軽く垂らし、細い双眸を柔らかく笑みの形にしているその顔は、少年といわれれば少年のようでもあり、青年の域を脱しようとしていると言われればそんな感じもする。
その涼やかな表情からは心中の読み取れない、どこか異様なものが感じられた。
背後の巨漢二人は、異様さという点では細身の男を超えていた。二メートルを超える巨体にスーツを着込み、岩のように四角い顔が、包帯でぐるぐる巻きにされている。わずかに見える瞳の色は非人間的で、どこか作り物のようだった。
「興味深いお話を聞かせてもらいましたよ、ソダルさん」
細身の男が、表情をキープしたまま言った。
「シュラン=ラガの開発した最強の霊的生体兵器、資料はだいぶ前から見つかってましたが、実在するとなると興奮しますね」
「きさまらは……?」
ソダルは戸惑いの表情を見せていたが、不意にはっと目を見開いた。
「まさか、連合の人造生命か……!?」
「御名答」
二人の会話についていけない者を代表して、ミカヅチが尋ねた。
「連合って、さっき話してた帝国から分裂した連中か?」
「そうだ! ハーヴィル異界連合。帝国との敵対勢力の中でも最大派閥だ。やつらはそこで開発された怪物どもだ!」
「怪物はひどい。これでもバルロンという名前があります」
細身の男──バルロンは胸に手を当て、軽く礼をした。
「さて、地球のヒーローの皆さん。先程ソダルさんからもお聞きしたと思いますが、我々ハーヴィル連合は地球とは中立の立場を取りたいと考えております。わざわざ無駄な争いをするつもりはない」
バルロンはソダルを指差し、ついでエルを指差した。
「提案です。ソダルさんと、その霊的生体兵器を譲っていただきたい。そうすれば無駄な争いは避けられます」
「おい、それ本気で言ってんのか?」
エルの唇の端から炎がちらちらと吹き出ていた。誰もが見ただけで分かる、怒りを抑えている証拠だった。
バルロンが不思議そうに首をかしげた。
「ええ、本気ですが。それが何か」
「このおっさんはどうでもいいけどな、俺が認めると思ってるのかよ」
「あなたは作られた兵器でしょう? 兵器に自由意志など認められません。あなたではなく、あなたの所有者に提案しているのです」
当然のようにバルロンが言った。
「確か所有者はそちらのご婦人でしたね」
「冗談じゃないよ」
茉莉香が眉をひそめ、バルロンを睨みつけた。
「この子は物じゃない。あたしの大事な息子だ。二度とそんな話はすんな」
「ああ、それはあなたの子供として育てられたのでしたね。ではどのような条件ならば、譲渡に応じていただけますか? 上も取引に応じる用意はあると思いますよ」
「そりゃありがとよ。おかげであんたらの事が大嫌いになれた」
茉莉香が語気を荒げた。
「あたしは昔、軍の人工的に超人を作る為の実験に参加して今の体になった。兵器として国の為に尽くして、いい事も、思い出したくないような悪い事も色々経験した。それもあたしが自分で決めた事だから納得できる事さ。だからエルにも、自分で決めた人生を歩ませる」
凄まじい感情が、茉莉香の体から吹き出していた。最も大切なものを侮辱された怒りの熱は、部屋中の人間を焼くようだった。
「悪魔だろうが兵器だろうが、エルはあたしの息子だ。この子が大人になって、自分で自分の道を決められるようになるまで、あたしが絶対に守る。あんたらの上司には、代わりにくたばれって言っときな」
感情の発する熱波を嫌がるように、バルロンは目を細めて茉莉香を見た。その視線から守るように、エルが茉莉香の前に立った。
「もういいよ、ママ。もう俺の答えは決まってる」
エルが淡々と、努めて冷静に言いながら歩を進めた。ミカヅチ達を背にして仁王立ちになると、軽く息を吸った。
「俺の答えはこれだ!」
エルの口から吐き出された火炎が、三人を包み込んだ。
三人を巻き込み、火柱が吹き上がる。エルの背後にいるミカヅチ達にも、肌をあぶるほどの熱気が伝わってくるほどの勢いだった。
まともな生物ならば、全身を焼き尽くされて確実に死に至る。
「ははは……」
笑い声は火柱の中から聞こえてきた。
何が起きているのかと思った時、火柱から二対の手が突き出された。
巨大な腕が振り回された次の瞬間、火柱は散り散りとなって消え去り、後には無傷の三人が残っていた。
バルロンの前に巨漢二人が立ち、火炎を阻む壁となったのだ。炎によって身につけていたものは焼け落ち、素肌が露になっていた。
その姿を見て、思わずミカヅチはぎょっとした。
二人が異様なのはシルエットだけではない。その肉体は金属のような質感の肌に覆われ、両の瞳は楕円形をしたカメラアイに置き換えられていた。
