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09 密かに迫るもの

 十数年前、綾達ジャスティス・アイズがシュラン=ラガとの戦いを繰り広げていた頃、ソダル・ガーは現地での実行部隊を率いる隊長として、度々姿を現していた。

 傲慢で短気な性格で、非道な行為も嬉々として行う残忍さがあった。彼らが行った作戦の為に大勢の市民が犠牲になり、幼い頃の大も捕らえられ、何度か間近で彼の顔を見た事があったのだ。


(でも、なあ……)


 ミカヅチは内心驚いていた。確かに目の前にいる男は、ミカヅチがかつて見た事のある顔だ。しかし顔が似ているというだけで、まるで別人のようだった。

 顔の変化は髪を伸ばし、わずかに頬のこけた程度であるのに、その目からはかつての自信に満ちた光はなかった。かつてシュラン=ラガの尖兵として前線に出ていた男は、祖国の敗北と共に覇気も失われたようだった。


「くそ、何故巨神(タイタン)の子とラザベルが手を組んでいるんだ……!」

「あん? なんだその名前」


 変身した姿のままで、エルが眉を寄せた。


「誰かと間違えてんじゃねえか? 俺はそんな名前じゃねえけど」

「お前が知らないだけだ。お前の真の姿は、ラザベルの悪魔! 我らの科学力が作り上げた最高傑作!」

「人をつかまえて悪魔呼ばわりかよ。顔面焼いちまうぞ」


 威嚇するように口を開けると、口内でオレンジ色の炎が蠢いた。

 ソダルが思わず引きつったような声を上げた。少年の言葉に本気の度合いを感じ取ったようだった。


「ラザベル……。ラザベル、ねえ?」


 脅しつける親子の後方で、クロウが首をかしげた。


「そんな名前の悪魔いたかな……? ボクが聞いた事ないって、よっぽどマイナーな悪魔のはずだけど」


 隣のブライトが言葉を返した。


「シュラン=ラガの悪魔なんじゃね? 向こうにだって神様とか妖怪くらいいるだろ」

「わざわざ考える必要ないだろ。ここに説明してくれる人がいるんだからさ」


 茉莉香はそう言うと、片手でソダルを持ち上げたまま歩き出した。近くの机に叩きつけるようにしてソダルを押さえる。吐き出される苦悶の声には耳を貸さず、茉莉香は空いた右手を太ももに当てた。何かのスイッチを入れたように、装甲が展開され、格納されていたナイフの柄が飛び出した。

 手に取ったナイフのぎらつく刃が、ソダルの眼前に突き立てられた。


「詳しく説明しな。嫌がったらまず右目からいくよ」

「わ、分かった! 話す、話すからやめろ!」


 ソダルは恐怖に息を荒げながら、慎重に口を開いた。

 

「ら、ラザベルとは、ターミナス様がこの星で行った計画の一つだ」


 ターミナス、その名を知らない者は、この部屋の中に一人もいなかった。

 異次元帝国シュラン=ラガの絶対的支配者の名である。強大な力とそれに見合った野心と傲慢さを持ち、その手で無数の星を侵略し支配下に置いた。


 彼が地球上に現れたのは十数年前になる。 彼はいつものように地球に対し先遣隊を送り込み、そこに住む知的生命体の能力とその文明を確認、さらにはサンプルとして知的生命体を数百人拉致した。


 しかしその作戦はティターニア達ヒーローによる反撃を受け、先遣隊は一時退却を余儀なくされたのだった。


 そしてそれから数年間、ターミナスはこの星に対して強く執着し、長年に渡って侵攻を試みた。そして最期にはティターニア達との決戦により命を落とし、シュラン=ラガは地球から完全に撤退したのだった。

 ソダルはミカヅチの方に目を向けた。


「巨神の子、お前がティターニアの弟子なら知っているだろう。ターミナス様はこの星の超人に強く興味を示していた。そして超人の持つ力を解析し、自軍に組み込もうと考えた」

「ああ。ティターニアから聞いたことがある」


 シュラン=ラガが行った計画には、既に地球で知られているものがいくつかあった。地上で最初にヒーローとして認知された超人、アポロンのクローンを作成するリバース・アポロン計画。これは実際に実現寸前まで行われていたと知られており、ドキュメンタリー番組なども作られている。

 仮にこの計画が成功し、超人の軍隊が作られていたならば、地球の抵抗は半年と持たなかっただろうと言われていた。


 他にもシュラン=ラガが各地で研究・作成していた兵器や道具が、いわば帝国の遺物として各地に残っている。それらは時たま不発弾のように人々の前に姿を現し、大小様々な被害をもたらすのだった。


「リバース・アポロン計画、そして巨神(タイタン)の子を人工的に作るリバース・タイタン計画。さらにターミナス様は、この地で語られる多種多様な霊的存在に目をつけた……。各地で信仰される悪魔、神、その他様々な伝説の怪物達。それらの霊的能力を持った兵士を作ろうと考えたのだ。計画責任者の名を取り、それはラザベル計画と呼ばれた」


 茉莉香は皮肉げに顔を歪めた。ソダルの話す内容が、冗談にしか聞こえなかったのだろう。


「メスで切り刻んで、自分の言いなりになる神様を作ろうって? ハッ、あんたのご主人さまもずいぶん楽しい頭してたんだね」

「だが、我々は確かに悪魔を作ったぞ。お前の息子のような悪魔をな」


 ソダルが勝ち誇るように言った。


「お前達が信仰する霊的存在は確かに存在し、時にはこの世の物理法則にすら影響を与えている。我がシュラン=ラガの科学者達はその原理を解明し、その能力を持った人間を開発したのだ! お前の息子のように!」

「ふざけんな! あたしはあんたの仲間なんかに、エルに指一本も触らせた事なんてないね!」


「本当にそう言えるか? お前の息子を診断したことのある医者は全員、よく知る人間だったか? お前は息子を四六時中見ていたのか? お前の息子には何も手を加えられていないと、断言できるのか?」

「な……」


 ソダルは全身を震わせた。拷問一歩手前の状況ではなく、己の国家が成し遂げた偉業を思い返しての感動からだった。

 既に夢を失った男は、滅び過ぎ去った栄光の日々を語る時だけ、かつての自分に戻れるのかもしれない。


「地球での実験は多岐に渡った。捕らえた人間の改造実験、医療機関に入り込み、先天的にその能力を持った人間が産まれるように胎児に対する実験も行った。この地には本人も気づいていない、先天的な超人が何千何万と生活しているのだ」


 ソダルの目がエルに向けられた。


「お前の息子の喉元で光る痣、それが証だよ。能力が発現した時、喉元に帝国が刻んだ紋章が浮かぶ。それは帝国の結界回路に反応する」

「最近の魔法陣騒ぎは、そのラザベル計画の被験者を探すためだったのか」


 ミカヅチは納得の声を上げた。あの魔法陣もどきが被験者の位置を把握するためとして、どの程度の範囲まで効果があるかはわからない。しかし、帝国の敗北によって被験者の情報がほとんど残っていない以上、地道な作業を繰り返すしかなかったのだろう。


「でも、なんで今さら地球に来たんだ? ターミナスはもう何年も前に死んだんだぞ」

「ああ、そうだ。ターミナス様が亡くなられた事で、帝国は完全に瓦解した」


 痛い所を突かれて、ソダルは忌々しそうに顔を歪めた。


「ターミナス様はシュラン=ラガの絶対的存在だった。それが消えて以降、各地の有力者は独立し、ターミナス様の後継者を自称するものが無数に現れた。帝国の支配下に置いていた地域はほとんどが反乱を起こし、いわゆる戦国時代が勃発している。長きにわたり栄華を誇った帝国も、最早残滓しか残っていない。お前達ヒーローのせいでな」

「自分達が侵略してきといて、やられる側になったら責任転嫁かよ。シュラン=ラガには恥って言葉がないのか?」


 ミカヅチは思わず荒い言葉を返していた。彼も含めて大勢の人間が、シュラン=ラガによって人生を狂わされている。ソダルの言葉は到底許せるものではなかった。


「俺たちを巻き込むな。戦争なら勝手にやってろ」

「そうはいかんな。これからはむしろ、この地球が戦場の一つになるだろう」

「なに?」


「ターミナス様亡き後に分裂した各勢力が、勝利の為に何を求めたか分かるか? この地球に残った、偉大なる帝国の技術と遺物だよ」


ミカヅチは目を丸くした。この男が言った事の重大さに、仲間たちも声を失っていた。


「ターミナス様はこの地球に目をつけて以降、戦乱の終結までの間にこの地で数多くの計画を立案し、実行に移した。その遺物はあらゆる異世界の国が狙っている。あのターミナス様を殺したヒーロー達がいる、地球を侵攻しようとする国はいない。各国は地球に対して、表面上は不干渉を決め込んでいる。だがその遺物をかすめ取ろうと、各国は鎬を削って工作員を送り込んでいるのさ」


「……異次元冷戦、いや、異世界冷戦、ってとこか」


 ミカヅチは重いものを吐き出すように言った。ブライトも考え込むように腕を組んだ。


「ラージャルが言ってたっけな。この世はもう既に誰も止められない、でかい流れに飲み込まれてるんだって。これもその流れの一つなのかもな」

「流れだろうがなんだろうが、あたしのエルに手を出したことは許さない」


 茉莉香はいら立ちを吐き出すように言った。


「要するにあんたらは、その異世界の工作員共に奪われる前に、あたしの息子を拉致しようとしたってわけだろ」

「偉大な帝国復興の為だ。お前達地球人の愚かな抵抗のせいで、無数の異世界を股にかけた戦乱が勃発したんだぞ? この星が我々にどう扱われようと、文句を言える立場だと思うな!」

「やかましい!」


 風切り音と共に、茉莉香の右手が翻った。


「ちょっ!」


 ためらいもなく降り下ろされたナイフを、ミカヅチは茉莉香の手にとびつくようにして捕まえた。

 ナイフの刃がソダルの眉に触れ、皮を斬れない程度に押していた。もしミカヅチが手を出すのがわずかに遅れていたならば、ソダルの右目にナイフが食い込んでいた事だろう。


「あ、あぶなっ……!」

「なんだい。邪魔しないでくれる?」


 茉莉香はむっとした顔でミカヅチを見た。


「邪魔するでしょ、そりゃ。俺達は人殺しに来たんじゃないんですよ?」

「あたしだって殺さないさ。ちょっと立場を分からせようとしただけで」

「そこまでは俺たちの仕事じゃないですよ。こいつを連行して『アイ』に事情を話しに行きましょう」


 人智を超えた力を持ち、ヒーローとして活動していても、無法が許されるわけではない。ミカヅチ達も行動した結果、成り行きで重大事に巻き込まれる事は多々あるが、個人の判断で法を犯すつもりはなかった。

 さらに今回の事件は、地球のみならず未知の異世界まで巻き込んだ、これまでで最大規模の問題だ。個人の勝手な決断が許される話ではなかった。


「なるほど、話は聞かせてもらいましたよ」


 突然の声に、皆が振り向いた。

 先ほどミカヅチ達が入って来た部屋の入口に、三人の男が立っていた。

次回更新は24日21時頃予定です。

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