左の巨漢は、岩石を削り出したような、角張った肉体をしていた。石柱のように太い手足は分厚い胸板の胴体を支えており、その佇まいは向かい合っているだけで威圧感を与えてくる。SFアニメに出てくる、機械仕掛けの人型兵器を思わせた。
対して右側の巨漢は、いわゆる人型からはどこか外れた姿をしていた。まず左側よりも異様に腕が長い。肩幅も広く、猫背で前のめりな姿勢だ。四足歩行の獣が無理やり二足歩行しようとするような、そんな不可解な感じがある。
加えてその顔も異形だった。服を着ていた時は気付かなかったが、顎が犬のように突き出て、牙がむき出しになっている。その牙も肌と同じく、金属を磨いたように鋭く、輝いていた。
「なんだ……? ロボット?」
「惜しい。ベースとなる有機生命体に、機械による拡張改造を施した改造生命です。こちらの言葉ではサイボーグというんでしたか」
バルロンが二人の間で、勝ち誇るように指を振った。
「どうやら嫌われたようですので、実力行使としましょうか」
声に応じて、二人の肉体が変化した。手足に埋め込まれた機械部品が開放され、淡い光を帯びる。言葉の通り、戦闘の為に体の装備を起動させたのだ。
「ゼイタン! ヒーローに対応!」
岩のような巨漢が吠え、了解の意を表した。両手を前に突き出すと、手が中央で割れて左右に開く。割れた手首の中から、武骨な砲口が現れる。
「やばい!」
ミカヅチは跳ぶように走りながら、棍を盾へと変える。皆の前に立ち、盾を展開するのとほぼ同時に、岩の巨漢──ゼイタンの手から閃光が放たれた。
赤い光の砲がミカヅチの盾に直撃した。手元で爆弾が炸裂したような音と衝撃に、ミカヅチも思わず顔を歪めた。
「ミカヅチ!」
エルが熱量に驚きながら叫んだ。ミカヅチがビームを防ぎきったのを見て、ゼイタンは両手を元に戻し、手の甲から剣を伸ばし、突進した。
「この……!」
盾を棍に戻し、ミカヅチはゼイタンに対峙した。横薙ぎに払われた、鉞のような分厚い刃を棍で防ぐ。無骨な剣の金属音と衝撃が、ミカヅチの体を痺れさせた。
「ロブラー! 帝国人を確保!」
バルロンの命令に、もうひとりの巨漢が動いた。向かって右側に跳躍すると同時に背中から金属の翼が伸び、天井近くを滑空した。
ブーメランのように高速で弧を描いて飛翔しつつ、ロブラーは両腕に内蔵された銃身を展開し、クロウ達に向かって連射した。
「わっ!」
クロウは思わず悲鳴を上げたが、銃弾は体を傷つけなかった。常時周囲に展開している防御領域が反応し、クロウに向かって飛来した銃弾の群れは、鋼鉄の壁にぶつかったように止まり、ばらばらと地に落ちた。
その隙に、ロブラーは急降下を開始した。鷹が兎を狩るように迫り、勢いをつけての飛び蹴りが茉莉香に打ち込まれた。
「チッ!」
蹴りの勢いで飛ばされながらも、茉莉香はすぐに反応した。転がりながら受け身を取って体を起こし、立ち上がる。
その間にロブラーは、机に倒れたままのソダルを掴み上げた。
「させるか!」
同時にブライトが殴りかかっていた。
輝く拳がロブラーの顔面を打つ直前、ロブラーは手を放し、肩でブライトの拳を受けていた。
鉄板にハンマーを打ち込むような音がした。だがロブラーは傷ついた素振りを見せず、ブライトの拳を受けた勢いそのまま、後方へと飛翔した。
「ママ!」
茉莉香を心配し、エルが叫んだ。
部屋の中は一瞬で混乱した状況に追い込まれていた。
皆が目の前の敵に応戦する中、エルは誰に手を貸すべきかと周囲に目を配った。
「あなたは私が相手しましょう」
横から余裕ぶった声がした。
いつの間にか、バルロンが近づいてきていた。
「野郎ッ!」
怒声を吐きながら、エルは右拳を打ち込んだ。
あまりに不用意な接近だった。他の二人と違い、バルロンの見た目はただの人間だ。見た目通りの力ならば、いかなる技があっても、悪魔の姿をとったエルに勝てるはずもない。
しかし次の瞬間、エルは驚愕に目を見開いた。
エルの拳がバルロンの顔面にぶち当たった時、バルロンの頭は軟泥のように溶けた。そのまま軟泥は黒い塊となってエルの腕を包んでいく。
「腕力だけで勝てると思ったか、霊的兵器」
バルロンの体のどこかから声が発せられた。そのままバルロンの全身が服と共にとろけだし、弾力を持った粘体の姿に変化した。
エルは左手でバルロンを引き剥がそうともがいたが、バルロンは体をエルの左腕にも絡ませ、そのままエルの全身に巻き付いていった。
次回更新は25日21時頃予定です。
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